第4話-2 王様からクエストを受けたら大喧嘩になった

 俺たちは二頭引きの馬車に乗せられ、街の真ん中にある王城へと向かった。王城は丘の上にあった。いわゆるシンデレラ城みたいなやつではなく、もっとごつい石を積み上げて造ったような実用的なやつ。要塞と言うにふさわしいタイプの城だ。


 俺たちとしては王様に呼び立てられるようなことをしでかした覚えもなかったのだが、丁重に馬車で送迎してくれる所を見るに、特に罪に問われたということでは無いらしい。


 それなり立派な大扉をくぐり、中庭で馬車を降りる。衛兵は慇懃に頭を下げてくるし、いよいよこれは俺たちはお客人なのだという感じがする。


 城の中に入り使者に案内されて進む。内部の壁は丁重に漆喰で仕上げられており、床にはカーペット。なるほど。お城っぽくなってきた。幾つかの広間を通過すると飾りの付いた大扉の前に出た。左右を衛兵が警備している。


「ショウ様、カエデ様、御入来!」


 様ときたか。扉を開くと中は大広間だった。大きな窓から日の光が射して明るい。もっとも、大きいとは言っても学校の音楽教室位であり、いわゆる謁見の間をイメージしていた俺はやや拍子抜けした。


 俺たちはカーペットの上を進んで椅子に座った人物の前に出た。この人が王様だろう。階などはなく、俺たちは王様を見下ろす形になってしまう。まずいな。本当は跪いた方が良いんだろうけど、そんな事やったこと無いしな。


 しかし王様は気にする様子もなく口を開いた。


「ようこそおいでなされた。ショウ殿、カエデ殿。不躾に呼び出して済まなかった。許されよ」


 と頭を下げる。これは、いよいよおかしいぞ。一国の王様が単なる流れ者に頭を下げるなどあり得ないだろう。しかし、俺の疑問を想定しているかのように王様はこう続けた。


「城下で非常に高価なモンスタードロップを大量に持ち込んで来た者がいると出入りの道具屋から聞いた。されば相当の戦士であろう。それで来ていただいた」


 なるほど。確かに俺たちがモンスターバスターとしてかなりのモノだというのはモンスタードロップの種類と数を見れば分かっただろう。しかし、それと呼び出しはイコールで結びつかない。つまり…。


「そなたたちを勇者であると見込んで頼みがある」


 ほら来た。つまり王様イベント発生である。



 俺たちは応接室に移動した。籐椅子みたいな奴に座り、冷たい飲み物を出される。テーブルを挟んだ対面に座った王様は自分も飲み物に口を付けると、早速という感じで話し始めた。


「怪物共はかつての邪神が作り出した魔の生き物であるという事は知っておるか?」


「まぁ、一応は」


 王様のこの質問からして、俺たちが異世界からの迷い人であるという事情を察しているようだった。俺たちの礼儀知らずな態度を咎めないのはそのせいだろう。


「うむ、邪神は太古の昔に聖なる神と戦って滅んだとされておる。しかしその亡骸は四散したもののその力を失わず、残された場所で魔力によって怪物を生み出し続けておる」


 なんとまぁ、それではモンスターが減らないのも道理。迷惑な神様だこと。流石邪神。


「その一つが我が王国内にある。邪神の左小指が封印されているのが邪神殿。我が王国はその邪神の小指を封印するためにあるようなもの」


 何でも王家は元々神官の家系で、邪神殿で邪神の身体を封じているのも王家から出た神官なのだという。封じているとはいっても完全ではなく、漏れ出す魔力でモンスターは少しずつ増えてしまうらしい。ここ数年、封印が弱くなったか強力なモンスターが生まれるようになってしまっているとか。


