くの一の凛子



「今年も33名の立派な卒業生がおり、私も嬉しくおもっております」


校長の富貴敏郎ふうきとしろうは祝辞を述べた。

卒業式を行っている体育館には、33名の卒業生と10人ほどの教諭と、校長がいた。

保護者の出席はない。


「それでは卒業生代表。雨宮九劉くん。お願いします」


教頭の富永礼三とみながれいぞうは言った。雨宮九劉あまみやくりゅうはきりっとした二重で、輝かしい目をした少年だ。

少年が壇上に上がると、他の生徒は拍手をした。


「僕はこの学校に来て学んだこと、それは【忍びとは】です。忍びとは、いつ何時も表情を変えない。ポーカーフェイスであること。それを学び、僕は習得できた」


雨宮の答辞とうじに先生らは喜ぶ。他の生徒らもその様子を真剣に見た。


「僕を市井しせいの人間は冷酷な人間と思うだろう。けれど、それは忍者として誇らしいものだ。僕はこれから綾小路あやのこうじ商事の社長の護衛になる。しかし、ゆくゆくは、忍者のヒーローになりたい。同士とともに歴史に残る忍者になるだろう」


この答辞とうじを熱心に感動するように聞いていたのは、四之宮凛子しのみやりんこだった。


凛子は四之宮流の忍者である。くの一だ。

凛子の様子を、加賀幹夫かがみきおは面白くなさそうに見た。


「お前。そんなに雨宮が好きか?」

「何?別にいとこのあんたに関係ないじゃん」

「物好きが。あの冷酷野郎れいこくやろうのどこがいいんだか」

凛子と幹夫はいとこ同士である。


「幹夫と違ってそれはかっこいいから」

「へいへい」

「そこ。静かにしなさい」

担任の平田圭角ひらたけいかくが言った。

凛子と幹夫は黙った。


凛子は今日、この学校を卒業することに興奮した。これから新しい未来が待っている。

15歳。この学校での成績はそれほど優秀ではないものの、何とか卒業までこぎつけた。

来月から凛子は千種川邸ちくさかわていのお庭番の一員になる。


将来は、四之宮流の当主になることだ。凛子はそれを夢想し、にやけた。

幹夫はそんな凛子を冷めた目で見る。


「四之宮流の当主にはお前はなれないよ」


「何よ。幹夫に言われたくない」

「当主は男児がなるものだ」

「うるさいな。2145年になっても男女差別するの?」

「ちげえよ。お前の父親が言っていたことを言ったまでだ」

「嘘!」

凛子は幹夫の襟を掴んだ。喧嘩を始めたのだ。担任の平田が怒鳴る。


「こら!式典の邪魔になる!外に出ていなさい!」


二人は平田につままれて、卒業式を行っている体育館から追い出されてしまった。

凛子は体育館の外から、卒業式の様子を聞こうとした。幹夫はその様子を見た。


「お前さ。この先、女忍者がやっていけると思う?」

「もう。煩いな。何が言いたいの?」

凛子は幹夫を睨む。幹夫は少し怯む。



「くの一がやっていくのなんて、そう簡単じゃない」

「だから?でも、有名なくの一だっているじゃない?」

「そうだがな。けど、捕まったとき、どうなるか?」

「何が?私が負けると思っているの?」

凛子は再び、幹夫を掴む。幹夫は凛子の腕を掴む。凛子は幹夫の力が以外に強く、驚く。

けれど、凛子はささっと自分の分身となる人形と入れ替わる。


「っくそ」幹夫は悪態をつく。

「っふ。私に勝ってから言いなさい」

凛子はジャンプをし、体育館の上に上った。幹夫が笑う。

幹夫は体育館の下から、上にいる凛子見た。


「お前。座学はダメだったが、実技は驚くほど良かったもんな」


「お褒め頂き、ありがとうございます」


凛子は体育館の上でお辞儀をした。幹夫はバカにされた気分になる。


「じゃあさ、卒業ついでに俺と勝負しろ。で、負けたら」

「負けたら?どうするの?忍者を辞めて普通の人間になれと?」

「ああ。いいだろう」

幹夫は凛子と同様にジャンプをし、体育館の上に登った。


「ヒュー幹夫ちゃん!やるぅ」

「バカにするなよ。いい勝負じゃねぇか」

凛子と幹夫は向かい合う。


凛子の家系には男児が生まれなかった。その為、四之宮流の当主を継げるものはいない。

凛子はそれを解っているものの、その古い仕来しきたりをぶっ壊したいと思っている。


「じゃあ、いくよ!」

「さぁ、こい!」


凛子は胸元に仕舞ってある手裏剣しゅりけんを出すと、幹夫に投げる。

幹夫は、持っている小刀で交わしていく。手裏剣がはじける音が響く。


「中々ね」

「どういたしまして」


幹夫は額の汗を拭うと、小刀で凛子に向かう。凛子は小刀を素手で白刃取りする。

その小刀を払うと、手から落とす。小刀が下に音を立てて、落ちた。


「やるな。手大丈夫か?」

「何言っているの。まだまだよ」

凛子は幹夫を挑発すると、幹夫に向かって頭突きをする。幹夫は近づいた凛子の顔に赤くなった。


「どうしたの?顔赤いよ?」

「うるせぇ!まだまだ」

「ストーップ!ストーップ!そこのバカども!」

二人が勝負をしていると、担任の平田が止めに入った。

凛子と幹夫は平田を見る。


「アンタらバカか。卒業取り消しにすっぞ!」


平田は鬼の形相だった。平田が怒ると血の雨が降るくらい恐いことが待っている。

凛子と幹夫は震えた。


「すいません、先生」

「すいません」


凛子と幹夫はそれぞれに謝罪した。二人は体育館の上から下りて、卒業式に再び出席した。

卒業式は粛々と終わった。

今年の33名は挫折者もなく、卒業した。このことは百花繚乱学校の創立以来、

