異世界睡眠ファンタジー
豆崎豆太
第1話 宿屋で寝る
一緒に旅していた仲間がぽんと全員死んでしまったのでこれ幸いとバイクを買った。悪路に車は向かないし、四人がそれぞれバイクに乗ったら宿でも街でも扱いに困るので、長いことレンタカーとヒッチハイクと公共交通機関で旅をしていたのだ。
国内はそこそこ道路も線路も整備されているが、それは街から首都に向けてのみの話だ。街から街へ移動しようとすれば道が途切れることなんてざらにある。国の端に向かえば向かうほど、街から街への移動は困難になっていく。山に谷に森に草原に阻まれて、数日歩きづめなんてことも多かった。
正直バイクを買う費用を除いてもひとりくらいは生き返らせられたし二人ならバイク一台でもどうとでもなっただろうが、あとふたりを生き返らせない口実を作るのが面倒だったので三人とも捨てた。本来死体遺棄はもちろん犯罪だが、あのエリアなら見つかる前に魔物のエサだろう。エコだね。
死体遺棄がなぜ犯罪かってもともとは「きちんと処理しなければ腐肉の匂いが魔物を呼ぶから」で、あんな森の深くで死体に魔物が群がったとて大した問題ではない。よって無罪。別に俺が殺したわけでもないしね。
買ったバイクはそこそこ排気量のある、大きめのやつだ。荷物も積めるし、多少の悪路でも走れる。町中で扱いに困るほど大きくもなく、魔物に引っ掛けられてひしゃげるほど小さくもない。この街から次の街まで徒歩なら三日かかるところが、バイクなら半日そこそこだから、この季節でも日の出から日没まで走れば着く。バイク様様だ。今日はもう眠って、明日の朝バイクを受け取って、街を出よう。
宿屋のベッドには回復魔法の陣が敷かれており、そこにしばらくいることで体力やら魔力やらが回復する。「睡眠」自体はおまけみたいなもので、別に眠らなくてもよいのだが、大抵の人間は眠る。暇だし、その方が気分が良くなるからだ。俺ももちろん例外ではない。
宿側からしたら睡眠禁止で回転率を上げた方が利率が良いのでは? と思わないでもないのだが、いつぞや調べたところによれば、素早く回復させようとするとその分の魔力費がえらいことになるので、単純に回転率を上げれば利益が増えるというもんでもないらしい。それどころか客を増やせばその分トラブルのリスクも上がるので、よほど立地が良い場合を除けばマイナスに出ることが多いのだそうだ。へえ。ボロい商売ってなかなか無いもんだな。魔力費の計算が累計じゃないっぽいあたりよくわからないけど。
さっそく街の宿に部屋を借りて、いそいそとベッドに潜り込む。俺の眠りは深く、潔く、眠ったことすら自覚できないほどの恐るべき入眠速度を誇る。ベッドに入って目を閉じ、開くと朝なのだ。眠っているという感覚はほとんど無いが、全身の疲れは取れている。それからなんとなく夢を見たような気がする。
目を覚まし、顔を洗って(これも宿屋においては不要、気分の問題である)町に出たところで予定外の事態が発生した。予定外っていうか、早朝からバイク屋が開いてるわけないじゃん。馬鹿か俺は?
せっかく早起きしたのに、バイク屋が開業する時間までそのへんで時間を潰すことになってしまった。露店を冷やかし、適当なお茶と蒸した惣菜を買って食べる。このへんの食文化には詳しくないので適当に買った蒸し物は、味は悪くなかったのだが、奇矯な食感だった。全体的にはモサモサべとべとしていて、ときどきぐにょりとした塊やらカリカリした塊やらが混ざっている。節足動物の肉ではなさそうだが、かといって植物でもないし、この辺に生息する魔物とも違うような気がする。味と見た目――全体に赤黒い紫色――を除けば、ヤマザキパンのマーラーカオに似ている。あれを丸一日そのへんの地面に放置した感じだ。これ食べて大丈夫なやつか? やっぱりキッカくらい生き返らせておくべきだっただろうか。
食事を取り、しばらくぼーっとして、朝市で保存食をいくらか買って、気がつけばもう結構高くまで太陽が登っている。そろそろバイク屋に行ってみようか。
しかしこれアレだな、結局野宿かもしれないな。いいか別に。
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