ネクストアースプロテクション〜正義の巨人が悪の宇宙生物と戦い人類の文明を救うそうですが?〜

アステリズム

ネクストアースプロテクション〜正義の巨人が悪の宇宙生物と戦い人類の文明を救うそうですが?〜

 地鳴りを起こしつつ、青白く光り輝く巨人の拳が巨大な緑色のスライムへとめり込んでいく。スライムの体内で爆発が起こり、ネバネバ野郎は金切り声を上げる。冗談じゃない、子供向けのヒーロー番組じゃ無いんだぞ?


 軍の豆鉄砲はまるでスライムには歯が立たず、それでも世間体を気にして攻撃しない訳にはいかないという予算至上主義に、歯痒さを感じる。


 巨人はスライムの周囲に大きなバリアを張り巡らせ、中にビームを撃ち込む。バリア内で反射したビームはスライムを四方八方から薙ぎ払い、最終的に大爆発を起こす。


 光の巨人『ネクスト』と、スライム状の生物『ディタージェント』


 生産拠点に襲いかかるディタージェントから、ネクストは人類を守護する。そうして俺達は、普通の生活を続ける事が出来ている。


 なんでこんなことになったかって?

 んじゃ、少し前の話をしようじゃないか。


 ◇◆◇◆


 俺の名前は望月祐介、43歳独身、職業はネット記者だ。新聞も時代遅れになっちまって、今ではネットが主流って訳よ。


 なんで独身かって?今どき結婚するやつの方が珍しいんだよ。まぁここだってそこそこ大きな企業なんだぜ?時代も変わったってことよ。


 さて、最近外は毎日曇ってるわ、霧ばっか出て前も見えんわで車の運転も億劫億劫。しかも酸性だぜ?酸性の霧と雨!禿げちまうぜ。


 ま、仕事の方は色々有り過ぎてニュースに事欠かないんだがなぁ。


 それでいて、ニュースの中身が面白いかと言われれば芸能人の結婚やらマスクがバカ売れやら、クソみたいな話ばかりだが。


 溜まった仕事も一段落付き、現場行きまでの空いた時間でドーナツ片手にコーヒーを飲む。何も考えず、テレビやスマホをボケーッと観ているのがある意味現代人の幸せなのかねぇ。


『さて、次のニュースです。激しい咳や呼吸困難により、病院に搬送される患者が増加しています。WHOによる調査では、今後、光化学スモッグの増加も考慮されて――――』


 こりゃひでぇ。マスクがバカ売れするわけだ。

 まぁ、顔を隠したい奴も多いしな。傘も気楽なんだよなぁ、人と顔合わせなくて良いし? あぁめんどくせぇ〜。


『ママー!お肉もお魚が取れないって! たくさん食べたいのにぃ〜』


『でも最近高いのよねぇ〜!あと、野菜も食べないとダメよぉ』


『そんなアナタにオムニ食品! オムニは格安!なんでも揃う! 信頼と安心の遺伝子操作技術により、収穫効率が大幅アップ! そして格安! さぁ!オムニを食べよう! オムニ♪オムニ♪ オ・ム・ニ〜♪ 』


「うさんくせぇなおい……何が信頼と安心だよ」


 最近増えたなぁ、こういうCM。遺伝子組換え食品どころか、肉も魚も工場生産。こりゃ、今に人間まで工場で作ったりしてな。


「モチ先輩、中々面白い事言いますねぇ。そういう皮肉、好きですよ〜」


 こいつは後輩の伊藤ユリ。22歳の若造だ。後輩と言っても、若いのに落ち目なウチにやってきた変わりモンだ。褒めるところがあるとすれば…………意外と鋭いところかねぇ?


「皮肉って何さ? 」


「え? マジっすか先輩、それっすよそれ、そのドーナツ」


 豊の指す先を辿ってみると、そこは俺の持つドーナツの包み紙。ロゴに書いてあるのは、『安心と安全!オムニ』の文字。


「気が付かなかったんです? こりゃウケるっすわ!」


 腹を抑えてケラケラ笑う後輩に、少々イラッとした気がしないでもないが、ひと笑い取れたのでまぁ良しとするか。


 それにしても、オムニ食品、どこにでもあんだなぁ…………。

 食っても大丈夫なのかこれ?


