第4話-3 愛はとりあえず王都を救う
カエデは感情のコントロールがあまり上手くない方で、滅多に怒らないのに怒ると火が付いてしまって徹底的に怒ってしまうタイプだと理解したのは、まぁ、この後少し経ってからである。
一度火が付くと相手(つまり俺)の行動やら性格やらと怒っている自分への自己嫌悪やらを燃料にくべ続けて自分の心の中で勝手にどんどん炎上させてしまうのである。これが愛情方向に暴走するとこの間までのようなベタベタ状態になるのだが。
炎上する感情の一番の燃料源はカエデ自身の相手への想いであり、それは怒りでも愛情でも喜びでも元が一緒である。愛情を多く持っていれば反転した時怒りも多くなるという寸法。故に鎮火したいならカエデに愛されなくなれば良いのである。しかしながらそれはできない相談だった。
怒り狂って大炎上しているカエデのことが俺はまだまだ好きだったし嫌われたくなかった。「大嫌い」と言われてめげそうになりながらも俺はそれでもどうしたら彼女が機嫌を直してくれるか、もう一度自分を好きと言ってくれるかを必死で考えていた。
邪神の小指奪還作戦は詰めの段階に入っていた。出発の日取りも決まり編成も決まり、作戦も決まりつつあった。
王城の兵舎には活気が満ち、都の諸神を祀る神殿には作戦の成功を祈る市民が詰めかけ祈りを捧げた。
こんな状態でまさかカエデがふて寝して戦ってくれ無そうだから参加出来ませんとは勿論言えないのである。俺たちの剣は二人が離れては使えない。カエデが遠征に同行しなければ剣は使えず、作戦の重要な鍵が無くなってしまうのである。
そもそもカエデに「大嫌い」と言われてしまってから剣は普通の剣と同じくらいの重さになってしまい、それでも魔法の力があることはあったのだが、とてもこの状態では巨大なリザードマンとやらを倒せるとは思えなかった。大体、俺の戦闘能力と度胸では普通のリザードマンすら倒せないだろう。
あれからカエデには話し掛けることすら出来なくなってしまっていた。「大嫌い」と言われたのはショックだったし、これ以上嫌われたら俺の方こそ引き隠ってしまうだろう。
俺の頭と経験では、もう一度カエデに振り向いて貰うには自分の出来ることを精一杯やるとしか考えられず、作戦の為に協力したり剣術を見よう見まねで訓練したり、筋トレしたりを一生懸命やったのだが、ぶっちゃけて言うと女性の機嫌を取ろうという時、肝心の女性を放置して自分の事に没頭するというのは一番やってはいけないことである。
大体、作戦自体がカエデが剣の力が十分に発揮できる程度まで機嫌を直して参加してくれなければ絶対に成功しないのであるから、俺のやるべき事はなんとしてもカエデとの関係を修復する事だったのである。そこから目を反らして他のことを一生懸命やったってダメじゃん、とは後になればこそ言える。
遠征作戦は、致命的な欠陥を抱えたまま準備を終わらせつつあった。このまま実行されていたら大失敗は間違いなかっただろうし、たぶん俺も死んでいただろう。だが、幸い、かどうかは別にして、そうはならなかった。
その日寝ていた俺はけたたましい鐘の音で飛び起きた。
「な、なんだ!」
「何!」
流石にカエデも飛び起きる。意味は分からないが連打される鐘の音はとても普通とは思われない。俺たちは大急ぎで武装を整えると部屋を走り出た。
中庭を走り抜け、城壁の上への階段を駆け上がる。城壁の上にはやはり駆け付けた兵士達が何人かいた。俺は顔見知りになっていた兵士に大声で訪ねた。
「何かあったのか!」
「あ、ショウ殿!あれです!ご覧下さい!」
指さされた方向を見て俺は絶句した。そっちは都の街が広がっている方向だったのだが、何としたことか、一面真っ赤に染まっていたのだ。
「燃えている…!」
カエデはそう言って絶句した。俺は声も出なかった。燃える街の上には何かが飛び回っている。竜種。モンスターだ。
「モンスターが侵攻してきたというのか?」
「馬鹿な!どうやって城壁を突破したというのだ!」
「敵の数は!確認を急げ!」
完全に想定外の事態だった。こっちから攻め寄せる機先を制して攻めてくるとは。出鼻を挫くとはまさにこの事。偶然ではないとすればリザードマンがこちらの状況を偵察していて、的確に分析していたということになる。
俺はこの時、少しも迷わなかった。
「カエデ!行こう!」
俺はカエデの左手を掴んで駆け出した。
「ど、どこへ行くのよ!」
