エピローグ スマホアプリ系少女

「――死んじゃったんだって」

「え? なにが?」

「……ほら、一学期の最初の頃、いたでしょ? ちょっとボーイッシュで、やたら元気だった娘」

「ああ……狩場豪姫さん?」

「そうそう」

「そういえばあの娘、急に休学になっちゃってたけど……えっ、亡くなったの?」

「うん。友だちの友だちがそう言ってたって。ある信頼できる筋からの情報」

「ウソー」

「信じられないよね、――あんないい娘が。……ちょっとだけ無神経だったけど」

「原因は?」

「なんかの事件に巻き込まれた、とか」

「なんかってなによ」

「わかんないけど、でもこーいう場合ってほとんど助からないのが普通なんだってさ」

「……悪い人に捕まったってこと?」

「九割方、そんなところだろうね」

「ひどい……でもそうなるとウチの学校、そのうちテレビの取材とか受けるのかな」

「そうかもね」

「うわー、私、テレビの前で泣く自信ないよぉ」

「いいんじゃない? 自然体で」

「いやいや、そういう訳には……」


 とか。

 なんとか。

 

 嫌でも耳に入ってくる周囲の噂。

 その大半は実際、ただの与太話に過ぎない。

 なぜなら豪姫は決して死んだ訳じゃないし、そうだと疑われるような証拠もないためだ。


 というのもあの後、僕は陽鞠で協力して、豪姫の住んでいた部屋(予想したとおり、半分ゴミ屋敷みたいなところだった)の片付けと、電気水道ガスその他を一時的に止める手続きを行い、大家さんに長期に部屋を開ける旨、連絡を済ませておいたためである。

 これで、――いつあいつが戻ってきても、それまで通りの生活を再開できるはずだった。


 終業を知らせるチャイムが鳴って、生徒たちが次々と帰宅していく中、僕は除菌ティッシュで机と椅子をサッと吹いてから、陽鞠と目配せする。


「……今日も」

「ですね」


 そうして、二人連れ立って教室を後にした。

 クラスメイトの間では、僕たちは付き合っていることになっている。

 もちろん、本当はそうじゃない。

 豪姫曰く、僕と陽鞠の関係は、


『――勝負はまだ一回の表さ』


 スタート地点に立ったばかりなんだから。



 その日も僕たちは、“どれみ緑地”を数十分ほどぶらついてから帰宅する。

 これは、僕と陽鞠の日課となりつつあった。

 というのも、狩場豪姫が遺した手がかり、


『“どれみ緑地”っていうのは、陽鞠の家の近くにある公園なんだけどさ、いつもそこで、ちょっとだけ立ち話してから別れるんだ……そんで、陽鞠と別れた後、……誰かとそこで会った。その後……こんな風になった……ような……気がする』


 という言葉を思い出したためである。


――誰かと会った。


 それは、ほとんど蜘蛛の糸を手繰るような手がかりであった。

 ただでさえ豪姫の記憶は定かではなかったようだし、そう考えるとその”誰か”の実在も怪しい。

 そして、もしその”誰か”が現れるならば、とっくの昔に登場の機会を逃しているような……そんな気さえしているのだ。



 そうして、一週間経ち、二週間経ち。

 夏休みが始まって。

 それでも体力が許す限りは、”どれみ緑地”に寄ることにしていた。

 誰が座ったかもわからないベンチに座るのにも慣れて。

 夏が終わり、秋風が吹き始めたある日のことだ。

 たまたま陽鞠と合流できず、独りで水筒に入れたホットコーヒーを飲んでいると、


「やあ、君。いつもここにいるねえ?」


 一人の男に声をかけられた。

 男の歳は見たところ、四十過ぎ。栄養が行き届いていないのか、土気色の肌をしている。

 いかにも、「どこにでもいる中年サラリーマン」といった感じの風貌だ。


「今日も、例の彼女を待ってるのかい?」


 この人が言う”例の彼女”というのは、豪姫ではない。恐らく陽鞠のことだろう。


「ええ、そんなとこです」


 僕が応えると、男はニコニコ笑って、


「若いっていいねぇ」


 と言う。


――なんだ? やけにフレンドリーなやつだな。


 ついに待ち人が現れたかと思って、僕はまず、こう訊ねた。


「あの……ひょっとして貴方、『運命×少女』の関係者ですか?」


 すると男は目を丸くして、


「おや? なんで知ってるの?」


 と、驚く。

 その時の僕の精神的高揚は計り知れなかった。

 なにせこちとら、夏の暑い中、三ヶ月も待ったのだ。

 お陰でちょっと日焼けしたくらいである。


「……と言っても、僕は外注のプログラマーだけどね。この近所に仕事場があるんだ」

「へえ」


 そこで僕は、男の仕草を一挙手一投足として見逃さないように目を光らせ、


「ところであなた、狩場豪姫という娘をご存知ですか?」

「カリバ……すまん、知らないな」


 僕は慎重だった。

 以前、『運命×少女』の開発会社に行った時はかなりひどい目に遭ったからな。


「この辺で見たのを最後に失踪した女の子なんです」


 と、そんな軽い嘘を織り交ぜつつ。


「へえ……」


 男は少し身を乗り出して、


「いつ頃?」

「三ヶ月ほど前に」

「どういう娘?」

「ショートヘアで、江古高の制服で、活発そうな見た目ですね」

「ふむ……心当たり、あるかもしれない」


 僕と陽鞠が、待ちに待った言葉であった。


「前に、こんな風にベンチで休んでると、元気そうな女の子に話しかけられたんだ。……そんで、恥ずかしながら、ちょっと仕事の愚痴をね。……あの時は映画の公開が控えていて、いろいろと大変だったんだよ」