「んで、いいんすか?もう11時っすよ11時、大洗行くんでしょ? 間に合うんすか?」


「んぁ〜そろそろ行くかぁ…………お前代わりに行ってくんね?」


「何言ってんすか! 先輩が手伝えって言ったんでしょうが! ほら行きますよ!あと飯奢るからって言ってたでしょ! 」


「うぇ? そうだっけ? まぁいいか。そして奢るとは確実に言っとらんぞ」


「チッ、バレたか」


 掛けてあったカーキ色のソフト帽をクルリと回し、頭に乗せる。こいつが無きゃ締まらない。


「ほら!スーツがシワになってる!全くもう! んじゃ車回してきますよ!」


 どうせ自動運転だろうが。


 ◇◇◇


 なんやかんやで到着したのは、茨城県の大洗町。

 茨城県は巨大な食糧生産ドームが乱立している。大洗も例外じゃない。


 少子高齢化で土地もダダ余り、隣の千葉県も栃木も工場ばかりだ。加えて海も空も霧だらけ。


 霧と雲さえなけりゃ多少景色はキレイなんだろうなぁ。


 工業化の代償を払うかのように、太平洋の荒波を受けながら岩の上にそびえ立つ朱色の鳥居には、黒く濁った油がこびりついていた。


「モチ先輩! いましたよ、例の漁師さん」

「おお、僥倖、僥倖」


「私の努力です! 行きますよ! 」

「うぃ〜」


 インタビュー相手の漁師を見つけ、撮影を続けている俺達だが、どうにもつまらん内容だ。リアルタイムの再生数もたったの500人、200人はいつもの水増し用のサクラだが。


「商売上がったり、開店休業状態よ」

「魚が全く取れなくなっていると? 」


「そうだよ!今じゃ船を出すだけで赤字さ。魚は全然取れねぇし、取れても奇形ばっかだし。う〜ん。俺も養殖に鞍替えすっかなぁ」


「なるほど。やはり水質汚染や水温上昇が関係していると? 」


「そりゃ、あんな所で魚も暮らせんわなぁ」


 漁師と同じ海の方を観る。海岸線はゴミで埋め尽くされ、岩場には発泡スチロールの箱が挟まって波を受け続けていた。


「先輩、今なにか、空がピカっと…………」


「なんだぁ? 隕石かなんかだろ? そんなもん昨今はよく…………おい、あれこっち来てないか?」


「来てますよ!わわわ!逃げないと!」


 空を見上げた先、そこには、明らかにこちらへと落下する一筋の光が見える。緑色の巨大な落下物が。


 漁師と俺たち二人は、慌てて海沿いから猛ダッシュで逃げる。こりゃ死ぬかな?どうせ死ぬなら、記者魂の一つでも見せてやるか。三途の川への渡し賃って奴だ!


「先輩!何撮ってんすか!逃げないと!」


「さっさと逃げろユリ。このままリアルタイムで上げてっからな。後でじっくり見てくれや」


「センパァァァアア!…………あああ、あれ?遅くないっすかあれ?」


 死を覚悟して撮影していた隕石のクソ野郎は、明らかに空で減速している。


 隕石が減速するか?まるでパラシュートじゃねぇか。んなわけあるか!


 ――――うん?それにしたってでかくねぇか?

 なんだあのサイズ?隕石って燃え尽きるんじゃねぇのか?あれは明らかに…………あっ落ちた。


 海上に大量の水しぶきを上げて落下した、緑色の謎の物体。衝撃もなければ津波も来ない。隕石か?人工衛星か?軍の新兵器か?


「スクープですよ!スクープ!こりゃラッキー!しかも死なずに済んだ!給料アップ♪給料アップ♪やりましたね先輩!」


 ただの隕石だろうが、そんなんで給料が上がるか若造め。しかし大喜びしながら漁師のオッサン担いでやってたのか、もうそんな体力俺にはねぇわ……。


 喜びの舞を踊るユリを後目に、海中で何かが蠢いているのが見える。なんだアレ?隕石が動くか? 動くわけねぇよな?