「街にいるモンスターを倒さないと!」
そうしないと街の人が死んでしまう。何とか出来るのは多分俺たちだけだ。俺はこの時それしか考えられなかった。カエデは返事はしなかったが一応は手を引かれて黙って付いてきてくれた。
街は燃えていた。石造りの街とは言え、内部構造は木である。リザードマンは火を使うのか?と驚いたが、飛んでいた竜種が火を吐くのが見えた。ドラゴンにはファイヤーブレスが定番といえば定番だ。
市民が逃げまどっている。パニックを起こして細い路地にひしめいてしまっている。まずい。動けなくなって火災に巻かれたらひとたまりもない。
「城へ逃げろ!丘だ!丘の方を目指せ!」
俺は叫んだが、声が届いた様子は無い。俺は歯ぎしりするような気分で人をかき分けて城門の方向へと向かった。
城門前の広場にはリザードマンが溢れかえっていた。10や20という数ではない。少なくとも100匹は超えているだろう。とても手に負えない。そいつ等が隊列を組みながら路地を進んで行く。目指すは当然城だろう。
城には兵士がいるし今回の作戦のために雇った戦士もいる。守りも堅い。だが、こんな数のリザードマンと火を噴く飛竜、そこここに見えるドラゴン、そして姿は見えないがこいつらの大ボスの巨大リザードマン相手に守りきれるかどうか。
そして市民達。既に相当な被害が出ているだろう。放置すれば火災も勿論リザードマンやドラゴンにも襲われるだろう。
守らなくては。理屈ではない。俺の剣なら、いや、俺たちの剣なら出来るはずだ。俺はカエデに向き直り言った。
「戦おう!このままだとここの人たちはみんな死んでしまう!カエデ!」
しかし、久しぶりにしっかり見たカエデの顔色は蒼白で、唇は震えている。今まで見たことが無い、頼りない表情。怯え、悲しみ、恐怖といった感情が心の中で荒れ狂っているのが良く分かった。
「カエデ!」
「む、無理、無理だよ…。無理だよショウ…」
弱々しく首を振る。良く見ると俺の方を見ていない。視線を追うとそこにはリザードマンにやられたのであろう人が何人か血を流して倒れている。内蔵がぶちまけられたり。頭を踏みつぶされた死体もある。
俺も気分が悪くなったが、カエデの受けた衝撃はその程度では無いようだった。
「怖い。怖いよ。ショウ。みんな、みんな死んじゃう」
子供のように全身を震わせている。考えてみればこれまでの旅で俺達は、モンスターはたくさん倒してきたが、人が襲われたり食べられたりという光景を目にしたことはなかった。リザードマンと戦った時、村人が一人怪我した程度だ。
目の前で人が殺される光景などそりゃ、普通なら目にしないことだし、ましてやR15な惨殺死体を目にしたカエデがショックを受けるのは当然だと言えた。
しかし、
「しっかりするんだ、カエデ!このままじゃ本当にみんな死んでしまう。戦うしかない。カエデならモンスターを倒せるんだから!」
「無理、無理だよ。私、私には無理。無理無理だよ…」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまうカエデの肩を俺は掴んで揺さぶった。
「カエデと俺にしか出来ないんだ。助けないと、モンスターを倒さないと!」
俺は必死だった。何の力もなくて何も出来ないなら兎も角、カエデと自分が戦えば多分多くの人を助けることが出来る。その事が分かっているのに何もしないのは嫌だったのだ。
このまま何もしなかったら絶対カエデだって後悔するだろう。その事は間違いなかった。カエデが自己嫌悪に陥り、悲しむ姿は見たくなかった。
俺はカエデを必死に立たせようとした。しかし、カエデは首を振り、叫んだ。
「私は戦いたくなんて無かった。こんな世界に来たくなかった!どうして私が戦わなきゃいけないのよ!」
そして涙声でこう言った。
「そもそも、ショウがあの時、あたしに告白なんかしなければこんな事にはならなかったのに!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中で何かが外れる音がした。
ゴトっと音がした。
俺の腰に吊った剣が地面に落ちた音だった。
カエデは混乱していたのだった。カエデとて、王様や都の人たちが困っているのであれば、リザードマン討伐するのはやぶさかではない。しかしながらショウと喧嘩をし、拗ねている内に計画は進んでしまい、そのこと自体に忸怩たる想いを抱いていたところへ突然のリザードマン大軍団の侵攻である。
