第6話 虎は嘯く
いつの間にか形勢が逆転していた。
模擬戦場に生徒たちの阿鼻叫喚が響く。
「うおー!早く光れ俺のジェム!」
「べきべきべきとぶち割りたいですぅ~!」
福来フクは今まで感じたことのない高揚感を覚えていた。
悠々とチョークを弄ぶ虎頭の教師は、歴戦の猛者ならではの貫禄を背負っている。
ノロワレって…みじめな失敗者じゃないの?
胸のうちに広がる熱の名を、フクはまだ知らない。
冒険者側の歓声でフクは我に返った。
気が付けばトッケイの突撃と次郎のチョークで更に数人の生徒が倒されて、フィールド外で呻いている。鮠を含め、各個撃破された生徒が7人に増えていた。
残りあと3人。フクは緊張で息を呑む。
「無藤〜!任せたぞ!」
「うちらの仇をとってくれー!」
声援を背に受けて、無藤碧子がフィールドに飛び込んできた。着地の勢いでヘルメットに収まりきれない黒髪がなびく。
〈
強い……!!攻撃力も耐久力も、曽田に続いて2番目に高い。フクは無意識のうちにこぶしを固く握っていた。
「はっはっは…更に!今から俺が行くぞ!」
高笑いとともにフィールドに飛び込んできた眼鏡男子は、時任だ。
「俺のスキルを見せてやる!」
時任が叫ぶと、碧子の身体が一瞬光る。時任のスキルが発動したのだ。
「おお…これは力がベキベキと溢れていきます…!」碧子が自分の身体を確かめて、モーニングスターを振り回す。
〈
碧子の攻撃力と耐久力の数値が入れ替わっている……!ただでさえ手強い碧子の攻撃力が更に上がった形だ。
「これが俺の能力…『スナッチ』」
眼鏡をクイッと押し上げて時任が背筋を伸ばす。
「フィールド上の任意の相手1体の攻撃力と耐久力を入れ替えるスキルだ」
〈
言動がいちいち中二感溢れているが、冒険者組の攻撃力が時任のスキルで上がったのは事実だ。
フクは次郎に目を走らせる。
次郎の虎唇が歪んでいた。…いや、あれは…喜んでいるのだろうか?
「じゃあこっちも切り札を出すか」
次郎の金色の目とフクの茶色の瞳がかち合う。
「福来!ここに来い!」
「ええ⁉切り札って…私ですか⁉」
なんのことか分からないが、次郎に従うほか選択肢はない。
意を決してフクは、次郎の指し示したフィールドの位置へ飛び込んだ。
「わ、わあっ!」
「トッケイ!」
ちょうど壁土とトッケイの近くにフクが着地する形になった。驚く一人と一匹に、フクが慌てて詫びようとして顔を向けると二者の変化に気が付いた。
〈トッケイ 攻撃力3 耐久力3〉
〈土壁厚 攻撃力2 耐久力4 スキル『光の守護』〉
能力値が、すべて+2づつ上がっている……!?
土壁もトッケイも変化に気が付き、自分たちの体を見回している。
トッケイの牙と尻尾がやや太くなり、土壁も手に槍を手にしている。
「スキル『味方強化』。隣接した味方の能力値を2づつアップ出来る」
次郎がフクに声をかける。
〈福来フク 攻撃力2 耐久力2 スキル『味方強化』〉
「これが…私の…?」
見返すフクに次郎が頷いたその時。
「戦場で油断するべきではないですわー!」
碧子がモーニングスターを振り上げて土壁に向かってきた。
「さっきまで攻撃力ゼロだったから土壁くんは見過ごされてきましたけど、こうなったら話は別にすべき!」
「ひ、ひゃあ〜!」
土壁は槍を盾のように構えて、碧子のモーニングスターを防ぐ。
碧子の攻撃力は5。土壁の耐久力は4。強化されたといえ耐えられるものではない。しかし。
ガラスが割れるような破裂音が響き、土壁を覆っていた黄金の光が砕け散った。
「これは…⁉」
驚く碧子。攻撃が入ったはずなのに、土壁の耐久力が全く減っていない。
一方で碧子の耐久力は2削られていた。
「それが『光の守護』。一度だけ攻撃を防いでくれるスキルだ」
「こ…これが…僕のスキル…」
大柄な体格に反して気弱な土壁が、今まで見たことのない表情を浮かべる。力のこもった目で碧子を見据え、槍先を向けた。
危機を察知した碧子は後ろに飛び退り、自陣に退却した。
その後を追うように、次郎の手元からチョークが一閃する。
時任の胸元で白い粉が散った。
「眼鏡が割れると可哀想だからな」
「くっ…!」次郎を睨み据えて時任の姿が消えゆく。
あとの展開は一方的だった。
手負いの碧子にトドメを刺したフクの攻撃を皮切りに、単騎で降り立った曽田に集中攻撃が降り注ぐ。
攻撃力6、耐久力6の曽田に強化トッケイ、心詠が続き、最後に刺し違えたのは土壁だった。
かくして勝敗は決したのだ。
土壁は曽田に槍を突き立てた感触を思い出し、ブルリと震えた。
人を傷つけることも傷つけられることも怖い。その気弱な性格のせいで、大柄な身体にかけられる期待に土壁は一度も応えたことがなかった。
自分より体格に劣りながら、スポーツ万能で自信に満ち溢れた曽田は土壁には憧れでもあり、コンプレックスでもあった。彼と僕とは住む世界が違う。
そんなことまで思っていた自分が、人の力を借りてとはいえ曽田を倒したのだ。
「勝つって…こんな気分なんだ…」
誰言うともなく土壁がつぶやいたとき、不意に後ろから肩をポンと叩かれた。振り向くと次郎が横を通り過ぎていく。
無言で立ち去る次郎を目で追いながら、土壁は次郎の言葉を思い出していた。
「お前らの世界を変えてやる」
土壁は次郎の背に黙って頭を下げた。
この小さな世界の片隅で――――
約束は、確かに果たされたのだった。
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