第38話 えいえんのともだち
………………。
………………………………。
………………………………………………………………。
「うむ……ぐぐぐぐ。む」
呻く。
床。
床に接触している。
それに気づいて、僕はゆっくりと起き上がった。
「………………あれ?」
疑問符が頭に浮かぶ。
記憶が曖昧だった。
よくわからんが、昨日眠った場所と、いま自分がいる場所は別に思えて……。
――たしか昨日は、施設の食堂で菓子類を貪りながら、あれこれと取り留めもない話題に興じていたはずで。
その後、疲れて眠くなって、……少し眠って……。
今いるのは、僕の家。僕の部屋のベッド横のように思えるのだが。
「……まさか、昨日陽鞠が出したジュース、アルコールが入ってたんじゃなかろうな……」
少しだけがんがんする頭を抑える。
この場所に移動しているってことは……つまり豪姫のやつ、勝手に僕をこっち側に戻しやがったのか。
――しかし、なんでだ?
わからない。思考にまとまりがない。
僕はとりあえず、シャワーを浴びようと立ち上がる。
そして、部屋を出ようとして。
スマホの電源が落ちていることに気づいた。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
そろりとした声で呟く。
全身から、小さな汗の粒が吹き出てくる。
僕はほとんど汗をかかない体質だというのに。
心臓がばくばくと鳴る。
昨日はほとんどシャワーを浴びなかった。
僕の基準では我慢ならないほどに身体が汚れているはずなのに。
とてもではないが、風呂場に向かう気分になれなくなっていた。
僕はゆっくりと歩み寄り、スマホの起動ボタンを押す。
すると、……アプリケーションが二十個ほど並んだ、ごく普通のホーム画面が表示された。
「え…………え?」
阿呆のように同じ単語を繰り返し、慌てて『運命×少女』というアプリケーションをタップする。
すると、
――深刻なエラーが発生しました。アプリケーションを強制終了します。
という文字が表示された。
先ほどとは別の理由でくらくらし始めてきた頭で、どういうことか考える。
ポケットに一枚の紙が入っていることに気づくのは、それから間もなくのことであった。
僕の目に最初に飛び込んできた文面は、
――すまん、おわかれだ。
という文字で。
▼
『すまん、おわかれだ。
みじかい間だったけど、いっしょにいてくれてありがとう。
こんなかんじでわかれるのは、ちょっとさびしいけど、あきらめてくれ。
だってお前、しゃべるのうまいから。わりと。
ちゃんと話しあったら、きっと反対されるってわかってたんだ。
だから、これでおわかれだ。
いちおう、なんでそうなったかをセツメーしときますと。
1、こっちの世界とそっちの世界は、あくまで一時的なつながりであった。
2、なんでかっていうとそれは、ソシャゲ? とかいうのでいうところの期間限定のイベント的な? なんかそーいうやつ。
3、あたしはよく知らんけど、他作品のコラボみたいな扱い? そういうの、スマホのゲームではよくあるのか?
4、えんせいけんは紙くずになる。
5、とにかくそんなかんじ。
……コシアンの言葉を、ほとんどそのまんま書いてますけどもそれでうまいことわかってください。
カン(ジュースが入ってないほう)がいいお前ならもう気づいたかも知れないけど、ヒマリ(ゲームキャラのほう)がやろうとしていたことはようするに、お前とはなれたくなくて、でも、お前にきらわれるのやいやだったので、だからお前のスキなひまり(お前がスキな女の子のほう)をむりやり連れてこれば、みんなでシアワセにくらせるとおもったからみたい。
ヒマリ(ゲームキャラ)をゆるしてやってくれ。
あの子は、ホントウにいい子なんだ。(いまはすっかり落ちついて、ゲンジツをうけ入れています)
ツブアンによると、「つぎにおたがいの世界がコラボレーションする日は、一ヶ月あとかもしれないし、一年あとかもしれないし、百年あとかもしれない」そうです。
わたしはここにのこります。
理由は、前にセツメーしたよな?
けど実をいうと、この世界にいなくなった親がいるかもしれないってのもある。
そっちがわの世界にいた時、あっちこっち探したけど、手がかりはなかった。
ってか、どうかんがえても、ある日トツゼン消えてなくなったとしか思えないんだ。
だから、ひょっとするとこっちにいるかもしれないと思っています。
だから、これでおわかれです。
改めて、ずっといっしょにいてくれて本当にありがとうな。
はだかの私を受け入れてくれてありがとうな。
おまえの、たぶん、えいえんのトモダチ、――狩場豪姫
P,S, ひまりはあとひと押しで恋人になれるとおもいます。がんばれ。』
▼
気がつけば、ベッドの端に座って、頭を抱えていた。
言葉が、見つからない。
「あいつやっぱり、日本語下手すぎだろ」
そんなふうに呟いてもみたが、なんの慰めにもならなかった。
やがて、来客を示すチャイムがピポピポと鳴る。
緩慢な動作で外に出ると、――陽鞠が玄関口に立っていて。
ひどい格好だった。
ほとんど寝間着のままの姿で。
履いているのは、つっかけサンダルだけ。しかも片方は結び目がちぎれている状態だ。
彼女の手には、僕のポケットに突っ込まれていたのと同じ紙質のメモが握られている。
「……見ました?」
無言でうなずく。
「ごーちゃん……なんで……」
すると、彼女の目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「なんで………………友達なのに…………」
気づけば僕も、涙腺が刺激されていた。
視界が滲む。
陽鞠が、ぱたりと倒れこむように、僕の胸の中に飛び込んできた。
僕はそれを、そっと受け入れる。
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