「そなたたちも出会ったであろう。巨大な竜種や竜人が都や周辺の村々を騒がせるようになってしまった。それでも何とか軍や戦士で対処していたのだが…」


 王様はため息を吐いた。


「つい先月、とんでもない魔物が生まれてしまった。あれはもう魔物というより魔神というべきだな」


「ど、どのような魔物なのでしょう」


「巨大な竜人だ。大きな竜人などという次元ではない。まるっきり巨竜が人型になったようなもの。それが配下に大量の竜人を連れて邪神殿に攻め寄せたのだ」


 衆寡敵せず神殿は破壊されてしまった。しかしながら、邪神の小指は奪われたものの封印自体は解けていない。


「封印を解くには、我が王家の血をもって儀式を行う必要がある。それ故、竜人は我に要求してきた『王家の贄を引き渡せ。さもなくば都を滅ぼす』と」


 むむ、リザードマンのくせに交渉能力があるのか。ということは人語も解するということ。知恵もそれなりにあると考えるべきだろう。


「儀式に使われるのは王家の乙女。故に贄となるのは我が娘。到底差し出すことは出来ん。そもそも封印を解かれては世界に魔物が溢れかえってしまう」


 …と、ここまで聞けば何を言われるか察しが付こうというもの。


「そんな時にそなた達のような勇士が都に現れた。これは天佑と言うべきであろう。どうか竜人討伐にご助力願えないだろうか?」


 む、むむむ。俺は思わずカエデと顔を見合わせた。これは、ちょっと、この間のリザードマン退治とはレベルが違う大事である。お姫様の命というか、王国の未来というか、なんかこの世界の命運まで掛かっているっぽい。おいおい。そんな重大事をこの世界に来て一ヶ月にもならない俺たちに任せるなよ。


 ちょっと軽々しく引き受けるわけには行かないな。考えさせて貰おう…。と口を開き掛けたその時、応接室のドアが開いた。


「私からもお願いします!勇者様!」


 そこにいたのは純白で裾をレースで飾られたドレスを纏った少女であった。金髪に隠された額に宝石を飾っている。可憐かつ清楚な顔立ち。そして顔に不釣り合いにナイスバディであった。


 明らかに王の娘。お姫様だろう。彼女は俺の所に駆け寄り、跪いて俺の手を取った’。


「どうか、私を、この国を、この世界をお救いください!」


 そう言いながら俺の手を額に推し抱いた。


 この瞬間俺の中のRPG脳が勝手に俺を動かした。RPG的にここで違う返答をすることは許されない。イベントが発生しなくなるし、GMが怒ってゲームオーバーになるかも知れない。


 詰まるところ俺は姫の手を取って思わずこう言ってしまったのである。


「お任せ下さい、姫!必ずや邪神の眷属を倒して見せます!」



 俺が失敗したとすればそれは、王からの依頼を受けてしまった事ではない。


 おそらく、姫君にほだされて受けてしまった事でもない。


 致命的だったのは依頼を「カエデに一言の相談もせず、独断で受けてしまった」事だった。俺その事に気が付いたのは俺の承諾に泣いて喜ぶ姫君に抱き付かれた俺を三角形になった目で睨んでいるカエデを見た瞬間だった。


 怒るも怒らないもカエデは無茶苦茶に怒っていた。いつもとは違うオーラが立ち上っていた。俺は硬直し、是非祝いの宴を開きたいを言う王と姫君の誘いを何とか断って宿へ戻して貰った。


 宿の部屋に入ってもカエデは俺の方を見もしなかった。俺はだくだくと冷や汗を流しながら恐る恐る言った。


「あ、あのう、カエデ?」


 返事が無い。冷や汗がさらに酷くなる。


「お、怒ってる?」


 言うまでもない事だろうが。しかしカエデはしばらく沈黙をおいて、ぽつりと言った。


「何を?」


 う、俺は後込みしながらもどうにかこうにか言った。


「ごめん、勝手に返事をして。カエデに一言相談するべきだった」


 しかし、カエデは相変わらず向こうを向いたまま言った。


「別に。会話を任せたのは私だし」


 ゴゴゴゴっと音が聞こえそうなくらい怒っているくせにカエデの声は平坦そのものだった。怒っていない風を装っていた。


「だから別に怒ってないし、別に気にしていないし、ショウがお姫様の色仕掛けに誑かされても気にしてないし、戦うのはどうせ私だって気にしてないわよ」


「いや、色仕掛けって…」


「どうでもいいわよ。どうでも」


 と言うなりベッドにバタンと倒れ込み、シーツを頭から被ってしまう。話も聞きたくないという態度である。俺は頭を抱えた。



 カエデは本当に自分が怒っているとは思っていなかった。ショウが自分に何の相談もせず、妙に色気のあるお姫様が出てきたらなんだか自信たっぷりに依頼を引き受けたのは確かに「ちょっと」気に入らなかったが、それくらいで怒り狂うほど自分は狭量ではないと思っていた。


 しかしながらショウのその態度に疑問を覚えてしまったのである。


 彼は自分よりお姫様、もとい、この国やこの世界を優先したのではないか。王様のあの依頼を引き受けるとすれば、自分たちが戦うことになる。ということはカエデも危険に晒されるということである。


 それを承知で彼が依頼を受けたのだとすれば彼は世界とカエデを天秤に掛け、世界を取ったという事ではないか。世界を救うためならカエデが危険に陥っても構わない、と思ったという事ではないか。


 ということは、ショウはカエデの事をそんなに大事に思っていないのではないか?自分が想っていたほど、彼は自分を想ってくれていないのではないか?


