第23話 オークVSドワーフ『ガチャプレイ』

 ユルルングルという男は、かつては大斧片手に暴れまわった古強者であった。だがそれも遠い昔の話、百年を越す昔に取った杵柄だ。

 彼が属するドワーフ部族である、ダラムルムの若き戦士たちの中にも、既にその勇名を聞き及ぶものはいなかったという。

 故にユルルングルは、単なる年老いたドワーフとして、一介の錬金術士として、部族の火竜刈りの遠征に加わったに過ぎない。

 集められた20名の若きドワーフたちに、口うるさく声をかけてメシを配る老人。錬金術に使う坩堝るつぼ鞴炉ふいごろや蒸留器で、サビ臭い料理を作る炊事番。部族の長老ではあるが、口を開けば「そうじゃ、そうに決まっとる」と決めつけばかりで、頑迷極まるロートル。

 憎めないところも多々ある。とは言え、役に立つわけでもなく、煙たがられてもいた。

 そんな彼が煮込み料理の番をしている間に、部族の若者20名が火竜ハヴザンドとまみえて全滅したのは、年齢や役割によるこうした距離感が理由でもあった。

 その日。「今日の探索、炊事番の爺さんは置いていこう」と、誰ともなく言い出したのだ。

 部族の仲間をユルルングルが見つけ出した時には、若きドワーフたちは皆、穴蔵のあちこちで消し炭と化していた。

 だがその時、奇跡が起こった。この世界には、神がいるのだ。


「なんじゃ、これは……? おお、お主らの声が聞こえるぞ! ガレル! ボッビ・ボッビ! バイアメ! グナピピ! マンガル・クンジェル・クンジャ! ジュルングル……!」


 部族のドワーフたちの名を呼ぶユルルングル。この老人には、声が聞こえていた。

 転がり落ちた歯車の。管の。柄の。刃の。ネジの。トリガーの。部品たちの声が。

 全滅した部族の仲間20人は、転生した。20個のパーツとして。

 いずれも自ら動くことも、声を発することも出来ない。しかしユルルングルは、これを組み立てることが出来た。声も聞けたし、会話も出来ると、この老人は言う。

 こうして、転生の奇跡と錬金術によって――半ばオカルトじみた、儀式じみた風情も交えて――ユルルングルは錬金術の粋を集めた巨大な斧を作成する。絡繰仕掛けのこの斧に、彼は部族の名前を与え、錬金斧ダラムルムと名付ける。

 20名の部族の仲間の転生体を撚り合わせ、火竜に対する復讐の刃として引きずり進む、生き残りの老人。それこそが“炊事番”ユルルングルである。

 大人数の侵攻を避けるため、風詠かざよみ遺跡の入り口にかかった「三人組でしか入れない」という制限。これがユルルングルを一人とみなして拒否したのか、21人とみなして拒否したのかは、わからない。

 部族の仲間とともに復讐を果たす。それだけを目標に、このドワーフは「ならば別の道から入る」と、地図を探って海辺の洞窟から近づき、七ヶ月。進んできたのだ。

 そんな彼を豚鼻突きでふっとばした和装のオーク大苦肉は、なめらかに口を動かし、呪文のように語っている。


「……先度、仲買の弥市が取り次ぎました、道具七品のうち、祐乗・光乗・宗乗三作の三所物。ならび、備前長船の則光。四分一ごしらえ、横谷宗珉の小柄付きの脇差……」


 実に流暢に語ってはいたが、その実、大苦肉は焦りを感じてもいた。先ほどまで気を失っていたこのオーク、執事の冷たい戦いにやり込められて、相当に疲弊していたのだ。

 執事のベルトポーチに牙を引っ掛けて破った際に、小ぶりなポーションボトルもいくつか巻き添えにして落ちてきた。おかげでこれが湖に広がって鼻ですすり、わずかに体力を回復して起き上がりはしたのだが……。

 取りも直さず、まずは噺を始める。難解な口上を必要とする噺をとっさに口にすることで、自分の調子を取り戻す。口が動けばまだ体も動く。頭も回るし目端も効く。暗唱をすらすらと続けながら、周囲を見渡す。

 今吹き飛ばしたのはドワーフだった。超必殺技・豚無双の勢いで大苦肉が湖から上がるのと入れ違いに、バシャンと背後に落っこちた様子だ。

 どうやらここは地底湖、洞窟内であり、ヒカリゴケがそこかしこにある。ましてや灯りも一箇所ある。

 灯りの中心には、女神官が一人。おそらく祈りによる魔法の光であろう。女神官の傍らには、倒れる大男ロザリオマスク。大苦肉の雇い主である魔法使い、ノージャガーも倒れているではないか。


「お嬢ちゃんに、なんてことを!」


 大苦肉が噺をふとやめて、取り乱した声を上げる。表情が重苦しいコワモテのそれになり、話の合間に見せていた滑稽な顔はどこへやら。シスター・コインやロザリオマスクのもとに、のしのしと歩み寄る。

