#048 カレーナ学院の教室の記憶


「あ、あの……」

 チビたちに囲まれたティアちゃんが、遠慮がちに私に話しかけてくる。何を話したいのかは、もう、わかっていた。

「この子たちも学校へお願いします。わたしも文字や計算を教えていたのですが、人数が多くて……」


「うん。最初から、そのつもり。チビたち全員に保護者役を探して、学校に通えるようにしますね」

 私は笑ったけど、カルフィナが割り込んだ。


「この子たち孤児でしょ。自分が何歳なのかもわかってない子いるし、名前さえもあやふやな子もいるよ」

 カルフィナは苦笑いしている。


 ベルメル貴族は不定期にアリエラ狩りをしていた。

 アリエラの人々に、奴隷同然の有様で危険な労働をさせていた。

 死霊術師のカルフィナは、アリエラ下層街区でたくさんの人々が無為に殺められていたことを、誰よりも理解していた。

 でも、両親がいない理由すら理解していない、幼い孤児たちの素直な笑顔を見ているから、カルフィナは苦笑いしかできない。

 カルフィナは優しいんだよ。


「それなら、大丈夫です。わたしが覚えています」

 ティアちゃんだった。

 スカートの裾を握っているちっちゃな女の子の頭を撫でていう。

「この子がパレラ、4歳。こっちがレーラ、5歳。姉妹です。ご両親はパン屋さんを営んでいましたが、ご病気で……」

 ティアちゃんはそこまで話すと、悲しい記憶がよみがえったらしくて、小首をかしげるバレラとレーラをしゃがんで抱き寄せた。



 そのあと、獣人騎士団の住民票づくり担当を呼んで、チビたちの住民票を作成した。街づくりの最初に住民票づくりをしたのだけど、正直にいうと、まだやり切れていなかったの。


 ティアちゃんは、アリエラ下層市街にいた孤児たち、37名全員を把握していた。

 ちょっと驚かされた。

 あんな有様のアリエラ下層街区にいても、ティアちゃんは孤児たちを一生懸命に守り続けていたの。やっぱり、この新しいアリエラ街区を任せられるのは、ティアちゃんしかいないと、改めて確信した。

 

 学校へ改装中の図書博物館、講義室の大テーブルは、臨時の市役所窓口になった。

 チビたちの住民票作成と聞き取り調査が進んだ。

 傍らに付き添ったティアちゃんは、心配そうに薄緑の瞳を揺らしている。


「うちの獣人騎士団や施設大隊から、保護者役を探すから、大丈夫だよ」

 ティアちゃんを後ろから、抱っこした。

「ティアちゃんの後見人は、私だよ」

 私は精一杯の笑顔を作って見せた。  


 でも、ティアちゃんは、何か戸惑う様子のあとに、こう切り出したの。 

「あの、もうひとり、救ってほしい男の子がいるのですが……」

「ラーダね。あの子、大けがをしているはずなの。まだ、ベルメルにいるとしたら…… 心配だよね」


 言いあてて見せると、ティアちゃんは少し驚いた顔をした。

「心配です。ラーダは、誰に対しても心を閉ざしていて…… ひとりきりになったら、どうなってしまうか……」

 うなずいた。


 私も、あの日の夕暮れに、出会ったとき、そう感じたの。

 小さな子供なのに、重い怪我をしていたのに、まったく他人を頼ろうとしないの。私に対しても、激しい拒絶の感情を隠さなかった。彼と何とか話ができる大人は、ライムギルド長だけだと思う。


 私はため息とともに、それでも笑って見せた。

「でも、きっと、大丈夫だよ。いますぐは、無理でも、時間が解決してくれることもあるよ」

 私は笑った。

 笑顔が救いになることだって、きっと、あるはずと信じているから。



 ちょうどおやつの時間。

 カルフィナが運んできたコロッケを、チビたちが大テーブルに並んで、美味しそうに頬張っている。


 頑張っていたら、きっと、解決する問題もあるんだよ。


 さきほどから、制服の打合せ、チビたちの住民票の作成のための聞き取り、そしておやつの時間にと笑顔が咲いてる、この大テーブルは―― 10年前に悲劇の発端になった場所なの。


 図書博物館2階、この講義室が、10年前にアリエラ王国とベルメル王国の和平会議の場所だった。


 わかっている限りだと、この大テーブルに着いて、両国の和平を訴えたクルス王子は、突然、従者に胸を刺された。

 心臓までひと突きにした短剣には、恐ろしい呪詛魔法〈メールシュトームの流血鎖〉が掛けられていた。

 高い魔法資質を持つ王子の心臓を呪詛の源に発動した呪詛魔法により、アリエラ王国は突然の滅亡をとげた。


 でもね、もう大丈夫。

 今日からここは、教室になって、チビたちの幸せの場所になるから。

 みんなの笑顔が咲く場所になるから。


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