 と考えてしまったのである。論理に飛躍があり過ぎる結論だが彼女はそう思いこんでしまった。それでガッカリしてしまったのだった。彼女は怒ったのではなくガッカリしたのだ。少なくともカエデ自身はそう思っていた。



 王の依頼を受けてしまったのである。喜んだ王は俺たちを城に招き一室を与えた。当たり前だが竜人討伐は俺たちだけでなく王国で徴用された軍や雇われた戦士達も含めた総勢100名で行う事になっていた。その連中との打ち合わせや訓練などに付き合うことを考えれば城にいた方が良い。まぁ、王としては気が変わって逃げられても困るとも思ったのだろうが。


 学校の教室くらいの広さがある部屋で、宿屋よりもはるかにランクの高い羊毛を詰めたベッドが用意された。食事も毎日三食出る。至れり尽くせりだ。だがしかし、俺にとって居心地は最悪に近かった。何せあれから数日が過ぎてもカエデは口をきいてくれないのだ。食事でさえ一緒に取らない。ほとんどの時間をベッドでシーツに包まって過ごしている。


 必然的に竜人討伐関係の色々は俺がやるわけで、それはそれで構わないのだが、問題なのはこれだけカエデが拗ねてしまうと、やはりというか当然というか、俺たちの剣の力も急減してしまったという事である。


 リザードマンを触れずにも倒せたあの威力は今は昔。すっかり「普通の剣より少し魔力がある」程度の剣になってしまい、重さも木刀程度。これでも犬、熊サイズの竜種なら倒せるとは思うが、それはカエデの剣技の冴えがあってこそである。俺には無理だ。


 俺の方こそドラゴンスレイヤーであると誤解している王様や軍の幹部はそう考えていないだろう事は明らかで、このままでいくと討伐は悲惨な結果に終わるに違いない。どうにかしてカエデに機嫌を直してもらう必要があったのだが、その方法が俺にはさっぱり分からなかった。


 何度も何度も謝ったし、何度も何度もご機嫌を取ろうと試みたのだが、さっぱり反応が無い。うるさいと怒るとか、不満な事を言ってくれれば対処のしようがあるのだが「別に気にしてないわよ」などと言って顔も合わせてくれないのでは俺も手の施しようがない。それでいて剣の重さは日増しに増して行く。


 あっちもこっちも八方ふさがりで俺は正直パニックを起こしつつあった。仕方が無いだろう。俺はごく普通のオタクな中学二年生で、政治や軍事などまるっきり知らないし、男女関係にはもっと疎く、女心にいたっては宇宙の神秘レベルで理解出来ていないのだ。それがまとめてネギ背負ってやってきたらキャパシティオーバーになるに決まっている。


 その日も俺はカエデの機嫌を取るべく色々と話し掛けてみていた。しかしカエデからは反応が薄い。次第に俺は焦り、最終的には癇癪を起こした。


「いったい、カエデはどうして欲しいのさ!」


 ど、大きな声が出てしまった。しまったとは思ったが後の祭りである。しかも癇癪を起こしているのでまずいと思っていても止まらない。


「俺だってこんなに謝ってるし、色々がんばってるのに、何をどうして欲しいのか何が気に入らないか言ってくれなきゃ俺にもどうしようも無いじゃないか!」


 ふて寝していたカエデはがばっと起き上がって俺を見た。久しぶりに見る愛しの顔だったが、見た瞬間ぎょっとする。俺の事を睨みつけるその目は赤く、腫れぼったい。


 怯む俺のことをしばらく据わった目で睨んだあげく、カエデは低い声で呟いた。


「ショウなんて大っ嫌い!」


 そしてまたシーツを頭から被ってしまう。その瞬間俺の腰に吊った剣が一際重さを増した。





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