魔闘技場の殺人

流々(るる)

第一話 伝説のメイガーン・ル・メイガーン

 熱波をまとった一陣の風が吹き抜けていく。

 王都モスタディアを出てから三日が経ち、駱駝シャモーに揺られるのも飽きた頃、見覚えのある威容が遠くに現れた。

「二十年ぶりになるかのぉ」

 僧侶ブリディフは手綱を巧みに操り、黒い光沢を放つ魔闘技場へと進んでいった。


 緑の山々に囲まれた砂漠の地、魔国ガルフバーン。

 そのほぼ中央に、地下から湧き出た水で出来た湖がある。

 月からの恵みの意を持つムーナクト湖は、漁だけでなく貴重な水源としてモスタディアで暮らす人々の生活を支えてきた。

 それに対し、ここナディージャでは水を得る手立てがない。

 当然、村さえもなく、あるのは黒曜石で作られた魔闘技場だけだった。


 扉が開け放たれた入り口を通り、二タルザン(一タルザンは約一.五メートル)四方ほどの玄関ホールアボードへ入った。

「お待ちしておりました」

 軽やかな声がブリディフを迎える。

「ここに滞在中のみなさまのお世話をさせて頂くクウアスラと申します」

 この国の者にしては珍しい黒い髪を、紫の組紐で束ね腰まで下ろしている。

「おや、そなたは……」

「何でしょう」

「いや、何でもない。よろしくお願いしますよ」

 そう言って、三日分の水と食料を彼女へ渡した。

「もう四人は着いておるのかな。あー、」

「クウアとお呼びください」

 笑みを浮かべながら、軽く頭を下げる。

「まだ、どなたもお見えになっておりません。ブリディフ様だけでございます」

「おや私のことをご存知か」

 今度は軽く笑い声をあげて、クウアが答えた。

「元メイガーン・ル・メイ魔導士の中の魔導士ガーンであるあなた様を知らぬ者など、この国にはおりません」

「いやいや、その呼び名はもう昔の話じゃよ」

 ブリディフもまた、声をあげて笑った。


     *


 魔国ガルフバーンは、その名の通り魔道メイグに重きを置き繁栄を勝ち取ってきた。

 したがって、魔導士メイガーンとして認められた者は地位と名誉を得る。

 中でも、四年に一度選ばれるメイガーン・ル・メイガーンに選ばれし折には、国中から称賛されると共に十二分な富をも手にすることが出来た。


 そもそも魔道とは万物を構成する四つの元四行素、すなわち地水火風ちすいかふうを礎としている。

 自然の持つ力を、己の体を介して覚醒させることが魔力なのだ。

 そして、魔力を増幅させる力を持つのが魔道杖。

 神獣の骨や角、聖木で出来ており、個々に特性を持っていた。


     *


「お部屋の方へご案内します」

「そうしてもらうとするかな」

 突き当りから差し込む光が、廊下の石組みを照らし出している。

「一階の奥の部屋をご用意しました」

 オークの扉を開けて、クウアが先に中へ入った。

「魔導士さまたちは二階のお部屋となります。

 食事は向かいの食堂へ用意させて頂きます。

 奥に――」

「あぁ、大丈夫じゃよ。おおよその勝手は分かっておる」

 彼女は黙って一礼した。

「それでは、何かありましたら伝声管でお申し付けください」


 旅荷を解き、寝台へ腰を下ろす。

 部屋の奥に開いた明り取りは、背丈ほどの高さがあるものの腕を通すのがやっとなほどの幅しかない。

「やはり、ここでは調子も悪くなろうというものじゃ」

 気怠さを見せながら、明り取りから外を望む。

 まだ陽が傾き始めたばかり。

 日陰となる室内にあっても、熱は砂と共に容赦なく吹き込んでくる。

 涼しげな沙羅であつらえた白い僧衣プレトーに着替え、水筒に口をつけた。

「おぉ、やっと来おったか」

 一頭の駱駝シャモーがこちらへと向かっている。


 しばらくすると、伝声管からクウアのくぐもった声が聞こえてきた。

「ブリディフ様、いまお着きになった魔導士様がご挨拶にお伺いしたいとのことです。お部屋へご案内してよろしいでしょうか」

「いや、それには及ばぬ。こちらから参りましょう」


 ホール横の食堂は二.五タルザン(約五メートル)ほどの奥行に六タルザン(約九メートル)の間口を持つ広い空間となっていた。

 右手の壁には古武具が飾られ、正面には部屋と同じ明り取りが三か所ある。

 中へ入ると同時に、一人の若者が立ち上がった。

「ブリディフ様ですね。はじめまして、エクスメサドと申します。いやー、感激だなぁ、あのメイガーン・ル・メイガーンに会えるなんて。この湧き上がる思いを誰かに伝えたい。やはり歌にしたいな。どんな歌がいいかな。」

「よくしゃべるのぉ。それにお主も明日にはわしと同じ立場になるかもしれぬぞ」

 半ば呆れながら笑いかけた。

「僕は魔導士よりも吟遊詩人として生きていきたいんです。こんなことを言うと、お師匠様には怒られるけれど。誰かのために歌を歌い、想いを伝えて歩く。なんて素敵なんだろう」

「なるほど、お主がおしゃべりなのはよう分かった。だがの、エクスメサド――」

「エクスとお呼びください」

「エクス、お主のその若さでこの場におると言うことは、それも天賦の才あってのことじゃ。二つの道を共に活かすことも出来るかもしれぬぞ」

 その言葉を聞いて、若者の顔には輝くような喜びが現れた。

「素晴らしい! 僕は馬鹿だから考えたこともなかった。魔道を操る吟遊詩人エクス、なんて素敵な響きだろう」

 二人にお茶を持ってきたクウアも、弟を見るような目で微笑んでいる。

「ところでエクス、お主の属性は何じゃ」

「私はふうの魔導士です」

 まるで歌い上げるかのような溌剌とした声が響いた。

 

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