六話 井戸

『これが、全ての顛末でございます。

私の告白でございます。


今更許しを請うつもりは毛頭ございません。

全ては愚かな私が招いた事であり、紛れも無い私の罪でございます。


貴方様にお伝えできる謝罪の言葉を私は知りません。

口にするに足る言葉が一つもないのでございます。

ただ、虫のいい話ではございますが、一つだけ言い残させていただきたいのです。

この結末は、決して私が望んだものではございませんでした。



あれから今日までのおよそ一年、私は貴方様のために何か出来る事はないかと考えておりました。

少しでも罪滅ぼしが出来るのであれば、躊躇わずこの身を差し出そうと、そう思っておりました。


ですが冷たい雪でできたこの身体に、果たして如何程の事が出来ましょうか。

暖かな食事をご用意する事も、この身に子を宿す事も叶いません。貴方様のお体に触れたところで、私の手は貴方様の体温を奪い、ただただその身を溶かしてゆくだけでございましょう。


私が貴方様のために出来る事と言えば、言葉にするのも憚られる様な些細で下らない事だけでございます。

それでもこの冷えた手が貴方様のために何かを行えるのならば、私はそれにこの身を捧げようと思うのです。



そして私はこの山から消えます。

貴方様が銃を携えて探し回ろうとも、私の影すら見つける事はないでしょう。

復讐の機会までも消し去ってしまう事をお許しください。


誠に勝手ではございますが、貴方様に心穏やかな日が訪れます事をお祈りしております。



最期に、この手紙の初めに書いた私の望みを覚えておいででしょうか。

本日はとても暖かな日でございます。お身体が火照ってしまっておりましたら、お水をお飲みになってお身体を冷やしてください。

どうぞ、ご自愛くださいませ。』



そう書き残して、手紙は終わっていた。


顔を上げると、もう日が沈みかけていた。

開け放ったままだった玄関から、橙と紫の混ざった光が差し込んでいる。

視線の先、小屋の表には小さな墓が見えた。既に木の陰に隠れ、その形はぼんやりとしか見えない。

しばらくすると完全に日が沈んだ。星明かりもない、真っ暗な夜が訪れていた。

目を離さずにじっと見つめていたはずだったが、小さな墓はもう何処にあるのかも分からなかった。


男はよろりと立ち上がり、覚束ない足取りで外へ出た。

暗闇の中を、手足の感覚だけを頼りに井戸へ向かう。喉が渇いていた。

手探りで桶を掴み、井戸の底へ落とす。水面が波打つ音。縄を引き上げて、水の入った桶を井戸の縁に置いた。飛沫が跳ね、男の手を濡らす。

雪のように冷たい水だった。



男はゆっくりと身を乗り出し、井戸の底を覗いた。

真っ暗で、何も見えなかった。




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それでもこの冷えた手が @aki89

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