初めてのことだったらしい。だからこそ、先生らも含め、保護者も盛大に喜んでいた。


卒業式の帰り道、凛子は幹夫と歩いていた。


「っていうか、何で幹夫がいるわけ?」

「いいじゃねぇか。細かいことは」

「良くない!本当だったら雨宮くんが」

凛子はため息をつく。幹夫が言う。


「あの冷酷野郎とは関わらないほうがいい」

「だから冷酷野郎って何なの?」

「何が何でもだ。それに俺はお前の父さんから頼まれてんだよ」

「私より弱いクセに?」

凛子は幹夫を鼻で笑う。幹夫はイラつく。


「弱い?そうかもな。お前よりはな。けどな、俺はあの学校ではお前の次に強かったぞ」

「そうでしたねぇ。幹夫ちゃん」

凛子は棒読みで言った。幹夫は憤慨する。


「凛子!俺、絶対お前より強くなるからな!それまではさらばだ!」


幹夫はそう言うと、物凄い勢いで走って行った。

凛子は幹夫の啖呵たんかに、いつものことだと思い、気にしなかった。


一人で帰り道を歩いていると、電信柱のところから黒い影が見えた。

その黒い影は凛子を見ていた。凛子が影に向かって言う。


「ねぇ。つけているんでしょう?こずえねぇさん」


「あら、ばれた?」

四之宮梢は、電信柱の影から現れた。凛子は梢を見る。


「ずっとつけていたでしょう」

「うん。だって心配じゃない。可愛い妹がちゃんと卒業できたかと思ってさ」

「大丈夫だよ」

凛子は梢の溺愛できあいぶりに疲弊ひへいした。


「幹夫くんと仲直りしなよ~」

「幹夫と仲良くって従兄弟で、まあ、ライバルだけど。私のほうが力がある」

「本当に自信家ねぇ。でも、その自信がいつまで続くか」


梢は含み笑いをしながら言った。いつものことだが、凛子は梢の含み笑いが嫌いだ。


「どういう意味?」

「そのままの意味よ」

「はぁ。もう一人にしてよ」

「フフフフフ」


梢は謎の笑いを浮かべると、凛子の前から足早に消えて行く。

凛子は梢が好きだが、いつも予告めいたことを言ってくるのが不愉快だ。

そんな風に思いながら、凛子は帰り道を歩く。


忍者になると決めたのは、家が四之宮流だったこともある。


父親は忍者。姉も忍者。死んだ母親の佳子けいこも。

凛子にとって忍者であることは、特別不思議なことではないのだ。


ただ、一般人の中に紛れるときは、忍者であることを隠さなくてはいけない。


「ねぇ。君って百乱ひゃくらんの子?」


凛子は後ろから声を掛けられた。百花繚乱学校ひゃっかりょうらんのことを、忍者界の界隈かいわいでは【百乱ひゃくらん】と略する。

凛子は同じ忍者が話しかけてきたとすぐ解る。


凛子は振り返らずに言う。


「そうだけど」

「そっか。だから、普通の人とは違うんだな」


声の主は男のようだった。凛子の顔のスレスレで手裏剣が飛ぶ。


「危ないじゃない?」

「フフフフ。俺と勝負しねぇか?エリート忍者さん」

「望むところ」


凛子はにやりと笑うと振り返り、手裏剣を飛ばした。


振り返った先に居たのは、黒装束くろしょうぞくに身を包んだ目だけ見える男だった。

男はバク転をしながら素早く避ける。


「やるわね」

「お前もな」

「じゃあ、人気の少ないところに行きましょうか」

凛子は男の挑戦を受けることにした。

「いいねぇ」


男は低い声で笑った。道すがらに小さな森がある。凛子と黒装束の男はそこに向かった。


「手合わせといきましょうか」


凛子は構える。男も構えた。


凛子は男に向かっていく、小刀こがたなを取り出す。男も小刀を取り出す。

凛子の小刀と男の小刀がぶつかり合う。ぶつかった際に、火花が放たれる。


「っつ。さすがエリート」

「あなたもね」

勝負はつくことはなく、凛子の小刀が弾き飛ばされる。

男が笑う。


「小娘に俺が負けるわけがない」


男は素早く、手裏剣を放つ。凛子は即座に避ける。

しかし、手裏剣の一部が凛子の頬をかすめた。

凛子がニヤリと笑う。


「私に勝てるって?100年早い!お兄さん!」


凛子は素早く、移動すると男の頭をめがけ、拳を向ける。


男は避けた。男は凛子がここまでやれると思わず、狼狽ろうばいした。


「っくそ」


男はやけくそになり、凛子に攻撃を仕掛ける。

男は呪文を唱え、分身の術を使おうとした。

しかし、その前に凛子は男の顔面をめがけて拳を放ったのだった。


見事に拳は当り、男はよろける。凛子は振り落とされ小刀を拾い、男に近づく。


「お兄さん、遊んでくれてありがとうね」

「……ってクソ」

「さっようなら!」


凛子は男が持っている小刀を真っ二つに割る。

男はそれを唖然と見た。


「無意味に命はとらない。それが私のポリシー」

「……情けをかけたつもりか」

男は悪態をつく。

「情け?違うよ。血を見たくないからよ。お兄さん。じゃあね」

凛子は男に背を向けた。男は再び言う。


「おい、お前、名前は?」


「私の名前は、四之宮凛子。将来、四之宮流を継ぐ、くの一よ」


男は凛子の後ろ姿を見つめた。


くの一の凛子 (了)





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百花繚乱~未来忍者都市 TOKYO 深月珂冶 @kai_fukaduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