剥げ落ちるは地球のガワ

ちびまるフォイ

バケモノじゃなくてバカモノですよ

最初、地球の表面が少しめくれていることに気づいたのはいなかった。


『臨時ニュースです。地球の表面が裏返る謎の現象が目撃されています。

 近くにお住まいの方はけして近づかないでください。

 裏返った地球の表面温度はとても危険です!』


「あなた怖いわ」

「ああ、でもきっと大丈夫。すぐに収まるよ」


夫婦は最初こそふいに訪れる地震のように受け止めていたが

やがて「裏返り」が世界の半分を過ぎたことで恐怖を感じた。


「このまま地球にいるのは危ない。宇宙の脱出ポットがあるから行ってみよう」


二人は宇宙への脱出をかぎつけて向かったが、

すでにもぬけの殻となっていた。


「どういうことですか! 宇宙への脱出は抽選だったはずでしょう?

 抽選開始時間に間に合っているのに、抽選すらさせてもらえないなんて!」


「金を積まれたんだよ……。一部の技術者が金に目がくらんで

 脱出ポットを渡しちまったんだよ……」


「今さらお金なんて……」


宇宙に脱出した人たちは快適な宇宙船で過ごし地球に戻れる頃に、

ゆうゆうと戻ってくるという算段らしい。

しかも時間制御装置で歳を取らないというのだから恐ろしい。


「あなた、どうするの……。今だって地球は裏返り続けているわ」

「諦めるしか……ないのか」


絶望したときテレビで緊急記者会見が行われていた。


『地球の皆さん、安心してください。

 我々はこの窮地を脱する休眠シェルターを開発しました!


 地中深くに埋めたこのシェルターの中に入れば、

 休眠状態となり地球の表面が冷え切って戻ったあとに脱出できます!』


学者の説明はなんだかよくわからなかったが、

地球で裏返った部分はすでに生物が暮らせるほどの温度ではない。


そこで地中にシェルターで潜って、地上が戻った後に脱出するというらしい。


「これしかない! 急ごう!」


宇宙ポットの件もあり、急いでシェルターに向かった。


「押さないで! 押さないでください!!」


案の定、地中の休眠シェルターは満員電車よりもごった返していた。

どんどん表面がめくれ上がり、裏返っていく恐怖から一刻も早く脱出したかった。


「手を離すな! はぐれたら終わりだ!」


夫婦はなんとか休眠シェルターに入ることができた。

扉を閉める直前に、入りきれなかった人たちの後ろからめくれ上がる地球の表面が見えた。


バタン。


固く思い鉄の扉が閉まると、シェルターは静寂に包まれた。


「……ここでどれくらい過ごすのかしらね」


「わからない。裏返った地球の表面が冷えるまでは途方もない歳月がかかるからな」


「とても生きていけないわね」


「大丈夫。休眠シェルターだから歳を取るのもひどくゆっくりになっているんだ。

 また地上に戻ったときにおばあちゃんにはならないよ」


「どうかしら」


休眠シェルターでの共同生活が始まった。

必要最低限の物資はすでに貯蔵されていたので困ることはなかった。


けれど、閉鎖空間によるストレスなのか居住者での争いが絶えなくなっていた。


「てめぇ!! なんでパン2つも食ってんだよ!!」

「うるせぇなァ! お前らより身体がデカイからしょうがねぇだろ!」

「ぶっ殺してやる!! ここから出てけ!!」


「あなた、みんななんか変よ……最初はこんなじゃなかったのに」

「休眠で人間の活動は最小限にされているはずなのに……」


変化は夫婦にも起き始めた。


「ああ、もうイライラする!! ホントなんでこんな目に!!!」


妻は感情的になり夫に当たり散らし始めた。


「僕が助けなかったら君だって今頃熱した地球の裏側で死んでたんだぞ!!」


「宇宙ポットで脱出できていればこんなことにならなかったのに!!!」


「今それを蒸し返すか! ホント性格悪い女だな!!」


シェルター居住者の口論も絶えなくなり、居心地の悪くなった人がシェルターから出ようとする。


「バカ! 扉を開けるんじゃない!」

「外が高温だったらどうするんだ! 全員焼け死ぬぞ!」

「うるせぇ! 俺は出る!」

「出させるな!! 動かなくしろ!」「いや殺せ!!」


揉める人たちの動きが急に止まった。


「うあ、あああ……!」


恐怖に怯える男の肌がめくれ始めていた。

赤い肉が露出し、どんどん肌が裏返り始めている。


「うあああ! 裏返っている! 地球だけじゃなかったんだ!

 地球にいるものは全部! ぜんぶ裏返ってしまうんだ!!」


夫はすぐに妻を確認した。


「なに……これ……」


妻は恐怖でひきつっていた。妻の身体も裏返り始め、肉人間になろうとしている。

やがてシェルターの人間がすべて裏返ってしまうのに時間はかからなかった。


備蓄されていた食べ物も裏返り、内側が表面になっている。


「ああ……なに……この顔……」


「よせ! 見るんじゃない!!」


妻は裏返った自分の姿を見て絶望し、自ら命を断った。

もうこの頃には先の見えないシェルター暮らしに疲れ自殺する人が絶えなかった。


身体だけでなく心も裏返り、本来隠していたはずの衝動的な感情が表面化してしまった。

思えば、シェルターの人たちが争い始めたのもそれが原因かも知れない。



シェルターは腐臭でいっぱいになり、休眠状態で感覚が鈍化していてもなお辛い。


「もう……いやだ……」


シェルター内での食料争いで多くの血が流れ、

妻を失い、生きる希望すらも残されていない男はただひたすらに時間を潰した。


休眠シェルターはエネルギーを節約するにはうってつけの場所だった。


寝ているのか起きているのかもわからない状態が長く続いた。

シェルターにひとり残された男はただじっと時間がすぎるのを待った。


扉の向こう側から誰かが助けに来てくれるのを待っていた。


 ・

 ・

 ・


けれど、いくら経っても助けは来なかった。


食料もつき、腐臭にすら慣れ、裏返った自分の姿すらも見飽きた。


「もう……いい……なにもかも……疲れた……」


身体は休眠状態になっていても、振り払うように身体を起こして扉に向かった。

このシェルターの向こう側で灼熱の大地が待っていようとも、

それで身体溶かされていたとしても構わない。


「こんな生活……もう限界だ……」


力を振り絞って男はシェルターの扉を開けた。



外は、緑豊かな自然が広がっていた。



地球が裏返ったことで本来表面だった部分が地中に丸め込まれた。

空はなく、天井にも緑の大地が広がっている。


「ああ……なんてキレイなんだ……」


太陽の光はなくとも、暗闇に慣れた男の目にはしっかりと見えた。

かつて地平線まで広がっていた大地がシェルターの外に見えている。


見上げていると、上に広がる大地に亀裂が入った。


亀裂の隙間から太陽の光が救いのように差し込んでくる。


「やった……ついに助けが来たんだ……」


亀裂から穴が開くと、宇宙に脱出していた人間がやってきた。

最後の男の姿を見るとすぐに悲鳴をあげた。



「うああああ!! ちっ、地底人だ!!」



皮膚の裏返った見たこともない生物が1匹処分されると地上は平和になった。

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