しかも本物の戦争。人が死んで都市が炎上する戦争である。その悲劇を目にしてカエデは「自分が積極的に作戦に関わらなかったせいでこんなことになったのでは」と考えてしまったのである。
自分のせいで人が死んだ。街が燃えた。そう思いこんだのだ。平和な日本の少女であるカエデに許容出来る精神的負荷ではなかった。
そんなのイヤだ。もうイヤだ。何もかもイヤだ。と精神が逃避する、その結果、全ての始まり、ショウの告白を否定するところまで行ってしまったのである。
「…!」
だが、すぐにカエデは自分の過ちに気が付く。自分を必死に励ましていたショウの手が止まり、離れる。思わずショウの顔を見てしまったカエデは自分が取り返しが付かない事をしてしまった事を悟った。
ショウの表情から何かが欠落していた。自分を見ている時のショウの表情に必ずあったもの。それは何だっただろうか。愛情?信頼?いや、それだけではない。この世界に来てからの彼は、カエデを他人だと思っていなかった。自分の半身。常に繋がっている存在だと見なしてはいなかったか。
その彼が「他人を見るような」目で自分を見ている。悲しそうな、そしてそれだけではない絶望を抱いた目で見ている。カエデは震えた。
「ち、違う。私、そんなつもりじゃ…」
そう。自分はそんなことを言いたいのではなかった。彼からの想いを否定する気など、彼への愛情を否定する気など、彼を否定する気など無かった。
しかしその時、右腰に吊っていた剣が剣帯を引き千切って地に落ちた。二人の想いを力にする剣が、地に落ちた。
カエデの心を戦慄が走り抜けた。
俺の耳には周りの喧噪も聞こえなくなっていた。それほどのショックだった。結局俺は、カエデが自分のことを好きでいてくれるということに全く疑問を抱いていなかったのだ。
それを否定された時、この時の俺を支えていた色々な物が立脚の基盤を失ってバラバラになってしまった。つまり俺は彼女が自分を好きでいてくれるからこの世界で何とかやってこられたのだろう。
俺は呆然とし、彼女がその後何を言っているのかも聞こえなくなっていた。機械的に、手から取り落とした剣を拾おうとする。
しかしそれはまるで地面に張り付いているかのようで、全く動かすことすら出来なかった。そう。二人の想い合う心が力になるこの剣がこうなってしまったということは、もう二人の繋がりは切れてしまったのだ。
深い絶望。そうとしか言えない闇が俺の心を満たし始めた。自分は失ってはならない物を失った。そういう絶望だった。
俺たちはしばらく合わない視線でお互いを見ていたのだろう。時間は数分か。
空気が震え、地響きが起こる。緩慢に振り向いた俺の視線の先にとんでもないモノがいた。
おそらく身長は18mはあるだろう。城壁をぶち破って登場したそいつは都のあらゆる建物よりもでかかった。虹色に輝く鱗に身を被い、身長と同じくらいの尻尾を振り回し、大木サイズの棍棒で建物を粉砕する。間違いなく超巨大竜人。なるほど確かにあれは魔神というに相応しい。
おまけに大きく息を吸い込んで吹き出すとそれは巨大な火炎をとなってあたりを火の海にした。熱気が俺たちの所まで吹き寄せる。周囲に悲鳴が満ち、人々が逃げまどう。
もうダメだ。あんなのがいたのでは、城に立て籠もってもどうにもならない。俺はぼんやりとそう考えた。そもそも、剣も使えなくなっている。自分の身を守ることも、出来そうにない。もう一度火炎が襲えば死ぬだろうし、その前にそこら中にいるリザードマンに殺されるだろう。
そこまで考えて、そう、自分はもうダメだろう、だけど、彼女は?と思う。
カエデは?カエデも死んでしまうのではないか。カエデの剣も使えなくなっているだろう。剣がなければ彼女も戦えないだろう。
そして思う。彼女は、彼女だけは死なせるわけには行かない。と。
なぜ?自分を拒んだ彼女を?いや、違う。と気が付く。彼女が自分のことをどう思うとも、俺が彼女のことを好きな気持ちは変わらないではないか。
そう、自分は彼女が自分を好きだからではなく一方的に好きになったのではなかったか。運良く告白は成功したが、そもそも成功する事など想定していなかったではないか。
それに気が付いて心があっという間に軽くなる。好きな娘を守りたい。その想いに何の嘘があるだろうか。俺は地面に転がった剣に手を伸ばす。さっきは根が生えたように動かなかったものが、今はずっしり重いが、持ち上がる。使える。戦える。彼女を守ることが出来る。
