#049 添い寝をしてくれる姫殿下

〈ティア〉

 赤錆びた鎖に繋がれ、鞭打たれながら、わたしは下層市街を引き回されます。首輪へ繋ぐ鎖を握ったベルメル貴族たちは、気味の悪い薄笑い。沿道に集まったアリエラの人々からも、口々に罵る声が聞こえてきました。小さな子供には、小石を投げられました。


 引きずられていく先は、鋼鉄の十字架。

 鉄錆の匂いがするのは、この十字架が浴びてきた血の残り香。

 手首を縛られて、十字架にかけられました。

 漆黒の衣をまとう魔王の御使いが、わたしの罪状を読みあげ、死を与えると宣言します。

 長槍を持つ骸骨の兵士が進み出て、わたしの胸の前に二本の銀色の槍先が、涼やかな音色とともに重ね合わせられました。


 死にたくない。助けて……


 こんなにも心が冷え切っているのに、頬を伝う涙だけが熱くて……



魘夢えんむを弾き返せ、〈ドラスの鉄籠目〉っ!」

 悪夢の最中にシスティーナ様の声が割り込んできました。



 ◇  ◇



 星歴1229年 11月28日 午前3時15分

 カレル西湖畔 建設地 東街区外城壁、城壁塔6階


「だ、だいじょうぶ? ティアちゃん、しっかりして……」

 抱き起こされて、気がつきました。

「あ、わたし、また、悪夢を?」

 夜着が濡れて、汗がべったりと背中を伝い流れます。


 システィーナ様が、わたしを抱き支えたまま、深いため息をつきました。

「物凄いうなされ方してたよ。揺すっても全然、目が覚めないから、魔法で夢の中に割り込んじゃったけど、だいじょうぶ? 気持ち悪いとか、眩暈とかしない?」

 額に触れられて、頬ずりしてもらえました。

「はい、あ、ありがとうございます」

 気恥ずかしさで我に返ると、悪夢の中で串刺しにされる寸前だった胸元に、両手をぎゅっと握ったままです。


「カルフィナ、どう? まさかと思うけど……」

 システィーナ様が、窓際へ振り返り、星空に溶けている人影に声をかけました。

「大丈夫、呪詛の類の悪い音韻は、感じないわ」

 暗紫色のドレス姿で、真銀の錫杖を手に、カルフィナ様がベッドに歩み寄ってきました。夜の闇の中で、蒼い瞳だけがほんのり光を放っています。死霊術師という類まれな魔術の使い手と知らされたのは、この街に着いてからでしたけど。


 死霊術師と聞くと、恐ろしいイメージしかなかったのですが、しばらく接してみると、カルフィナ様は本当に優しい方です。悲惨な死を押し与えられた骸骨、非道のくびきに繋がれた魂も、見捨てず寄り添う、そんな方です。


「でも、ティアちゃんの中に悪い風が吹いてる」

 わたしは、ベッドに座ったまま、喘ぎが収まらないままです。カルフィナ様は、そんなわたしへ、膝立ちになって手を伸ばします。髪を撫でられます。

「ティアちゃん、夢の中でまで無意識のうちに、〈カトレの渡し鐘〉を使っているの、気づいてる?」


 えっ!?


 口元を覆いました。

 もちろん、気づいていませんでした。


 風魔法〈カトレの渡し鐘〉は、苦痛を敵対者に転嫁し、恐怖や恐慌など精神崩壊をもたらす悪夢の魔法。王族であるわたしは、領域支配を行う魔法が使えます。

 もしも、他国との戦争の際は、〈カトレの渡し鐘〉を敵軍全体にかけて、味方軍勢を支援する役目があるのです。

 でも、亡国の女王となったわたしは、その魔法を自身に向けて使っていました。


 後ろから、ぎゅっと抱き竦められます。

 温かい髪の匂いが落ちかかってきました。

「ティアちゃんは、私が守るから、ね、今晩から、私のお布団で一緒に寝よう」

 えっ!? さすがに驚きました。思わず声を漏らすと、システィーナ様のにっこり笑顔が間近に咲いています。

「添い寝、してあげる。それなら、怖い夢は見ないから」

「えっ? でも、そんな……」

 

「システィーナ、一応、ソマリちゃんにも診せておかないと。ティアちゃんは、ソマリちゃんの患者でもあるんだから」

 カルフィナ様の声が、どこか呆れた微笑を含んでいます。幼馴染と聞いていますが、このおふたり、本当に仲が良いんです。少し羨ましいです。



 ◇  ◇



 星歴1229年 11月28日 午前10時30分

 カレル西湖畔 建設地 東街区 ソマリ診療所

 

「はぁ~ いくらなんでも、〈カトレの渡し鐘〉で自己攻撃性魔法症候群って症例は、聞いたことないですよ」

 この建設途中の魔王城下町で「小さな軍医殿」と畏敬を集めているのが、ソマリ医務官様。ネコ族の獣人騎士であって、わたしを救ってくれた恩人でもある方なのですが…… わたしを診て、呆れたようにため息をもらします。


「身体を温めて、神経の高ぶりを抑える薬湯ならお出しできます。でも、即効性は期待できないですわよ」

 ラグドール様は魔法薬師。あのベルメル王国脱出の夜、アリエラの方々に食事を振舞い、その後も、アリエラの人々の栄養状態の改善にご尽力を頂いています。

 わたしを含むアリエラの人々は、下層市街に囚われていました。栄養状態は危機的な状況だったのです。それが、このカレル西湖畔の新しい街にきて、一気に改善したのでした。なにもできなかったわたしの代わりに、システィーナ様とその眷属のみなさまが、アリエラの人々を救ってくださったのです。


 わたしも、システィーナ様の眷属になったはず。それなのに、このありさま。情けないですね。


「う~ん、〈カトレの渡し鐘〉が発動しないようにするには――

 あっ、例えば、〈テトラテトラの全音休符〉を、ティアちゃんが眠る前にかけたらどう?」

 付き添ってくれたシスティーナ様がそう話すのですが、

「だ、ダメですっ! 全音休符系は魔法の流れを強制瞬断しちゃいますから、副作用が大きすぎです。そういう力任せなことは、やめてください」

 慌てて、ソマリ医務官様が遮ります。

「そ、そうなの?」

 システィーナ様がきょとんと聞き返します。


 わたしもお話についていけず、きょとんとしていたら、ラグドールさんが耳打ちしてくれました。

「システィーナ様の魔法力は、桁違いの馬鹿力ですから、ティアちゃんも気を付けてくださいね」

 あ、はい。気を付けます。



 ◇  ◇



 星歴1229年 11月28日 午後22時00分

 カレル西湖畔 建設地 東街区外城壁、城壁塔7階


 ……本当に、システィーナ様のベッドで一緒に眠っています。

 

 わたしを、わたしたちを救ってくれた魔王帝国の姫殿下は、とても優しい方でした。


  

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魔王帝国の姫殿下がはじめる、すてきな都市計画。 天菜真祭 @maturi

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