第5話 スキル発動

全員が放心していた。

倒れた者も、立っている者さえも結果を信じられなかった。


冒険者組――――10分足らずで全滅。


「曽田くん…平気です…?」おずおずと碧子が気遣う。


「大丈夫…だけど…なんでこんな…」声をかけられた曽田にいつもの陽気さはない。


模擬戦なので生命はもちろん怪我一つないが、まさかノロワレ相手にまるで歯が立たないとは。そればかりか、自分たちより遥かに戦意も戦力も低いミニオン組――壁土、フク、心詠に良いようにあしらわれてしまった。


曽田も碧子も長くスポーツをやってきて、体力には自信がある。対してミニオン組の三人は体を動かすのは苦手で、闘争心も弱い。次郎がたとえ元冒険者だとしても、ノロワレになるような三流だ。冒険者の才能としては圧倒的に自分に分があると曽田は思っていたし、碧子も同じだ。しかし…結果はこうだ。


出だしは悪くなかったのだ。

開幕一番、フィールドに飛び込んだのは外山雛とやまひなだった。

軽い革鎧で覆われた丸っこい身体は弾丸のように次郎に迫り、渾身の体当たりを食らわせる。見事にダメージが通り、投影されていた次郎の耐久力が1減った。

沸き返る冒険者組。


「ちぇっ、1だけー!?」意気込んで飛び込んだ結果に雛が不満の声を上げる。


「外山の攻撃力は1、耐久力も1だからな」


そう答えざま、次郎の指先が閃く。


乾いた破裂音を立ててチョークの粉が飛び散った。


「いったぁ!」おでこを抑えて雛が悶絶する。飛来したチョークが額当てごしに直撃したようだ。


「ほい、1ダメお返し」


「あ…あー…」雛の左肩の数字が点滅して消えた。

同時に雛の姿もかき消える。


「雛!」「ひなちー!」ギャル仲間の中根久遠なかねくおん内水鮠うつみはやが悲鳴を上げた。


「心配しなくても、フィールド外に転送されただけだ」

次郎が示した先に、元のジャージ姿に戻った雛が額を抑えてしゃがみこんでいた。


「うう…頭が吹っ飛んだと思った…」

「ちっくしょう!行くよハヤ!」

「かたきは打つし!」


久遠とはやが次々にフィールドに飛び込む。

「何やってんだ、早く来いよ!」後ろを振り向いて、動かない他の冒険者組に発破をかける久遠。だが。


「分かってるけど…身体が動かないッス…」脂汗を流しながら曽田が答える。

「なにこれ…夢の中みたいに身体が重い…」碧子もうんうん唸っている。


「言ってなかったけど、フィールドに入るには一定のエナジーが必要でな」

様子を見ていた次郎が声を張る。「冒険者は『マナ』って呼んでる。動くのに必要なマナが貯まればジェムが光るからすぐ分かるぞ」


「先に言うべきでは…」ぐぬぬ、と歯を食いしばって碧子が苦情を述べる。


「説明を途中で遮って盛り上がったのはお前らだろ」次郎はあくまで冷静に言った。「もうひとつ、必要なマナの量は個人差がある。戦力としての数字が高いほど必要なマナは多くなる」


