第1話 人材派遣会社 try8

「はい、資格取得おめでとう」

 技能資格取得申請書に日付印が捺印される。

「ありがとうございます、所長」

 短髪の女性職員が軽く礼をした。

 役員向けのパソコンチェアが、きいいと音を立てた。

「そして出戻り100社目達成だね」

「大台ですね」

「ふふふふふ」

「ふふっ」

「――――かなめくーん!!」

 ピチチチ。

 ビルの外にいた鳥たちが飛び立った。

「あのね、君の業務遂行能力は目をみはるものがあるし、勤務時間外の勉強意欲も申し分ない。それは理解しているしだからこそかなめくんを指名してくるクライアントは多いんだ。けどね、片っ端から問題を起こすことはよしてくれよ」

「正確にいうと、問題を起こしているのはあちらさんの正社員で、私はそれを告発しただけですが」

「そりゃそうだけど、こっちのほうが立場が下なんだ」

「百も承知の上です」

「なお悪いよ!」

 所長席の固定電話が鳴る。

 責任者は番号を確認すると青い顔をし、受話器に飛び付いた。

「お世話になっております、人材派遣会社 try8です。このたびはご迷惑を…………は、再度雇用をしたいということですか?しかも試用期間終了後は正社員で?」

 横目で見る所長に、話題に上った人物は大きくばつを作る。

「…………申し訳ありません、現在本人が不在でして、確認し、折り返しご連絡を差し上げます。はい、はい!失礼致します」

 受話器をそっと置いた主は、深いため息をつく。

「かなめくん、聞いた通りだ。人事部長直々に電話だよ。君の仕事ぶりを評価してくれている」

「私が抜けて他の人に業務を振ったらまわらなくなっただけですよ。仕事、もらえるだけもらって、辞めるときに全部お返ししてきましたから」

「君は相変わらずえげつない。が、そこはおいておいて、悪い話ではないと思う」

「私にとってはいい話でもありませんので、次の派遣先に向かいます。指名、来ていませんか?」

 大きなため息。汗をふきふき、目玉クリップで留めた書類の束をつかみとる。

「来ているよ。気に入りそうなのと条件がいいのには、付箋をつけておいた」

「助かります。午後にはピックアップして、できるだけ早く入れるようにしたいので」

「わかったわかった。かなめくんの好きにしなさい」

 東野かなめは一礼し、デスクへと座った。



 ただぼんやりと、ベッドに横たわる。

 天井を見上げ、思い出したようにスマホを見ては、進まない時間を見つめている。

 久しぶりにぐっすりと眠れた。

 けれども、眠くて眠くて、寝足りない。

 自分の弱さと、あの人みたいになれたらという、おぼろげな願いとがごちゃまぜだ。

「お礼、言いに行かないと………………」

 鳴海理生は、動かない手足をベッドに投げ出した。

 昼を過ぎても、まだ、パジャマのまま。


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パワハラハンター東野~受けたハラスメントは等倍返し~ 香枝ゆき @yukan-yuki

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