丁度その時、リザードマンが数匹、俺たちを発見して向かってきた。革鎧に身を包み、剣と盾を持っている。流石に魔神率いる正規軍か。装備が良い。
しかし俺は剣を持ち上げ、切っ先を向けた。叫ぶ。
「カエデ!逃げろ!くい止める!」
俺はそして手近な一匹に斬り付けた。盾で弾かれたがそれを利用してもう一太刀。上手くいってそのリザードマンは結晶化を起こす。続けて次のリザードマンに打ち掛かるが、今度は相手の剣に弾かれる。二度、三度と切り結び、弾かれた相手の剣が俺の肩を削った。危ない。カエデが言っていたのはこういう事か。鎖帷子を着ていて良かった。
「カエデ!早く逃げろ!」
カエデの方など見る余裕は無い。しかし、彼女を守るのだ。守っているのだ、
と思うと際限無く気分は高揚する。剣も僅かに軽くなる。俺は気合の声を上げながら、俺の彼女を守るために剣を振り上げた。
自分は何を勘違いしていたのだろう。と、カエデは思っていた。
この世界に来てからこっち、自分は、頼りない彼を守るために、やったことも無い狩猟をしてジビエ料理を作り、慣れない野宿をして、時には恐ろしいモンスターと戦ってきた。何もかも、ショウを守るため。そう思って頑張ってきたのだった。
それは裏返せば、ショウが頼りないと、助けなければいけない存在であると、思い込んでいたという事でもある。だから、心のどこかで彼に常に不満を持ってしまっていた。
逆説的に言えば、彼はもっと頼りになる筈だと思ってもいたのだろう。そう。彼、秋川 翔は、いざという時には見た目に寄らず頼りになる男で、自分はそういうところに惚れたので無かったか。
今、自分の前で、自分を守るために剣を振るう彼を見て、彼女は思っていた。そうなのだ。彼を守るなんて、助けるなんておこがましい。彼はいつもはどんなに軟弱なように思えても、いざという時は自分を守ってくれる。助けてくれる。そういう男なのだ。
カエデの心の中で光が盛り上がり、膨れ上がり、溢れそうだった。手を、剣に伸ばす。剣はいつの間にか羽毛の様に軽くなり、白鞘から抜くと、頭身はまばゆく輝いている。カエデはふふっと微笑んだ。現金な自分を笑ったのだ。
「ショウ」
カエデは自分の彼氏の名前を呼んだ。
直視出来ないような輝きがカエデを包んでいた。カエデが手にした剣は今まで見たことが無いほどの輝きを放ち、風景がゆがむほどのオーラを立ち上らせている。それに呼応して俺の剣も共鳴して輝き、うなりを上げている。周囲を囲むリザードマンは恐れるように後退した。
「カエデ」
その光を見れば、もう大丈夫だと分かった。俺は思わず笑顔を作りながら、彼女に一歩歩み寄った。俺が彼女を守るなんて、そんな必要はまぁ、無いのだ。彼女が本気を出しさえすれば俺より全然強い。俺の役目は、多分、彼女が戦えるように支えるだけ。
「さあ、カエデの出番だよ!」
カエデははにかむように微笑むと、一歩、俺の方に歩み寄り、そのまま俺の肩に額を押し付けた。
「うん。ごめんね。ショウ」
そして間近から俺の顔を見上げる。う、俺はその上気した、なんだか色っぽい表情に硬直する。カエデはその隙を見逃さなかった。
「ありがとう」
そのまま伸び上がるようにしてカエデは俺からファーストキスを奪い去った。
その瞬間深紅の輝きが剣から立ち上り、俺の剣が消滅した。そして、カエデの持つ剣が炎を纏いながら竜巻の様に巨大化。巻き込まれたリザードマンがまとめて数十匹消滅する。金色の炎に包まれながらカエデは嬉しそうに笑った。
「うふふ、今の私は、む・て・き・よ、きっと!」
そりゃそうだろう。俺自身はまだ呆然として動けなかったが、その凄まじい美しさに見入りながら思った。
カエデはえいやとばかりに大剣を撃ち振るった。そこにいたモンスターはリザードマンだろうがドラゴンだろうが瞬時に結晶化してしまう。おまけに火災まで鎮火させてしまうチートぶりだ。俺は笑った。あれが俺の彼女だ。たまに拗ねるけど、素敵で強くてかわいい俺の彼女だ。
カエデはばっさばっさとモンスターをやっつけながら遂に巨大リザードマンの前に進み出た。巨大リザードマンさえそのカエデの常軌を逸した姿に怯んだようだが、奮い立つように息を吸い、ゴッとファイヤーブレスを放った。
「あんたのせいで!」
カエデが大剣を振り払うとブレスが吹き飛んだ。巨大リザードマンが「マジか」と言ったような気がした。