 ギターを肩に提げ割って入って仁王立ちするは、のっぽのエルフのミルキィだ。やられたばかりのロザリオマスクも、非力なシスター・コインも、戦えない。だから立ちふさがって凄んでみせたが、ミルキィだって別に戦えやしないのだ。五体満足でも彼女には戦闘能力がない。

 だが大苦肉も、そんな事情は知らない。獣人幼女ノージャガーに雇われた際に、戦うべき相手として教えられたのは覆面神父と、その連れの女神官だけ。変なエルフのバードも、盗人まがいのドワーフも、知らぬ相手だ。

 仕方なく大苦肉、ミルキィを前にしてまずは正座し様子を見る。噺が続いた。


「次は、のんこの茶碗。黄檗山金明竹、遠州宗甫の銘がございます寸胴の花活け。織部の香合。『古池や蛙飛びこむ水の音』言います風羅坊正筆の掛物……」


 オークの噺は洞窟内を反響し、湖に沈みゆく老ドワーフの耳にも、染み込むように届いていた。

 なんじゃ、あれも芸人か。いけすかんエルフの娘も旅芸人。客の前で戦ってみせる大男も怪力芸人。今際の際に嫌いな芸人どもに囲まれるとは、あの時一人だけ助かったバチが当たったんじゃな。

 そうじゃ、そうに決まっとる……。

 錬金斧ダラムルムを手放せば、もしくはこれを可変すれば、ユルルングルは水面を浮上することも出来ただろう。

 だが老人はより一層に大斧を抱いた。ともに湖底に沈みゆく。

 やがて錬金斧ダラムルムは、湖底で宝箱にぶつかる。風詠かざよみ遺跡から落下してきたミミックの成れの果てだった。

 中に棲んでいた魔物が逃げたのか、水に落ちて呼吸を封じられたせいか、鮫に食われたのか。いずれにしてもミミックは、もう動かなかった。

 ただ口を開き、その中にある宝を示すのみ。


 その頃、中年執事ヘオーイオス・ヘーリオスは、一休みして女騎士の回復を図りつつ、宝について考えを巡らせていた。

 風詠かざよみ遺跡にあると言われる宝。聖遺物は、ふたつだ。


「聖遺物は、人の想いに呼応しますからね。選ばれし戦士プレイアブルキャラクターに相応しいと判断される個性キャラクターのもとに、どうしても集まりやすくなる……」


 その辺りの調査や根回しも、抜かりがないと言えばない。

 ロザリオマスクら先行組の動向を探りながら追ってきたおかげで、彼ら以外にこの遺跡に、最近近づく冒険者はいなかったことはわかっている。

 入り口は自分たちが入ってきたときに細工をして開かないようにしてきた。これで後続もないはずだ。

 この遺跡には、もともと遺跡に住まうダンジョンの住民と、聖貨の戦士の三人組、そして自分たち三人組。これ以外に出入りできるものは、そうそういないと思われていた。

 女騎士プランタンは、そんな執事に疑問を投げかける。


「さっきのオークはどうなんだ、ヘオヘー」

「あれはダンジョンマスターが引き連れてきたものでしょう。元より聖遺物を持った、選ばれし戦士プレイアブルキャラクターの一人ですね。ああした例外を何人もダンジョン内に招いていたとしたら、困りますが……人数的にも、こうした事態は、そうは起きないはずです」

「そうか……。遺跡にあると言われる聖遺物は、確か……『聖典』と……?」

「『聖釘』です」


 ――地底湖にて大斧にぶつかり口を開いた、元ミミックの宝箱。

 中から出てきた太い釘。

 思わずユルルングルは、その釘に手を伸ばした。始めて見たその釘が、見覚えのある形をしていたからだ。

 部族の仲間20人が全滅し、転生体の各部品となったものを組み合わせて作られた、錬金斧ダラムルム。だがこの斧の持ち手の部分には、なぜか大きな穴が空いていたのだ。

 偶然に偶然が積み重なった末に手にしたこの釘を、最初から迎えるようにして空いていた穴。

 絡繰仕掛けの錬金斧を真の姿とする最後のパーツが、老ドワーフの手ではめ込まれる。

 赤熱し、水中でも蒸気をあちらこちらからぶくぶくと吹き出す斧。小さき身のドワーフは斧の駆動に引っ張り回され、水中にて大回転した。


「なんじゃああああーーー!!」


 ドバシャーン!!

 ぐるぐる縦に回る斧に捕まったまま、ユルルングルは湖から飛び出してきた。垂直に飛び上がって、何事もなかったように地面に着地。


「?」

「?」

「??????????」


 その場の全員が唖然としていた。一番驚いていたのは、ユルルングル当人である。「斧が……勝手に回りよった……??」と、シワだらけの眉間に更にシワを寄せて考え込んでいる。

 よくわからないがこれは危険と判断した大苦肉は、後方に向き直ってこのドワーフめがけ、扇子を取り出して仰ぐの仰がないの。

 バタバタと百の風で仰ぎ倒して、水しぶきを吹き飛ばすどころか、ドワーフの小さき体を丸ごと蹂躙する勢いである。

 ところがであった。この扇子の風、大苦肉の必殺技をユルルングルは斧で受け止め、ガードしてみせたのだ。

 最初に豚無双を受けた時には、為す術もなかったと言うのに。ガードの上から体力を削られるだけで、済んでいる!


