第7話 敵と味方
「これはどういうことなんだ!」
校長室に村松教頭の声が響く。
成り行きを見守っていた真柄が対面の次郎に目をやると、次郎はポリポリと虎頭を掻いている。
「カリキュラムを無視した上に学校の備品を無断使用とは…!」
村松教頭の怒りは収まらない。
次郎は抗弁を試みた。
「無断じゃないんですが…」
「こんな書き付け一枚で勝手に備品を持っていくのは無断同然だよ!」
教頭が手にした紙をひらひらさせる。そこには「借ります。島田」とだけ書いてある。
「備品使用には私の許可が必要なんだ。島田先生には学校のやり方を覚えてもらわなくては困る」
うおっほん、と咳払いをして小言を続ける村松教頭。
「カリキュラムも私が考えて定めて、文部省にも申請した正式なものだ。冒険者としてはともかく、教育者としての筋というものがあるんだよ」
ははあ。自分の権限を無視された形になったことが殊の外気に入らないらしい……と次郎は内心ウンザリする。
とはいえ備品の持ち出しに関しては次郎のやり方に非があるので、ここは頭を下げるしかなかった。
「以後気をつけます」
「ふん…!」
教頭はなおも憤懣遣る方無い。
上司部下の間に明確な上下関係があまり無いのが学校という職場の特徴だ。
業務に関しては各々の担当教諭が強い独立性を保っている所があり、管理職としては口を出せる部分が少ない。
しかも学校の運営者に近い立場の教頭や校長も、教諭の中でそれほど強い管理権限を有していないのだ。
教頭が自身の権限に拘るのも、管理者としての立場を守るための数少ない手段だからでもある。
しかしいかにも小役人めいて、かつ器の小ささが露呈するその態度に、もともと独立不羈の気質が強い次郎が反発を感じるのも当然である。
要するにこの二人、馬が合わないのだった。
「校長からもちゃんとその辺含めておいて下さいよ!」
そう言い捨てて校長室を出ていった村松が、小さく「ノロワレが…」と呟いたのを次郎の耳は聞き逃さなかった。
ドアが閉まったあとに次郎が低く唸る。舌打ちでもしたいところだが、虎の口では構造的に難しい。
「こらこら」
「お互い様ですよ」
たしなめる真柄も気性で言えば次郎に近い。それがまた村松教頭には面白くないのであろう。
「あんな座学ばかりのカリキュラムでマトモにやる気出す奴なんて居るんですか」
次郎のボヤきに真柄もため息をつく。
「文部省にも言ってはいるんだが…何しろワシもここに赴任して2年目でね。なかなか前のやり方を変えようというのは難しいんだ」
「教頭をはじめ、教師の大半が冒険者経験が無いんですよね」
「冒険者ってのは学校という組織と全然肌が合わない奴らが多くてな……スカウトはしてみたが、やはり一流どころは首を縦に振らない」
その結果として教職経験者を多く採用せざるを得なかったし、実践離れしたカリキュラムが組まれてしまうという訳である。
「俺らの頃は学校なんてありませんでしたからね…」
次郎は徒弟制度に近い形で冒険者のノウハウを覚えてきた世代である。その当時の師弟が、こんな形で働くことになるとは二人にとっても思いもよらないことだった。
「まあ、その辺の改革もやっていきたくて、お前をアテにしてるのさ」
かつての師匠であった真柄がそんなことを言う。
「初授業、見てたぞ。やっぱりお前、教師向きだ」
コツコツと、真柄が机の上の管理モニターを爪先で叩く。保安上の理由から監視カメラが学校内各所に取り付けてあり、校長の真柄はそれを見る権限を有していた。
とはいえ、真柄も忙しいのでそんなものをいちいち見てる暇はないのだが、弟子の初授業は気になったらしい。
「やめてください」
次郎が渋面を作ってそっぽを向いた。虎にもできる表情だ。しかし真柄は意に介さない。
「若さというのはいびつさだ。生徒たちには二種類居る。自身の評価が高すぎる者と、低すぎる者だ」
