第三話 魔闘技場の試技

 陽の傾きも進んだとはいえ、熱波が収まるには程遠い。

 玄関ホールアボードで外を伺っていたクウアが戻ってきた。

「お見えになったようです」


 彼女の案内で食堂へ現れたすいの魔導士もまた、女性であった。

 相応のよわいを重ねていながら、女性特有の曲線をもつ姿と佇まいは妖艶ささえ感じさせる。

 すぐにディカーンが立ち上がった。

「お待ちしていた。私はの魔導士、ディカーンと申す。お見知りおきを」

 差し出された右手を丁寧なおじぎで返す。

「みなさまをお待たせしてしまい、申し訳ありません。後宮で女官を務めておりますウエンズディエスと申します。みなからはウエンと呼ばれております」

 各々の紹介が済み、ウエンが一息ついたところでブリディフが腰を上げる。


「みなが揃ったところで、明日の話をしておこう」

 五人の視線が老師へと集まった。

「魔道には相性があるのは知っての通りじゃ。したがって、魔導士同士が戦うのではなく、魔道を披露しあい儂が優劣を決める」

「そうなんだ」

 エクスの声に、ディカーンはあきれた表情を浮かべる。

「主観が入るのは止むを得ないことと心得よ。ただし、儂が見たこと、思ったことは思念波として王宮へ送られ、そこで映像化される」

「みなが楽しみにしておりました」

 そう微笑むウエンへ苦笑いを見せた。

「簡単に言うてくれるな。この老体にはいささか難儀なことなのじゃよ」

 ウエンは軽く頭を下げる。

「つまり、儂の判断が多くの目に晒されることで公平性を保とう、という王の意図じゃ」


「それと魔道杖の使用もできない」

「えぇっ、そうなんですか」

「貴様は本当に何も知らぬのだな」

「だから今こうして知識を得ているんです」

 エクスとディカーンのやり取りを、ウエンは笑い、アーサはなだめた。

「エクス、お主はここへ来て何か感じたことはないか」

「あ、いや、何か体が軽いというか、力が入らないというか、何だろ」

 その答えを聞いて、ブリディフは何度かゆっくりとうなづく。

「儂もここに来てから、どうも調子が悪い。他の者も感じておるやもしれぬが、ここは魔力を吸収するように加工された黒曜石で造られておる」


「魔道の暴走化への対策でしょうか」

「いかにも。アーサの言う通りじゃ。あの事故を踏まえて、王都から離れた、何もない場所に魔闘技場これを作ったのじゃよ」

「事故って?」

「君が生まれる前のことだ。知らなくても無理はない。あとで教えてあげるよ」

 アーサから掛けられた言葉にエクスも口を閉じる。

「同じ理由で、魔力を増幅させる魔道杖も使わぬこととなった。純粋に己の持つ魔力で勝負するということになる」


「さて、陽が沈むまでにはまだ時もある。どうじゃ、闘技場にて試しをしてみるか」

「よろしいのですか」

「誰かを特別に、と言うことでなければ構わんだろう」

 心配そうなクウアへ鷹揚に応える。

「ぜひとも、お願いしたい」

 ディカーンに異を唱える者はなかった。

「それでは、こちらへ」

 クウアが食堂を出て案内に立つ。



 廊下を右に折れると闘技場への扉があった。

「おぉ、流石になる空間だな」

 入るや否や、ディカーンがつぶやく。

 およそ十タルザン(約十五メートル)四方ある広場の廻りを、四タルザン(約六メートル)ほどの高さで壁が囲んでいる。

 床も含めて視界に入るもの全てが黒曜石で造られていた。

「何やら、力が吸い取られていくような気さえ起きまする」

「自分をしっかり保たねば」

 ウエンたちが話す横で、エクスだけは眼を輝かせている。

「では、誰から試すのかな」

「俺が行こう」

 ディカーンが広場の中央へと進み出た。



 他の者たちは闘技場の隅で見守っている。

「試技なので暴走することはないかと思うが、儂の廻りからは離れんようにな」

「ブリディフ様は四行しぎょうを組み合わせた防御魔道の達人とお伺いしています」

「それも宮中の噂かな」

「いえ、噂ではないと存じますが」

「それを確かめることが起きないよう、願っておこう」


「ディカーン殿、準備が良ければ始めて下され」

 明日の戦いを控える者にとっては、初めて目にする相手の魔道となる。

 見ている側にも緊張感が拡がっていく。

「ならば、参る」

 響き渡る声と共に、背筋を伸ばし、左手を前に出して掌を上に向けた。

「今一瞬の全ての炎をこの手に委ねよ!

 サラマンダー!」


 詠唱が終わるや否や、彼の前にこぶし大程の火球が現れた。

 そこへ、どこからともなく無数の炎が飛んでくる。

 炎を吸い込みながら成長を続ける火球。

 やがて形を変えていき、人の背丈ほどの火龍となった。





  *魔闘技場 平面 https://ballgags.wixsite.com/mysite

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