「あれ、動いてません?モチ先輩、リアルタイムで動画配信してますが、再生数爆上がりですよ!もう一回音声つけます! あ、おっちゃんは降りてね」


「ありがとよ、腰抜かしちまってな」


 さて、昨今は記者もリポーターも兼任してんだわ。人不足バンザイだ畜生め。

 最近の電子記者は全部コミコミだからな。便利な世の中になったはずが、やる事が増えちまった。手に持っていたドローンカメラを飛ばして放送再開だ。


「え〜、先程からご覧の皆さん、今我々は取材中、ここ大洗で偶然隕石のようなものが落下した場面を目撃しましたが…………なんとこの隕石、動いてます」


 何だこのアホみたいなセリフは。だが事実なので仕方がない。蠢く隕石の正体は!とドローンのAIが勝手に題名を変更する。


 売れそうな話題はAIが即座にSNSに飛ばす。そして直ぐにそいつに食いつく視聴者達。コイツらいっつもスマホかPCの前に張り付いてやがんのか? まぁそれが商売なんだが。、


 《先輩!視聴者が18万ですよ!しかも世界中から!新記録!》


 インカムからユリの声がするが、ややこしい!横で喋るな!


 そんな事を思った矢先、海中から隕石だと思っていた何かがせり上がってくる。なんだアレ!? 真っ黒な海の水が緑色に光って…………いや、あれはまるで、半透明の…………スライム?


「あ〜、ただ今、隕石だと思われていた謎の物体が海中から姿を表しました!あれはまるでスライムのような…………あんな色した洗剤あったなぁ、おっといけね、そう、まるで生物のような、まさかの宇宙生物でしょうか!」


 宇宙生物、自分で言ってても呆れるようなセリフだが、実際にそれっぽいのを目にしてるわけで。まぁいいか! 面白いことになってきやがった!


 陸上に上がろうとするスライムだが、全長は70メートルはあろうかという巨大さだ。

 確かに動いている。動いてはいるが、あの先は食糧生産ドームじゃないか?こりゃまずいんじゃ…………グァァァアアア!!


 スライムが陸上に上がり切り、食糧生産ドームへと到達した瞬間、頭が割れそうな程の金切り声を出し始めた。

 これはまずい、空中に浮遊させていたカメラを回したまま頭を抱える。こりゃ死ねるぞおい!


「金切り声です!頭が破れそうです!あれは我々の敵なんでしょうか!謎ばかり!いてぇぇぇ!」


 ユリが俺の代わりにリポートしてやがる。良い仕事だ!痛てぇ!


 金切り声が鳴り止むと、スライムは生産ドームへと張り付いた。そして、あっという間に生産ドームは溶けだし、5000万人分を賄う食料工場は跡形もなく消滅した。


 あれは、あれはまずいんじゃないのか? コイツは侵略者なのか…………?


「せ、先輩!コメントが大量に!うぁ、二日酔いみたいだ吐きそうです……」


 コメント、3億ってなんだよ…………。ん?ディタージェントって読むのか?なんだこれ?


「えぇ、ただ今、大洗の食糧生産ドームがスライム状の何かによって、跡形もなく破壊されました。スライムはとんでもない金切り声を上げていましたが、真意は不明、そもそも生物かどうかも分かりません、あっ!軍の哨戒機です!しかしスライムは哨戒機には目も触れません!」


 まるで映画のワンシーンだ。

 巨大なスライムが血を這い回り、巨大食料生産拠点を蹂躙していく。

 冗談じゃない、食いもんが無くなるぞ!

 ええい!速くて追いつけん!


「え〜、軍の戦闘機です!戦闘機が攻撃を始めました!」


 待て……早すぎる、早過ぎないか?

 どん亀の軍がもう攻撃を始めるなんて……有り得ないだろ!?


 ユリが指を指すその先、日本空軍のF-306戦闘機がスライムに攻撃を開始、発射されたミサイルやらの爆撃で重低音が鳴り響く。


 割と距離が離れているにも関わらず、この距離でもとんでもない爆音だ。花火の比じゃあない。

 巻上がる爆煙から這い出たそれに、ダメージは殆ど見当たらない。


「ユリ!情報収集頼む!放送は俺がやる!」


「うぃっす!レポーターは伊藤ユリ!次に毎度おなじみ、望月祐介に戻ります!」


「こちら望月です!軍の攻撃は続いていますが、巨大なスライムに効果は見られません!」


 本社からのインカムで、茨城東部エリアからの避難指示が発令されたという報告が上がる。政府様も動きが速すぎる。何なんだ一体。何? 米軍との共同作戦だと?


