登校、或いは会敵




俺も陰口を叩かれる経験は一度や二度ではない為、ある程度そういう雰囲気には慣れている。ある意味噂の中心から外れた事はない為、これはもう実質人気者と言っても良いのではないだろうか。違うか? 違うね。


「……ギルメル、どこ見てるのさ。今は現実逃避して良い状況じゃないよ」


「……現実を見せるなオロバス。折角考えないようにしていたのに……クソ、やっぱり意地でも寮に引き篭もるべきだった」


ミハイルの余計な一言にげんなりとしつつも、仕方がないので渋々現実を直視する。なぜか俺の隣には、堂々とした態度のフィールリンクが春風に髪を靡かせていた。


同行を許可した覚えもなく、待ち合わせをした覚えもない。そもそも親しくなった覚えが無い。だというのにこいつは何故堂々と隣に立てるのか。もしや家格が上がれば上がるほど態度も高くなるのか? だとすれば貴族の中でも最底辺に位置する家格の俺は人一倍謙虚だという事に……ならないか。


「……んで、なんでバエルさんは我ら下界の者共に付いてこられているんですかねぇ。いつもの取り巻きとか、もっといいご親友の方がいらっしゃるのでは無いですか?」


「あら、別に良いじゃない。私はただ新しい友人と登校しようと思っただけよ。後、私のことは名前で呼びなさい。苗字だとラプラスと呼び名が被ってしまっていけないから」


「え? え、ええ。そうですね……」


ラプラス、と呼ばれた銀髪の少女は苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。先日先々日とフィールリンクの代わりに取り巻きへ応対していた少女だ。何となく疲れたような笑みから、苦労人なんだろうなと若干同情の念が芽生えた。


「ところで、フィールリンクさんっていつギルメルと仲良くなったんですか? 昨日どこかに連れていかれたってのは知ってるんですけど、あそこで何かあったんですか?」


早速パパラッチ精神を発揮して積極的に話しかけていくミハイル。もう止める気も起きないが、せめて爆弾発言だけはしないようにと天に祈る。


「ええそうね。昨日少しばかり、ね」


意味ありげな目配せを送ってくるな。それに歓声を上げるな。全員俺に注目するな。


それもこれもこいつが余計な節介を掛けてくるからである、とフィールリンクの事を睨みつける。初春の光景に彼女の美しさがよく似合っているというのがまた小憎らしい。これでは下手な嫌味を飛ばしても的を外してこちらが恥をかいてしまうでは無いか。


「……まさか言いふらしてないだろうな。女子がいくらゴシップ好きだといっても、それは悪趣味が過ぎるだろ」


「別に私はゴシップに興味無いわ。寧ろゴシップを流される側だもの」


「す、すごい自信だ……」


「自信じゃないわ。事実よ」


確かに、噂を流されるという点ではカースト最上位も最下位も似たようなものだ。それがプラスであれマイナスであれ、意図せずして流布される。そしてそれは往々にして本人には伝わらない為、どちらにせよ不快な気分となる事は間違いないのである。


そして、現在はその最上位と最下位が邂逅している状況であり、それに伴って噂を立てる者も二倍。不快指数は二乗倍である。ひそめた声が潜めきれずに聞こえてくるくらいには噂が立てられていた。


まあ、釣り合わないだの何故あいつがだの、中身は大した話でもない。寧ろ気になっていることを直接聞きにくる分、ミハイルの方がまだ幾分かマシというものだ。騒がしい事には変わらないが。


フィールリンクの態度が自信に満ち溢れているのも、自身の性質という要素以外に、そう思わざるを得ないという事もあるのだろう。自らの言動が間違っていないと考えれば、周囲の噂も自然とプラスに思えてくる。マイナス面を考えすぎては、まともに生活など出来ない。有名人として生きる為の知恵、の様なものだろうか。


「……やあ諸君。朝から随分と元気なご様子で」


と、それなりに(俺以外で)和気藹々とした雰囲気で学院までの道を歩んでいた一行だが、唐突にその道中に邪魔が入る。


「……何の用かしら、レックス先輩? 見ての通り、登校中なのだから邪魔をしないで欲しいのだけれど」


「昨日は態々使者を送ったというのに、それを君に無下にされたと聞いたからね。こうでもしないと取り合ってくれないだろう?」


レックス=ウァフォレル。先日逃げ帰った筈の男が、再び取り巻き達を引き連れて道を塞ぐように立っていた。


何度立ち向かっても懲りずに立ち向かってくる辺り、彼にはヒーロー、もしくは小悪党の素質があるのだろう。個人的には後者以外あり得ないとは思うが、可能性だけならある。


「それで態々顔を見せに来たと? それは随分殊勝な事で。その謙虚な精神、私も是非見習いたいものですね。ですが出来れば今ではなく、もう少し時間の余裕が出来てから伺っていただきたいものですが」