「ショウと喧嘩なんかする羽目になったじゃない!許せない!」
それはさすがに逆恨みが過ぎるというものだが、リザードマンは反論出来ない。言葉を解するなら出来たかもしれないのだが、する時間を与えられ無かった。
「責任を!」
カエデが剣を振り被るとその頭上に深紅の竜巻と雷光が生まれて炎をはらんで荒れ狂った。
「取りなさいよ!」
剣を振るうとそれら全てと共に膨大なエネルギーが叩きつけられた。受け止める巨大リザードマンこそ災難である。おそらくは台風に匹敵する程のエネルギーを固めて叩きつけられ、魔神に例えられた程の巨大リザードマンはひしゃげ、すりつぶされ、折りたたまれた挙句、閃光を放ちながら結晶化した。
リザードマンの侵攻はどうにか撃退された。城壁は破られ都の三割の建物が燃える惨状であったが、死者は十数名に抑えられた。俺たちが巨大リザードマンを倒していなかったらもっと被害は拡大して都が滅びかねなかっただろう。
俺たちは王と市民に熱烈に感謝された。なんというか、カエデと喧嘩中で無かったらもっと早くリザードマン軍団を撃退出来たのではないか?と思っていた俺たちとしては内心忸怩たる思いが無くも無かったが、喧嘩しないと最後のあれが無かったかもしれず、あんな化け物相手には通常の剣の状態では勝てなかったかもしれないので、結果論的には雨降って地固まらないといけなかったのかも知れず、複雑な思いを抱えたまま賞賛を受けるしかなかった。
ただ、残念ながら邪神の小指は回収出来なかった。おそらく持ち去られたのだろうとの事であった。これはもしかすると邪神の身体を集めようと、おそらくは復活をモンスターが企んでいるのではないかとの事だったが、そこまでは俺たちの知る由も無いし、当面関係が無い。
王からは叙勲と領地の下賜を打診され、ここに定住してくれと頼まれさえしたのだが、結局俺たちは予定通りクスリビュースに向かう事にした。
「ここで暮らして行くってどう思う?」
とカエデに尋ねると、彼女は迷うそぶりも見せずに答えた。
「やっぱり元の世界に帰りたいわ」
「まぁ、そうだよね。親とかにも心配させてるだろうし」
「そんな事はどうでも良いのよ!せっかく彼氏が出来たんだから、友達とかに自慢したいの!」
との事であった。
ちなみに、合体した剣は落ち着くと自然と分離していた。あの究極合体を使うには毎回あれをしなければいけないのか?というのは、あの時のあれは勢いでやったので、お互い恥ずかしくてあれっきりあれはしてないので、良く分からない。
王は大変残念がり、姫との結婚さえ匂わせたのだが、そんなのに心を動かされたら大変な事になるので(実際には姫は巨大リザードマンを倒したのはカエデであると知っており、現在では俺ではなくカエデに崇拝の視線を向けるようになっていたので、俺との結婚など承知しなかった可能性が高い)、俺は固辞して結局都を後にした。ロシナンテ号に積み切れないくらいの礼の品も何とか固辞して、俺とカエデは襲来の一カ月後に、王を筆頭に都の全員による盛大な見送りを受けながら都を後にした。
目指すクスリビュースははるかに遠く、その手前の港町が当面の目標である。地図はあるし、食料も日数分はロシナンテに積み込んだのでそれほど難しい旅にはなるまい、と思ったのだが…。
「だから!あなたがそれ食べたら、わたしと数が合わなくなるでしょう?どうして数えてから食べないの?」
「ショウ!そんなところに食べかすを投げ捨てたら鼠が寄ってくるでしょ!」
「もう少し平らな所にテント張らないと寝にくいじゃないの!どうしてそんな事も分からないの!」
なんだか妙にカエデが口うるさくなってしまったのである。俺もあまり出来た人間では無いのでつい言い返してしまい、口喧嘩がまた増えてしまった。
もっとも、旅に出たばかりの時の口喧嘩とは何かが違う。
何だろう。遠慮が無くなっているというか、奇妙に楽しいというか。
もちろん、喧嘩であるのであまり程度が過ぎると剣の重さにも影響を及ぼしてしまう。モンスターとの戦闘中すら口喧嘩などしているとたまにそれで軽いピンチになったりする。
しかし、まぁ、その時は言えば良いのだ。お互いに。そうすればすぐに俺たちは無敵状態になる。
「愛してるわ、ショウ!」
「僕もだよ!カエデ!」
双剣物語 宮前葵 @AOIKEN
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