「え〜ただ今政府から、茨城東部エリアからの避難指示が発令されました! 住民の皆様はお近くのシェルター、またはエリア外へと脱出してください!米軍との共同作戦により、戦闘が行われます!我々も脱出します!では引き続き、本社からの特別番組をどうぞ!」


「モチ先輩、ここは大丈夫なんですか?」


「大丈夫なわけあるか!逃げるぞ!」


 茨城から軍の誘導に従って避難を始めた俺達だったが、全く現実味が沸かないという不思議な感覚に陥っている。


 アレは一体なんだ?


 なぜこんなに早く軍が出てきた?


 工業地帯は大丈夫なのか?


 様々な疑問が胸に渦巻きながら、俺達は混雑した道路を車で進んでいく。


「先輩!気が付きました!? 久々ですねぇ!」


「あぁ、久々だな、本当に」


 爆風による影響か、イオン化した大気のせいなのか。陰鬱な曇り空は何処かへと消え去り、4年ぶりの青空が俺達の頭上に広がっていた。



 ◇◇◇


 混雑による混雑。

 丸一日経って、やっとこさ埼玉まで移動した訳だが。


 正直に言って目下のピンチは、巨大スライムよりも腰痛だ。トイレだって満足に行けやしないわ、生産拠点がやられたせいか、買い占めで飲み物すら手に入らんわ。そして座りっぱなしのこの腰痛! 椅子が固いんだよ椅子が!


 俺達が避難を続ける間、穀倉地帯を消滅させ、千葉県の工業地帯までもを飲み込み、スライム野郎はどこまでも進み続ける。


「先輩、見て下さい。あのスライムの名前ですって!」


 げっそりした顔でユリがスマホを俺に見せてくる。そりゃ疲れたよな、俺だってクタクタさ。


 どれ、観てみるかとスマホを受け取ると、政府発表でのスライムの呼称が目に写る。


『ディタージェント』


 日本語で言うと、洗剤らしい。


「先輩が名ずけ親じゃないっすか!凄いっすね!私らが第一発見者らしいですよ!ウチの報道サイトも大盛り上がり!『マズいパスタの作り方』まで再生数が伸びてますよ! 」


 第一発見者? それにしては軍の動きが早かったが…………?


 発表されたディタージェントの予測進路から脱出してはいるが、何せうちの国は特撮怪獣大好き国民だ。


 こんな非現実的な事が起きても、避難自体はパニックにならずに淡々と進んでいる。


 商品の買い占めはあれど、暴動も略奪も起こらない。俺的には空から堕ちてきた巨大スライムより、こっちの方が余程ホラーだと思うがね。

 人間味がないと言うかなんと言うか。


「ユリ、奴はどうなった? 」


「軍の攻撃も効かないらしくて、茨城をグルーっと回った後に南下してますね。あっ関東エリアからの脱出勧告が出てます。母さん大丈夫かなぁ」


「親御さん、連絡付かないのか? 」


「回線が混雑しててダメっすね。普段から連絡つかないんですけどね〜」


「早く繋がるといいな」


 因みにユリのご両親、俺とあまり歳が変わらないらしい。これを聞いた時自分の中の何かが壊れたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。


「しかし関東エリアは脱出ねぇ、こりゃ経済はヤバそうな……あ、やっぱりなぁ」


 怪獣のような生物より、世間的にはこっちの方が深刻なんじゃないだろうか。


 日経平均株価はダダ下がり、それどころか世界経済すら影響が出まくっている。

 こりゃ駅やら道路やらの飛び込みが増えちまうなぁ。人身事故に御注意だ。


「株やってないんでセーフっすね! 」


「他人事じゃねぇぞ!どっから給料出てると思ってんだ!」


「やばっ!」


「あっ!でもオムニ銘柄は上がってますよ!食糧難になっても直ぐに作れますからねぇ」


「直ぐに作れる、ねぇ……」


 ◇◇◇


 有り得ないだろう。

 こんな事は有り得ない。

 俺達が関東から脱出し、山梨まで逃げ切った時だ。


 政府のお偉い方はとんでもないアホをやらかしやがった。


 何をしてくれたかって? 吹き飛ばしたんだよ。

 茨城県を丸ごとな。


 政府は米軍と共同で新兵器を使いやがった。原爆? 水爆? 質量兵器? そんな生温いもんじゃねぇ。反物質ミサイルだ。撃ってから新兵器の公開とはな。


 そうして俺達は、一大生産拠点の二つを深刻な放射能汚染により失っちまった。


 んで?結果は出たかって?