「それで……『運命×少女』について話した?」


 我ながら、早くも詰問しているような口調になっていることを自覚している。

 だが男は気にした素振りもなく、


「うん。話したよ。――ちょっと不思議な娘だったなぁ。なんだか話していると、だんだん前向きな気持ちになれるんだよ」


 それだ。

 間違いない。豪姫だ。


「もう少し……詳しく」

「詳しくといっても、それ以上は」


 男は、本当にそれ以上、心当たりがないらしい。

 当たり前だが、人を異次元に取り込むような不思議な力を持っている様子もない。

 僕は秋風に枯れ葉が舞うのを眺めながら、


――結局、大したヒントにはならなかったか……。


 と、小さく落胆する。

 元々期待はしていなかったが、それでも残念な気持ちが大きい。

 立ち上がり、今日はもう帰ろうかと思案していると、


「ねえ、君!」


 サラリーマン風の男が、立ち去り際に叫んだ。


「君が強く望むなら、きっと会えるさ! 前向きにね!」


 くだらない気休めだ。

 だが、それでもありがたい言葉には変わりなかった。



 だが、その男と出会って、一つだけ気づいたことがある。

 そもそも、なぜ豪姫は『運命×少女』を、あのような形で再現した世界に転移してしまったか。

 色々考えたが、真実はもっともシンプルなところにあるような。


――例えばそれは、……単に豪姫が、そうしたいと望んだから、……とか。


 なんてな。

 ちょっと願っただけでそれが叶うなら、世の中はもっとヘンテコなものになっているはず。

 あるいは、もうとっくの昔にこの世の中がそうなっている可能性も、なきにしもあらずだが。


 それでも僕は、少しばかり願ってみることにした。

 奇跡みたいな可能性ではあるが。

 また、あの奇妙な少女と話せるように、と。


 そうすれば、あるいは……。

 いつか。



 一糸まとわぬ裸の少女が、気の抜けた表情でベッドに座っている。

 彼女はどうやら、何かの書き物をしているようで、『ふんふふーん♪』とか言って足をゆらゆらしながら、ペンを走らせていた。


『晩ごはんはシチュー♪ 朝ごはんはシチュー♪ お昼ごはんはシチュー♪ なぜなら私はただいまシチューブーム♪ でもそろそろ飽きてきたー♪』


 どうやら、即興で歌っているらしい。

 すると、ほとんど不意を打つ形で扉が開いた。現れたのは、浅黒い肌をバトルスーツに包んだ少女だ。


『……………………リーダー。最近”遠征班”がたるんどる。根性入れ直したい。例のやつ、いっとく?』

『えーっ! またあたしが訓練の付き添いやんのー?』

『……………………………………………………それもリーダーのつとめ』

『あーっ。だりーっ、なんでヒマリの代理なんか引き受けちゃったかなーっ。止めときゃよかったよンモー! 実家帰りてえーっ! チャンピオンの続き読みてえーっ!』

『……………………………………………………あんたが選んだこと』

『そりゃまーそーだけどさー』

『…………………とにかく、例の件、頼んだ』


 そう言って、浅黒い肌の少女は部屋を後にする。

 その途中、彼女と一瞬だけ目が合った気がしたが、気の所為かもしれない。


『はぁ~~~。でも、今日中にアーティファクトの仕様をわかりやすくまとめんといかんし……。むぅ。新しい仲間増やすのがこんな手間とはなぁ』


 ぶつぶつと独り言をいいながら、裸の少女は、ばたーんと大の字に寝転がり、


『うんこちんちんうんこちんちんおしりー! おしりー! おしろおしりー!』


 防音が完璧なのを良いことに、好き勝手叫ぶ。


『あーくそ! こういうときこそ、愚痴聞き大臣の出番だってのに……ったく。次にあいつと会えんの、マジでいつなんだよ……うんこうんこー!』


 そして。

 ようやく彼女は、こちらに気づく。


『…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………』


 しばし視線を交錯させて。


『……………………………ひょっとして今の、ぜんぶ聞いてた?』


 僕は応える。


「元気そうじゃないか。豪姫」


                          【了】

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スマホアプリ系少女 カリバちゃん ~ぼくのヒロインは無課金アバター(全裸)~ 蒼蟲夕也 @aomushi

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