「別に君に用向きがある訳じゃない。僕が話を通しに来たのは、ギルメル君。君だ」


ほら来た。もう目を付けられている以上逃れられないとは思っていたが、まさかここまでやるほど執念深いとは。


「改めて君に申し込もう……ギルメル=アンドラス君、決闘だ」


決闘。それは貴族としての誇りをかけ、雌雄を決する戦い。かつては裁判の一種としても取り入れられており、勝者は敗者に一つだけ要求を通す事が出来る。昔はこれで身を持ち崩す貴族も多かったという。


勿論、今時こんな古典的な方法で何でも要求を飲ませられる訳ではない。仮に負けて要求を通されようとしても、何の抵抗もなく拒否する事が出来るだろう。


だが、決闘という名目を持ち出す事で相手を戦いの場に引きずり出す事は出来る。衆目の目の前で相手を無残に打ち負かしたいという悪趣味な貴族は少なくない為、今でも制度としては時たま持ち出されるのである。


衆目の前で話を通す事で相手に断りづらい空気を作り出し、なおかつ証人として役立ってもらう。仮にどちらかでも反故にすれば群衆からの評価が最低になる事は容易に想像でき、多少無茶な物言いでも自身の権力で有耶無耶にできる。おまけに不法な行為とは言えない為、学院側で取り締まることもできない。なるほど、確かにこれは効果的である。


しかし、奴はとある一点を見逃している。この手法に一つだけ存在する欠点を。


「……いや、お断りします」


「なっ!?」


そう、俺は自他共に認めるぼっち。そして尚且つ噂如きでどうにかなる柔な精神をしていない。先ほど上げた利点が、全て俺には効かないのである。全く、やはり一人は最高だぜ。


辺りの盛り上がっていた空気が一気に冷え込むのを感じる。これでいい。空気など読まないのが一人で生き抜くコツだ。


「……プッ、ククク……」


と、隣で何者かの笑い声が。ミハイルにここで笑うような胆力はない為、つまりこれは……


「……何を笑っているんだフィールリンク君。今のやりとりに笑う所などなかった筈だが」


「あらごめんなさい。あまりに想像通りの結果で、ね」


目元に浮かんだ雫を拭うフィールリンク。残念ながらこればかりはウァフォレル先輩に同意だ。一体それの何が面白いのか。


「ギルメル君、悪い事は言わないからここは受けておきなさい。これから先、この件で彼にいつまでも絡まれるのは面倒でしょ?」


「いや、戦うのも面倒だから。痛いの嫌いだし、負けてなんか言われるのも嫌だし」


「貴様ら……僕を侮辱しているのか!」


沸点の低さは相変わらずのようで、ウァフォレル先輩は暑苦しく詰め寄ってくる。衆目の面前なので流石に手は出さないだろうが、それでもいつ吹っ切れてしまうか分かったものではない。


……確かにフィールリンクの言う通り、これをあと一年は続けられると考えると流石に面倒を通り越して苛つく。俺も男から執着されても喜ぶような趣味はしていない。


面倒を避け、目立たない為に力を誇示せず隠し続けている訳だが、逃げ回った所で別の面倒が降りかかるだけ。ならば鬱憤の解消に少しばかり付き合っておくのもいいだろう。ほんの少し、ほんの少しだけ。


「……気が変わった。先輩の条件、呑んでやってもいい。すぐに終わってくれるならな」


「フン、心配せずとも魔盲如きに手間取ることは無い。僕をコケにしてくれた事を、せいぜい後悔するんだな。衆目の面前で貴様を襤褸雑巾のようにしてやろう」


「いや、人は出来るだけ少ないほうがいいんだけど……」


「放課後に修練場だ。首を洗って待っていろ!」


「話聞けって」


余程憤懣やる方ないのか、ろくに話も聞かず肩をいからせて去っていくウァフォレル先輩と愉快な仲間達。早速受けた事への後悔が湧いてきた。

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落ちこぼれが送るごく平凡な学校生活〜楽に生きたい『神殺し』〜 初柴シュリ @Syuri1484

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