 いいや、煙からコロッとスライム野郎が出てきやがった。


 無傷で。


 歴代最強の兵器で無傷!食糧も工業も叩かれまくり。マジで文明終了のお知らせだろうこれ。だが、無能政府は追加で反物質ミサイルをぶち込みまくった。


 はい、そして今、関東は見事壊滅だ。


 それが今。


 今の俺達だ。


「モチさん……もうダメなんすかね? 」


「知らん。俺に聞くな。っていうかお前、なんで俺といるんだ? 」


「家族の誰にも連絡つかないし、とりあえず放送してれば生きてるのは分かるかな〜って」


「んな事言ってもネット自体堕ちてるじゃねぇか、放送流せんわ」


 そう、インターネットが完全に停止している。

 だが、最後に観たのは、ディタージェントが世界中に現れたってニュースだ。


 世界の終わりかぁ、俺が生きてるうちに。


 まぁそんなこんなだが、俺達は特にやることも無いわけで。ひたすらディタージェントの情報を集めてるわけだ。撮り溜めだよ、録り溜め。



 関東地方には30年は入れないってさ。


 故郷もパーで家もパー。ローンはグー。

 ファック!笑えねぇのに笑えるわ!


 まぁそんな訳で、俺達は山梨県に来たわけだ。車の中でひたすら張り込み。待てども待てども見えるのは相も変わらず雲と霧だ。


「なぁユリ、オムニの工場で張るの、もう何日目だ? 」


「五日目っすね〜、やっぱ爆弾効いたんじゃないっすか? ポコスカ爆発してたし? 」


 だと良いんだがなぁ。


 だが俺の感じゃ、絶対次はここだ。

 というかここが一番近い。


「モチさん! モチさんってば! 」


「んあ?なんだ? 」


「たぶん、出ちゃいましたね〜」


 霧の中に蠢く巨大な影。

 生物にあるまじきその巨体。

 地鳴りも足音すらも聞こえないが、ハッキリと頭に響く金切り声。


「ディタージェント、出やがったか……」


 程々縁があると見える。

 ビンゴ、スライム野郎の登場だ。


 ディタージェントは山梨工業地域の方角へゆっくりと、いや、あの巨体だ。かなりの速度で進んでいるんだろう。


 《ディタージェント警報発令、ディタージェント警報発令、市民の皆様は、最寄りのシェルターに避難してください。繰り返します、ディタージェント警報発令――――》


 何がシェルターだ!

 普及率3%も無いだろうが!アホか!


「モチさん!撮ってますよ! 絶対ウチが一番乗りですよ! あぁ〜!配信出来たらなぁ! 」


 その前に、ウチの会社ってまだ残ってんの? いや言わないでおこう。いっその事こいつ連れて個人でやっていくか。生きてたらな。


 待機状態の防衛軍が即座に出動し、ディタージェントに攻撃を加えているが、傍から見てもなんの効果も無い。奴は悠々自適に進むだけだ。


 だが、ディタージェントが工業地帯へと差し掛かる寸前、日光がまだ陰るような時間じゃないにも関わらず、街を大きな影が過ぎていく。


 余りにも速いその動く物体が、突然速度を緩め、地上に地面を砕いて着地し、離れているはずのここにまで地震が伝わってくる。


 ビルのような大きさ、まるで光その物の様な輝く身体、そしてなにより人型のその物体。

 いや、巨人というのが正解か。


「モ、モ、もちさん! ふ、増えた! デカいの増えた!」


「ありゃ何だ…………? バケモンが増えたぞおい……?」


「でもカッコイイっすよ! ヒロイックっすよ! 」


 光の巨人、そういうのがピッタリだろう。

 ディタージェントが工業地帯への歩みを止め、巨人に向かい、金切り声を上げ、巨人はボクシングのような構えをとり、ディタージェントへと向かい合う。


 まさか、格闘技の構えだってのか?

 いや、そもそも敵同士なのか……?


 ディタージェントが体の一部を鋭く尖らせ、巨人の方へ突き刺そうとするが、巨人は即座に回避。二撃、三撃目も回避し、一気に距離を近づきディタージェントに青白く輝く右手ストレートを放つ。


 き、効いてる?


