第309話 馬

 俺達は街の様子を見てから見つからないように帰ろうと思っていたのだが、地下から外に出る時にはものすごい喧騒が聴こえてきた。ここまで案内してくれたラッセルとその部下たちが街中を走り回って騒動をなんとか収めようと頑張っていた。


 そしてその喧騒の中心には大柄な奥様方がいて、その迫力はオークにも引けを取らなかった。もちろんサイズ的にはオークどころかオーガにも引けを取らない巨躯で衛兵を殴り飛ばしていた。


 なんだあれやばすぎだろ。あれが怖すぎて中に入れないように結界を張っていた……?


「あれは、人……?」


「確信が持てない」


 あんな人がいれば目についたと思うが、今目をつけられたら終わりそうなのは俺たちなので見つからないようにこそこそと脱出を図ることにした。どんな理由で暴れているのかは……うん、女性の権利とか警備体制とかその辺について真面目に訴えている。


 正論と暴力が街を支配しているかと思いきや、元々結界のあった外側では比較的穏やかに人々は過ごしていた。


「聞いた話だと教会の人たちが悪いことしてたみたいなのよ~」


「私も聞いたわ。なんでも税金で危ない装置作って私たちで実験していたんですって」


「そういうの許せないわよねぇ。オオクさんなんかオオガさんと一緒に殴り込みに行っちゃったわよ」


「でもこんなことになるまで全然気づかなかったなんてねぇ」


「ほんと嫌な世の中よねぇ」


 オークの奥様オオクさんなんだ。


 どうやら噂話程度の情報が流れているが事実とはちょっと違う感じになっているようだ。話を聞いて事実とどれくらい違うのか確かめてみたいが、一応指名手配の身、危ない橋を渡る必要はない。


 というかもしこの人たちから俺が悪印象を持たれてオークオーガ様方を召喚されたら戦える気がしない。流石に一般人か魔物か区別のつかない人とやり合って混乱しない自信はない。


「めぐ、クロエ、この街からこのまま脱出で良いよな?」


「もちろんです」


「ここから街を落ち着かせるってなったら数か月はかかるだろうし、それが賢明ね」


 確かにこの街を一時的に安定させることは出来るだろう。クロエに頼んで暴れている人たちを片っ端から眠らせて、衛兵たちも落ち着かせる。そうすれば暴徒は一時的にはいなくなり争いの火種はなくなる。


 そこでめぐが神として降臨し街の偉い人たちを片っ端から信者にしていく。その時この混乱は月の女神の信者による暴動とでも言っておけば邪教徒共もあぶりだせるしぶちのめせる。


 月の女神なんて存在してるかわからない神よりもめぐという神を崇めればみんなハッピーさ。そして新たな宗教国家が出来上がる。そうしたら一信者としてめぐのすばらしさを布教しなければならない。俺だけの女神様じゃなくなるのは残念だけど、色んな人に知ってもらうのもそれはそれで嬉しい。


 こう考えるとやっぱあの神官殺さなければこの混乱もっと早く収められたかもしれないな。使うにしてもみせしめにするにしてもどちらにせよ、だ。


 というわけでその案を実行するには手間がかかりすぎるので脱出するわけだが、あまりにもごたごたしているため冒険者ギルドも人でごった返していた。行きでそうしたように護衛として行商人の馬車に乗っていこうと思ったがこれは無理かもしれない。


 依頼は片っ端から受理されているし、今日中に出発するものは全て終わっている。危険を察知して、得をしながら街の外に出るものは軒並みない。そら街中であれが暴れてたらそうなるか。


 レンタル馬車もこの混乱ですべて貸し出し中。馬の数には限りがありそれは当然お金を多く払う商人にみんな持ってかれてしまっていた。流石に馬車で十日もかかる距離を歩くというのは時間がかかりすぎる。


 ならばどうするか。


 俺が馬になろう。


「走って帰ろうと思うんだがどうだろう」


「キミヒト正気?」


「お兄ちゃんは大丈夫だと思うけど……」


「任せろ抱えて走る! おんぶと抱っこでしがみついてくれれば物理的に癒されながら走れるから無限に走れる予感しかない。揺れに関しては馬車で揺られるよりきついかもしれないけど頑張って抑えられるように走る!」


 実際問題として馬車で移動するよりも俺が二人を抱えて走ったほうが数段早い。悪路だろうと馬車で進むのが無理な場所だろうと人の足なら踏破出来るだろう。そんなところ走る予定はないが、比較的整備されている馬車も通る道なら安全に行けるはず。


 問題としては俺の全力で走って二人の体力が持つかという点。落ちないように細心の注意を払うようにはするが、俺の速度にしがみつくというのは相当の苦行になるはずだ。


 そしてめっちゃ揺れる。まともな移動方法ではないだろう。


 しかしおんぶにだっこを同時に体験出来るというこのシチュエーションを逃す手はないし俺は涙目になりながら必死にしがみつく幼女を見たいんだよ!


「この街は危険だし一刻も早く脱出したほうがいい。さぁ行こう今行こうすぐ行こう」


「……確かにそれもそうね。お願いするわ」


「私もお兄ちゃんを頼りにします」


 クロエは何か考えていたが俺の案に乗ることにしたようだ。クロエの魔法なら全員を浮かせて空を飛ぶなんて芸当も出来そうだが、それをした場合俺が走るのよりも負担を強いるから却下。それを見越して考えていたのかもしれない。


 ……実はテレポート出来るとか後で言わないよね?


 めぐは全幅の信頼を寄せてきてとてもかわいい。


 そしてすぐ準備をしたわけだが。


「なんで荷車だけあるんだ?」


「キミヒトの希望とはいえ流石にしがみついていくのは無理があると思うの」


「お兄ちゃん、馬がいなければ荷車だけ借りればいいんだよ?」


 二人にくっついてもらって永久ダッシュの夢は絶たれ、俺は本当の意味で馬になった。クロエはわかっていたみたいだけど女神様は純粋な好意だったよ。


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呪いで常識を失ったのでロリと旅に出る こが @kogasaisi

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