碧子は攻撃力5、耐久力4。曽田に至っては攻撃力6、耐久力6と冒険者組では最も強力である。


「もうしばらくそこで見てるんだな…壁土、来い!」

「ぼ…僕ですかぁ…」次郎の呼びかけに渋々進み出るミニオン組の壁土厚。

指輪のジェムが光っている。

次郎の無言の促しに気圧されて、恐る恐るフィールドに踏み込むと壁土の身体が黄金の光に包まれた。


「な…なんですかこれ!?」


〈壁土厚 攻撃力:0 耐久力:2 スキル『光の守護』〉


「お前のスキルだよ」「ぼ…僕のスキル?これが?」

慌てふためく壁土を次郎がなだめながら、再びチョークを撃ち放つ。


「とりゃあ!」高い金属音が響き、狙われた鮠の眼前でチョークが砕け散った。

「くーちゃん!」

「何度もウチの友達をやらせねー!」

盾を構えた久遠が吠える。久遠の耐久力を示す数字が点滅し、1減った。


〈内水鮠 攻撃力:1 耐久力:1〉

〈中根久遠 攻撃力:1 耐久力:2 スキル『身代わり』〉


「『身代わり』か。仲間をかばってダメージを引き受ける…身内意識の強いやつには見合ったスキルだ」

次郎のつぶやきが消える前に、久遠と鮠が次郎に突っ込んできた。鮠の体当たりと久遠の盾パンチが次郎をわずかに揺らがせる。


「これはひなちーの分だし!」

「これは…何かわかんねえけど喰らえ!」


次郎の耐久力が点滅して2減った。

〈島田次郎 耐久力:7〉

ワッと冒険者組の歓声が上がり、ミニオン組は身を縮ませる。


「なかなか悪くない…けど俺を狙ったのは失敗だぞ、二人とも」

「負け惜しみ言うなし!」

「ガンガンいくよ!」

一撃離脱で反撃に備えた鮠と久遠が身構える。


「そっちの連中はまだマナが足りないようだな。来い、筑摩心詠!お前の番だ」

「ひーん…」

半泣きでフィールドに降り立つマントの小柄な少女は、戦況を逆転するには弱々しい。


筑摩心詠ちくまこよみ 攻撃力:1 耐久力:2〉


「勝てる勝てる!」

「壁土は攻撃力無いし、筑摩も大したことないぞ!」

囃し立てる冒険者組。しかし、異変に気付いた者がいる。

「あれ…筑摩の横…何か居ないか?」

眼鏡の男子生徒、時任知樹ときとうともきだ。


時任の言葉通り心詠の横に謎の生物が現れていた。トカゲに似た生物だが、人間の赤ん坊ほどの大きさがある。

「トッケイ!」

鳴き声を上げる謎の生き物が雄叫びを上げた。


「ひええ!」

「怯えるな筑摩、それはお前のスキルが産んだ従者だ」次郎が告げる。「お前を守り、戦ってくれる相棒だ」


「ひえ…え?」

「トッケ〜!」


恐る恐るトカゲを見つめる心詠を、トカゲもつぶらな黒い瞳で見つめ返して二股の舌をチロチロ吐き出した。


〈トッケイ 攻撃力:1 耐久力:1〉


筑摩心詠ちくまこよみ 攻撃力:1 耐久力:2 スキル『トッケイ召喚』〉


「か…可愛いかも…」


存外愛嬌のあるトッケイに和む心詠。

それを他所に、次郎が号令する。


「トッケイ、突撃!」

「トッケイ!」


次郎の命令一下トッケイが飛び出し、久遠に突っ込んでいく。

「ぐっ!」

盾越しに体当たりを食らって久遠がダメージを受けた。


〈中根久遠 攻撃力:1 耐久力:1〉


〈トッケイ 攻撃力:1 耐久力:0〉


しかしトッケイも無事では済まない。攻撃した側のトッケイの姿が光の粒になって消えていく。


「攻撃した側も相手の攻撃力によってダメージを負うのか…!」

時任が眼鏡を抑えつつ驚く。


「にゃああ!トッケーイ!」早くも従者に愛着が湧いたらしい心詠が悲鳴を上げた。


「ほら行くぞ!」次郎の叫びも届かぬうちに、久遠の額をチョークが撃ち抜いた。耐久力を失い、消えゆく久遠。


「くーちゃん!」

「いったぁ…」

フィールド外に変身解除された久遠が転がった。


「き…鬼畜…!先生は鬼…!私の従者だって言ったのに…」さめざめと泣き伏す心詠を、壁土がオロオロと見ている。

しかしその二人の間に、チョロリと現れる影があった。


「トッケイ?」

何事もなかったように舌をチロチロさせるトカゲに、心詠が抱きつく。


「わああ!トッケイ無事だったんだね!」


「そいつは復活するんだよ…お前が退場しない限り」


次郎の声も聞こえているのかいないのか、再会を喜ぶ主従から対戦者に次郎は目を移した。金色の目が妖しく輝く。


「さて…勉強の時間だ」


「くっ!」はやの整えられた眉が歪んだ。




【ミニオン組】

土壁厚つちかべあつし 攻撃力:0 耐久力:2 スキル『光の守護』〉


筑摩心詠ちくまこよみ 攻撃力:1 耐久力:2 スキル『トッケイ召喚』〉


〈トッケイ 攻撃力:1 耐久力:1〉


【冒険者組】

内水鮠うつみはや 攻撃力:1 耐久力:1〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る