「モチさん! 穴あきましたよ穴! すっげぇデカイの!」


 立て続けに青白い閃光を迸り、巨人はパンチ、キック、飛び膝蹴りとディタージェントの質量を減らしていく。


 なんて威力だ……。

 あの光は反物質ミサイルよりやべぇって事かおい。


 ディタージェントは頭痛がするほどの金切り声を上げるが、巨人は意に介する事無く攻撃を続ける。


 巨人は突如、腕を左右に広げ、ゆっくりと大きく回転させ水平にし、ディタージェントの方へ両腕を突き出す。


 すると、ディタージェントの周囲にフィールドと思わしき空間が発生。奴は封じ込める。


「なんだぁ?ありゃ ?お、おお?うおぉぉぉお!眩しぃぃぃ!」


 光線だ。

 巨人が光線をぶっ放し、フィールド内で乱反射、四方八方から浴びせられた中のディタージェントは消し炭すら残らない。蒸発だ。


「おいおい、嘘だろアイツ、スライム倒しちまったぞ…………」


「スクゥゥウゥウウプ! 配信!繋がらないぃぃぃいいい!」


 ユリの叫ぶ気持ちも分からんでもない。

 こりゃ、勿体ない事をした。いや待て、こりゃ洗剤野郎よりヤバいやつが現れたってことじゃないか?


 嫌な予感がする、こういう予感は大体当たるんだよ。


 《地球の皆さん、初めまして!》


 ――――ッ!?


 幻聴……?

 いや違う、確かに聴こえた。

 頭の中に、ハッキリと声がした。俺だけか?俺だけだったのか? いや、ユリがビクついている。聴こえたみたいだな。


 《驚かせて申し訳ない。地球にはテレパシーは無いのでしたね? 》


「ユリ、聴こえたか!おいユリ! て、テレパシーって言ったか!? アイツか? あのでかいヤツか!? 」


 明らかなイレギュラー。

 それは、遠目に見てもデカい図体の巨人、そいつしかいないだろう。


「聴こえてますよぉ! 肩揺らさないでください〜なんか酔って吐きそうです〜」


 やっぱりか、道理で突然静かになったわけだ。

 このテレパシーってのもどうやら個人差があるらしい。俺は何も感じないからな。


 《であれば気分を害する方もおいででしょう、大丈夫。あと一、二分で慣れますので》


 一、二分? アイツ、どこから来たか知らねぇが、こっちの時間を理解してんのか……? いや、地球の皆さんって…………アイツ、宇宙人か!?


 《改めましてこんにちは。我々は『ネクスト』》


 ネクスト……我々……?


 《あなた方の文明を守る為に派遣された、地球の守護者です。文明を破壊するリキッ…………ほう、ディタージェントと呼ばれているのですね。そう、彼らを根絶する為、私は派遣されました》


