エピローグ ある異世界転移者の末路
『先日亡くなった大井マサトさんですが、やはり、行方不明の際に受けた傷が大きかったと思われますか?』
『これは、警察の無力さ、もしくは怠慢ということでしょうか?』
『管理しきれなかった事務所の責任も大きいでしょう。いずれにしても、痛ましい事件です』
狭いワンルームのボロアパート。
垂れ流される昼のワイドショーにも目をくれず、一人の青年がタブレット端末を操作している。
「いやー、人助けをして、その上報酬もわんさか入ってくるし、いいこと尽くめだったな、今回の仕事は」
「その人が死んで、世間は大変なことになってるけどね」
だが、エリアリのそんな言葉にもイフネはどこ吹く風で通販サイトを眺めてあれこれ買っているようだった。
「まあ、何事にも犠牲はつきものなわけで。というかそもそも、あれは死ぬとかそういう話じゃないから」
ワイドショーに映る大井マサトの葬儀の様子に苦笑する。
結局、大井マサトは実際には地球には帰ってこなかったのである。
では、今映っている葬儀は誰のものか?
もちろんそれも大井マサトであり、行方不明から発見されたあと、そのまま息を引き取ったのである。
だがそれこそが、イフネの連れてきたもうひとりの大井マサトなのである。
あの世界で大井マサトを異世界転移者と見抜いた後、イフネが用意したのは大井マサトのクローンであった。
異世界転移者を元の世界に返すには当人の同意があったほうがいいのだが、今回はさらに完全なクローンを作るために、大井マサト本人からの直接の情報を必要としていたのである。
本来ならマサトを無理矢理にでも連れ帰るのがイフネの仕事だったのだが、あの世界からマサトを出そうとすると、黒幕であるBの目を掻い潜り、欺く必要があったというのもある。
最初にB案件と聞いた時から、イフネはずっとその事を考えてきた。
もちろん、いくら食い詰めていたとはいえ、こんな厄介な案件を蹴って他のもっと堅実な仕事を探すこともできたはずだ。いや、それは少し怪しいかもしれないが。
だがいずれにしても、イフネはあえてこの仕事を受けることを選んだのである。
その理由は、大井マサトという人物にあった。
イフネはアイドルや芸能関係にはめっぽう疎く、この仕事の前まで、その国民的アイドルがどういった存在なのかまったく知らなかった。
それでも延々と垂れ流されるワイドショーの情報で大井マサトがどれほどの人物かということを知ったし、それ以上に彼にどれだけの重圧がかけられていたのかも思い知った。
だから一つ、それを覆し、ぶち壊してしまいたくなったのだ。
過酷な事務所を笑い、無責任なワイドショーを笑い、黒幕のBを笑い、異世界で生き続ける大井マサトだった人物を想像して笑う。
その結果がこのクローンに対する壮大な葬儀であり、その目論見は大成功に終わった。かに思われたのだが……。
「ん? なんだ?」
ピロリンという音が鳴り、タブレットがメールを受信した。
通知にメールのタイトルが見える。
『報酬減額のお知らせ』
もうそれだけでなにが起こったのかわかるが、一応文面にも目を通す。
だが、その内容はより深刻なものであった。
まず主な内容としては、確保時点での対象の衰弱、そして死によって本来入るはずだった収益が無くなったため、それに応じて支払う報酬も減額されるというものだ。
まあそれはいい、ある程度覚悟はしていたことである。
でもできれば通販で高額商品を注文する前に知らせてほしかった。
しかしイフネが背筋を凍らせたのは、そこに挿入された、明らかに雰囲気の違う追伸文だ。
『対象への配慮、感謝する』
ただそのひとこと。しかしそれで充分だった。
「どうしたのミチヤ。顔真っ青よ」
「まあちょっと、
相手がどこまで『視た』のかはわからないが、この一件でイフネが爆弾と隣り合わせになったのは間違いない。
頭を抱えながら、イフネはとりあえず、先程注文した高額商品をキャンセルするのであった。
異世界のプロが教える、実践!異世界転移を見破る3つの罠 シャル青井 @aotetsu
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