「連打だ……! 連打をするのだ、ご老人……!」


 戦況を見て声をかけたのは、倒れ伏していたロザリオマスクであった。

 シスターの祈りによって気絶からは回復し、起き上がりは出来ないものの、その場から静かに、野太い声で助言をする。

 だが、ユルルングルには助言の意味がわからない。わからないのに、ロザリオマスクは言葉を続ける。


「そのガード、先ほどの技。おそらくあなたは選ばれし戦士プレイアブルキャラクターなのだ。だから、連打だ……!」

「意味がわからん! 連打とはなんじゃ? このオークを殴ればいいのか!」

「そうではない。プレイヤーがパンチボタンを連打するんだ。脳内イメージを描くんだ、ご老人よ」

「ああ? 魔法の話か? 頭の中にイメージを描いて何か起こすのは、わしは苦手じゃ!」

「魔法のことは俺にはわからないが……。とにかく、イメージだ! レバガチャで構わない。連打だけで、いい」

「なんだぁ、古池へ飛び込んだ? あいつにゃぁ、道具七品を買うように手金を打ってあった!」

「ああ、うるさいうるさい! 気が散るわい! 大男の芸人どもがどいつもこいつも、わしのわからん話をしよる!」


 ロザリオマスクの「とにかく連打だ」の意味不明の一点張りと、大苦肉の意味不明の噺と、両者に挟まれてユルルングルは叫んだ。


「こうじゃ、こうに決まっとる!」


 わけもわからず錬金斧を拳でガンガンと連打する老ドワーフ。

 そこにスーパー猪突猛進にて豚っ鼻をぶつけに飛んでくる、百貫師匠の大苦肉。

 両者が激突する瞬間、絡繰仕掛けの斧はタービンを回し蒸気を噴出し、電気を発生させた。

 電撃のバリアーに包まれるドワーフ。濡れたオークはこれをモロに食らって、猪突猛進の空中移動がストップ!

 ビリビリビリビリビリ!! 洞窟内が明るく照らされ、大苦肉の骨が透けて見えた。


「それを……買ってかい? いいえ、かわず……」


 オークのK.O.ボイスは、噺のサゲだった。

 執事によって減らされた体力でなんとか立ち回っていた豚風亭大苦肉、電撃にて敗れる。

 地底湖に、豚が飛び込む、水の音――。


「何があったかはわからないが、ご老人。あなたもなったようだな。選ばれし戦士プレイアブルキャラクターに……」

「わけがわからん! 今のは電気じゃな? 錬金術師のわしでも、電気の扱いはよくわからんぞ!! わしも痺れて死ぬところじゃった!」

「自分の発した電気はくらわないさ。そう言うふうに必殺技は、出来ているんだから……」


 言いながら立ち上がろうとするロザリオマスクを、シスター・コインが止める。まだちっとも回復は終わっていないと。

 放心状態のユルルングルの方には、ミルキィが駆け寄った。「いい斧じゃん」「ふん」と会話はすぐに終わりを告げた。

 こうして戦いは終わり、一段落かと思ったその時。争いの気配を嗅ぎつけて、余計なモンスターが新たに忍び寄っていた。

 怪しげな羽音に気づいた時には、もう遅かった。鳥の体と女の顔を持つ誘惑の乙女が、厭らしい歌を浴びせてくる。

 洞窟内にいるとドワーフが話していた魔物、セイレーンだ!

 この精神攻撃は、傷ついたレスラーには特に効いた。在りし日の思い出が、楽しかった日々が、、まるで今起きている現実のように降りかかる――。


 横転し炎上するトラックと、傷つき片脚を失った修道女!

 地下プロレスにて対決するロザリオマスクと、ターバンを巻いたサーベルの男!

 暴力組織バッドビルの賊に囲まれたロザリオマスク。彼を轢き殺そうと迫ってくるトラック!

 崩壊するバッドビルのアジトで対峙する、道着の男とシガー町長!

 懺悔室にて光の中倒れ伏す、傷だらけのマスクマン!

 謎は深まる一方であるが、あらかじめお伝えしよう。次回、異世界二回転!! 新章突入!!

 異世界転移前のアシッドシティでのロザリオマスクの戦いが、明らかとなる!

 さあ、レバーを回したまえ。祈りの十字を切るのだ。


『神父レスラー』ロザリオマスク

『獣人幼女』ノージャガー

『美脚の女騎士』プランタン・ソル・レヴェンテ・ルヴェンジュ

『百貫師匠』豚風亭大苦肉

『牙凍斬と氷竜斬』ヘオーイオス・ヘーリオス

『アックス・アルケミスト』“炊事番”ユルルングル


 次の戦士は、果たして――。

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異世界二回転 ~投げキャラスーパースター列伝~ 一石楠耳 @isikusu

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