 そうして現れた、全長45メートルの光の巨人。


『ネクスト』と名乗る彼は、地球人をディタージェントから護り、俺達の世界の文明を保護する事を約束し、宇宙へと帰って行った。


「ユ、ユリ……とんでもねぇ事になったなおい……」


「スクープが〜全国放送になっちゃいましたね〜」


「お前……映像あんだろ? 十分さ」

「おおっ!? スクゥゥゥプ!」

「ぶれねぇなおい……」


 それ以来、幾度となくディタージェントとネクストは戦いを繰り広げ、そうしてネクストはディタージェントを駆逐していった。その圧倒的な強さをもって。


「おぉ〜モチさん!物価戻ってる!野菜も肉も安い!」


「そうだな。ところでユリ、お前なんで俺と住んでんだ?」


「行くとこ無いんですもん! こんな若くて可愛い子が一緒にいてくれるんですよォ? えいえい!色男〜!」


 うぜぇ……まぁ良いか。

 何だかんだ、悪い気分じゃない。


「通信も回復しましたし。映像も流せましたし? 大儲かりですよ!ネクスト様々ですね〜」


 ユリはジャガイモの形を比べつつ、そんな事を言う。荷物持ちとはいえ、果たして俺は必要だったのだろうか。しかし、ネクストか……なんかうさんくせェんだよなぁ。


「なぁユリ、お前、タダ働きする気あるか?」

「嫌ですよ!報酬第一!資本主義!」


「だよなぁ、見返りなきゃ働かんよなぁ」

「またっすかモチさん! ネクストは私らより進化してんですよ! 慈善団体っすよ!国境なき救助団っすよ!」


「まぁ、そんな医師団もいるしなぁ」


 そう。戦い、そして俺達を護る。だがネクストはなんの見返りも求めなかった。ボランティアみたいな無償で働く奴もいるにはいるが…………。


「なぁ、宇宙からわざわざ助けに来るかぁ?目的はなんだろうな? スライムを殺したら何か手に入るとか……?」


「モチさん…………」

「ん?」

「ディタージェントが目的じゃない気がするんですよねぇ、なんていうか、顔がいやらしいんですよね、ネクスト」

「――――アイツら、表情無いじゃねぇか……」


 確かに何を考えているか分からないもの程怖い物は無い。なまじ動物と違って、ネクストとはコミュニケーションが取れるんで、余計不気味だ。


 不気味繋がりでスライム野郎、ディタージェントについてもだ。時折、ネクストはスライム野郎に何かを話しかけているような仕草を取っていた。なにせ工業地帯に毎回スライムが来るもんだから、いい加減見慣れた光景だ。


 もしかして、ディタージェントにも言語があるのか…………? 毎回の金切り声、あれがもし言葉だったとしたら?


「ユリ、新潟まで行くぞ」

「なんで!? 」

「知り合いに会いにいく。今からだ」

「今夜鍋っすよ!? 今からっすか!」

「今からだ。鍋は……また今度な」

「うぃっす……」


 そんな訳で車を走らせ、休みつつも六時間後に着いたのは新潟市。ここにいるのは知り合いの音響研究家だ。


 それはもう音声マニアで、音声暗号から外国語、ステレオからヘッドホンまで網羅している生粋の音マニアだ。


「アポ取ったんすか?」

「勿論だ、データも送ってある。晩飯行くぞ」


 新潟といえば蕎麦だろう。

 そばを啜りつつ、ふと気になって店の奥を見てみれば、箱にはオムニ食品のロゴ。

 まさかこのそば粉……オムニか?


「なんか思ったより普通っすね」

「あ、ああ、そうだな……」


 よくよく考えてみれば、そりゃ特産だろうがなんだろうが、今の環境で美味いもんなんて作れるはずが無いんだわな。そして結果的には安定の味か。


「ご馳走さん」

「ありがとうございました〜」


 何だかんだ切ない気持ちを味わった後、ユリのイビキを聞きながら宿で一泊。あさイチでアポを取ってある音響研究家に会いに行く。


「よぉツム助、久しいな。相変わらずで何より」


「確かに久しぶりだねぇモッチー。若い嫁さん連れちゃって〜」


「嫁さん!? 違いますよ!後輩っす!後輩!」

「そう見えるか?」

「そう見えるねぇ〜」


「さぁて。ティタージェントの音声ね〜、確かになぁんか意思がある気がするんだよねぇ」


「意思?」

「そう。なんつーか数学的な規則性というか……わからんが、意志を感じるのは確かだねぇ。連続で聞くにはコーヒーが十杯必要だけどね。まぁバンドは引いてるけど」


 やはり、何かしらがあるらしい。しかしこんなもの、国や軍がとっくに調べてるだろうに。発表も何も無い。一体これは……?


「まぁ知り合いにも当るよ。こりゃ俺だけじゃ無理だなぁ。まぁ今夜は泊まってけよ、積もる話もあるしなぁ」


「積もった分だけ時間はねぇがな」

「ははっ、違いない」


 そうして、思い出話に花を咲かせつつ、翌日を迎える。もう少々ゆっくりとしたかったが、なにせまたディタージェントが現れたらしい。トンボ帰りだな。


 山梨には関東から移設した軍本部や首都機能が移設されている。情報が集まるので、本拠地にしてる訳だ。そして、車での帰り道。


「楽しかったっすねぇ! でも電話で済んだんじゃ? データも送ったんでしょ?」

「お前、自分が死ぬかもしれないと思った時、最後に何したい?」


「最後っすか? うーん、今楽しいんでいいっすかね!」

「――――ハッ。俺は、親友に会いたいね」


「親友? あぁ、モチさん自殺でもするんすか!?」

「ちげぇよ!」


 山梨に帰り、数々の戦いを目にする。そして、一年が経った。ネクストは地球に慣れたのか、戦闘時間がどんどんと伸びており、形や強さが変わっていくディタージェント相手に渡り合っていた。