真柄が続ける。
「その歪みを矯正せねばまともに成長できはしない。お前は天狗になった生徒の鼻を折りつつ、気の弱い生徒に自信をつけさせた。これは立派な指導だよ」
次郎の目がぱちくりとしばたいた。確かに天狗の鼻をへし折ろうとは思ったが、自分の冒険者時代のやり方をそのまま通しただけなのだ。
――人を持ち上げてその気にさせようという腹か。
「別に……目的までの最短距離を考えただけです」次郎はむっつりと答える。
真柄は肩をすくめた。
「たまの褒め言葉くらい素直に受けとらんか……まあ構わん。実はお前に話があったんだ、ついでに聞いていって貰おうか」
真柄の声色が一段低くなったのを感じ、次郎は姿勢を正した。昼下がりの光は校長室に却って暗い影を作っている。その影を背負って、真柄が口を開いた。
「”
次郎の目の色がサッと変わった。
図書館の恵みは時として莫大な富を生み出すが、その産物の管理は非常に厳格だ。冒険者によって持ち帰られた恵みは、文部省管轄下の図書館流通委員会によって管理され、認可された恵みだけが市場に流通する。
しかし、冒険者の一部が恵みの密輸に手を染めていることもまた周知の事実だった。闇市場で密かに取引される恵みの値段は、冒険者の心を惑わせるに十分な額だ。また、恵みの性質によっては犯罪や軍事利用も可能なものもある。
その規模もメンバーもほとんど知られていないのだが、利益のためなら人の命などなんとも思わない、そういう危険な組織だ。次郎自身も幾度か危ない目にあったことがある。
「奴らが冒険者養成校に組織の手を広げているという情報が入った」
真柄の話に次郎が首を傾げる。
「どうして学校なんかに…やつらも学校経営でも始めるつもりですか」
「ことによるとそうかもしれん」真柄は表情を崩さない。「目的は未だわからんが、新人冒険者がやつらに取り込まれることも考えれば、被害は甚大だ。お前、それとなく目を配っていてくれないか」
次郎は再び苦虫を噛み潰した。
「……もしかして、俺をスカウトした理由って……」
「外典の輩相手に、教職員連中だけでは心許ない。最も信用できる相手を選んだ結果だ」
確かにあの教頭たちに何とか出来る相手ではない。とはいえ……
「どう考えても一介の教師の仕事じゃないですよね…」
「もちろん警察にも協力は取り付けてあるが、まずは自分たちで目配りできなきゃ始まらんのだ。警察官に構内に常駐してもらうわけにも行かない」
仮にも恩師の頼みとあっては、次郎も断りにくい。結局、渋々ながら新たな任務を引き受けざるを得なかったのである。
◆◆◆
「まったく……特別手当が欲しいもんだぜ」
自室に帰ってからもついブツブツ独り言を言ってしまうのは、次郎の寂しい癖である。
「しかしそういうことなら――これもあるいは……」
次郎は鏡の前でシャツをはだけ、自身の脇腹を確かめる。そこには刃物のような生々しい傷跡が薄く走っている。すでに血は止まって固まっていた。
初授業のあと、この傷に気がついた。何者かが授業の最中に次郎の身体に傷を負わせたのだ。それもすぐには分からない程度に浅く。単なる素人の刃物であれば、かわせぬ次郎ではない。
これは間違いなく…スキルによる攻撃。
そして疑似ジェムで使えるスキルには実際の殺傷力はない。訓練の事故防止のために抑制されているのである。ということは…
「クラスの中に…本物のジェムを持った奴が潜んでるってことか…」
そしてその何者かは次郎を狙っている。
この傷は挨拶だ。「お前をいつでも殺せるのだ」という暗殺者からのメッセージ。
「学校もなかなか物騒になってきたじゃないか」
次郎の牙がぎらりと覗く。
冒険者の血が騒ぎ始めるのを、次郎は感じていた。
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