 日常のように巨人とスライムが戦う生活が続き、それから更に三年が経った。生活は特に変わらず、企業は以前より安定して食品や商品を供給した。


 世間の子供達は屋内でネクスト人形遊びをして、スライムは敵役でバカ売れだ。


「アナタ、ツムラさんから電話ですよ」

「ツム助か。なんだろうな」

「スクープに……なりそう?」

「いいから電話よこせ」


 俺は結局逃げきれず、ユリと年の差婚してしまった。なんだか最近、世間は生き急いでるようなきがしてならん。


「よぉツム助、どうした?」

「答えがでたよ。多分ね。さっきの声ユリちゃんだろ?咳してるけど大丈夫?」


 最近、風邪が流行っている。外に出るやつは随分と少なくなり、出てもマスク姿だ。


「どこもかわらんな。んで答えってのはスライムの声か? 最近奴らも見てねぇが」


「そう。今データを送ったよ。多分これが、彼らを見なくなった理由さ。なぁ、最近環境悪化が加速してるんだ」


「見りゃわかるわ。俺達もうダメかもな。」

「なぁ、ネクストは進んだ技術を持ってただろ? 宇宙船とか、兵器とか」


「ああ、そりゃ宇宙文明作るくらいだしなぁ」


「じゃあなぜ、進んだ科学力を持つはずのネクストは汚れた地球の救い方を教えない?」


「――――そりゃ俺も思ったな」


「なぜ、ディタージェントの倒し方を教えない?なぜ……なぜネクストは地球文明を護ろうとする?まぁ、翻訳データを見てみると良い。なぁ、近いうちにまた会おう。ユリちゃんを大切にしろよ?」


「あ、ああ。予定立てとくぜ」

「そうだな。予定は……大切さ……」


 電話を切った後、データを開く。そこに映ったのは、戦闘時の映像と金切り声への字幕。


「われわれ、さいごです……われわれ、ごめんなさい、あなたたち、ほろび、たすけられなかった……ごめんなさい……」


 ――――は?

 なんだこれは、これがあのスライム野郎のセリフだってのか?これは、最後にディタージェントが現れた時の映像だ。


 ひたすらスクロールし、最初の戦い、俺達が撮った映像を見る。その鳴き声の翻訳は…………。


「わたし、あなたたちまもります。ねくすと、きけんです、あなたたち、ほろびにみちびく。わたしたち、ねくすとのぎじゅつ、これをはかいします。わなです、これがあると、みなしんでしまう」


 頬に、冷たい汗が流れた。

 そんな馬鹿な、これじゃまるで、これじゃまるで、ネクストが悪で、ディタージェントがヒーローじゃねぇか。


(なぜ、ディタージェントの倒し方を教えない?なぜ……なぜネクストは地球文明を護ろうとする?)


 ツム助の言葉を思い出す。

 ネクストは、地球にいられる時間をどんどん伸ばしていった。ディタージェントを倒した後も、地球に飛来しては歓迎され、あちこちを案内されている。彼らは我々を護っていたのか?


 いや違う。


 思い出せ。初めのテレパシーを。


(あなた方の文明を守る為に派遣された、地球の守護者です)


 あなた方の……文明?

 汚染が進んでいる、この技術や文明を?


「どうしたの?アナタ? 久々に怖い顔して」

「なぁユリ、テラフォーミングって知ってるか?」


「てらふぉーみんぐ?」

「他の星を、俺達が住めるように環境改造する事さ。火星に俺達が吸える空気を作ったり、木を育てられるようにしたりな」


「出来たら、逃げられるかもねぇ」

「ああ、そうだな……」


 このまま環境悪化が進めば、俺達は絶滅するだろう。人間が滅びた後、台頭する生物からは、さぞかし恨まれる事だろうなとかつて考えた事があるが、皮肉なもんだ。これは公表すべきだろうか。いや、きっと、政府も軍も知っていたのだろう。騙されていたのかは分からないが。


「なぁユリ、なんかしたい事あるか?して欲しい事とか」

「最後まで、一緒にいてね……今が一番幸せだから」

「――――ああ、そうだ、そうだな」


 20年後、汚染が進みすぎた地球に人類は適応出来ず、人類は絶滅していた。


 だが、地球には今、多くの生物達が住んでいる。


『ネクスト』


 彼らにはもう、制限時間などないのだから。

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ネクストアースプロテクション〜正義の巨人が悪の宇宙生物と戦い人類の文明を救うそうですが?〜 アステリズム @asterism0222

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