第22話 投げキャラVS魔法使い『立ちプリースト』
ノージャガーが「まずい!」と気づいたときには、既に。
大男の緩やかな歩みを持ってしても、画面端から歩きに歩き、危険な間合いにまで近づいてきているではないか。
両者の間に、人一人分以上のスペースはまだある、巨漢のレスラーが手を伸ばしても届かないはずの距離。常識で考えれば投げなど届かないような距離。
シスター・コインが祈りの十字を切る。その時ロザリオマスクも、上下左右の十字のコマンドを入力していた。
ずかずかと歩いて投げ間合いに入った瞬間にコマンドを入れて、スクリュー・プリースト・ドライバーで、魔法使いを吸い込む!
* * *
レバー一回転+Pで出す必殺技、スクリュー・プリースト・ドライバー。
一回転となれば入力方向は、左・左下・下・右下・右・右上・上・左上。この八方向が必要で、入力中に必ずジャンプしてしまうと、当初は思われていた。
だが実際にこのコマンドに必要な要素は、四方向のみである。何らかの方法で上下左右にレバーを入れた後、ボタンを押せばいいわけだ。
故に、レバー下側の半回転で左と下と右の三方向を入力し、最後に上を入れれば……。
成立するのだ! 入力中にジャンプを挟むことなく、流れるような動きで相手をつかむ、立ちプリーストが!
――シガー町長(談)
* * *
レスラーマスクの大男は、獣人幼女の両手をガッシとつかみ、回転しながら宙を舞った。
ぐるぐると十字のポーズで回って、マットにビターン! 獣人幼女の耳ふにゃぁー! マットには、十字の形の落下跡(幼)が残った。
そして、この投げを食らった獣人幼女の体力ゲージも、まだ残った。幼女が大男にこんな無茶苦茶な投げを喰らえば、一撃死をしてもおかしくはないのだが、彼らは
だが、まずい! 非常にまずい!
ノージャガーの真後ろには、歌い続けるのっぽのエルフがいるのだ。つまり、シスター・コインの側とは真逆の画面端を背にしている。もう逃げ場がないところにまで追い詰められている。
そんなノージャガーの起き上がりに、投げたばかりでまた一歩近づいてきたロザリオマスクの、素早いストレートパンチが一発打たれる。まだら模様の長い耳にこのパンチが重なった。ガードをしたのでパンチに関してはノーダメージなのだが……。
パンチの硬直とガードの硬直が解けた次の瞬間、再び大男は獣人幼女の両手をガッシとつかみ、回転しながら宙を舞った。
ぐるぐると十字のポーズで回って、マットにビターン! 獣人幼女の耳ふにゃぁー! マットには、十字の形の落下跡(幼)(ふたつめ)が残った。
「こっの……投げハメ野郎……!!」
ノージャガーが本性むき出しの悪態を付く間に、またロザリオマスクは投げから一歩近づいて、幼女の起き上がりに無慈悲にストレートパンチを重ねる。
小技で相手の動きを封じ、自分だけの投げが届く間合いからスクリュー・プリースト・ドライバーで投げ、画面端で起き上がるところに近づいて同じことを繰り返す。何か技を出して抵抗しても無駄だ。その技ごとコマンド投げで吸い込んでしまうのだから。
まさしく、ノージャガーの言う通り。これぞ投げキャラの絶対的勝ち筋のひとつ、いわゆる投げハメだ!
かくして三回目の立ちプリーストで、
そして勝負の四回目。ここで決めればロザリオマスクの勝利。一歩近づいてノージャガーの起き上がりに、立ち小パンチのストレートを重ねる! これをガードさせれば同じように投げて終わり。当たっても僅少の体力を奪って終わりだ!
「のじゃっ」
ここでノージャガー、のじゃテレポートで起き上がりと同時に姿をくらませる。消えた瞬間に無敵になるこの移動技であれば、ロザリオマスクの重ねた攻撃をかわしつつ、逃げることが出来る。
安全なアジトにまで逃げ帰りたいところだが、残念ながら呪歌と聖貨の効力のせいで、ステージ外には逃げられない。
なんとか画面端から脱出、リング中央にテレポートするのが精一杯……と、息をつく暇も彼女にはなかった!
テレポートの移動先を読み、必死の形相でバックジャンプボディプレスで覆いかぶさってきた、ロザリオマスクの巨体が頭上に迫っている。
同じく必死に、上に向けて杖を振り上げ、対空処理をするノージャガー。
両者の技がかち合って、結局、ぐちゃぐちゃになった!!
「うわー! うわー! うわー……!」
「のじゃー! のじゃー! のじゃー……!」
これもまた呪歌の演出の為せる技。
ロザリオマスクとノージャガーは最後のやられボイスを発しながら、スローモーションでお互い地面にぶっ倒れる。体力ゲージは、どちらも残量ゼロを示していた。
ダブルK.O.!! 両者もつれ合っての勝負は、相打ちにて決着が付いた。
こうして地下洞窟のリングにて、因縁の二人の対決が終わった頃。その上方の
「いささか……困ったことになりました」
中年執事が肩をすくめていた。話し相手は、全身金属鎧の護衛だ。
場所は何度も行ったり来たりを繰り返している、罠で満たされた一本道の通路である。傍らには、なます切りにされた木人と、オークに倒された女騎士が倒れていた。
「あんたがそう言う物言いをするときってのは、決まってるんだ、ヘオヘー」
中年執事ヘオーイオス・ヘーリオスに対し、全身鎧の護衛は語ってみせる。
「例えばシャツのボタンをかけちがえたまま一日過ごしちまって、『いささか困ったことになりました』なんて、大したことでもないのに難しい顔をしている場合。そうでもなきゃ……」
「後者です」
「……そうでもなきゃ、深刻に困ったことが起きた場合、だよな」
「ええ。後者です」
語りの最中に、答えは出てしまった。本当に困った事態に彼らは直面している。
その事実について、執事のヘオヘーは説明を始めた。
「オークは穴の下に落としました。ですが、すり抜けざまにわたくしのベルトポーチを食い破って、中身を巻き添えにしまして……。お嬢様を回復させるポーションがありません」
「僕だったら、平気だから……! ヘオヘー……」
黒スト美脚の刀を地面にギリギリと擦り付けながら、強引に立ち上がろうとする、プランタン。
「おやめくださいお嬢様」「やめとけってプランたん」「今……プランたんって言った?」などやりとりを繰り返しながら、一旦美脚を畳んで着座してもらう。
「問題はポーションだけではありません。
「お、おいおい。意外とそれって面倒なんじゃないのか? 宝探しの方はほとんどあんたの能力に頼りきりなんだぞ、ヘオヘー」
「罠のたぐいは力技でどうにかするしかないかも知れませんね……。そしてもうひとつ、最も重要な問題が」
「まだあるのかよ?」
「ええ……。非常に困ったことに」
中年執事はため息混じりに、告げる。
「我々が追っていた聖貨の戦士と同じ穴に、オークが落ちたのですが……。落下した先に水場があるようでして。助かっているのかも知れないのですよ、どちらも」
「……あの変なオーク、
「そうです、聖遺物を持っていると思われます。聖遺物が一人の手に渡ってはまずい。世界が回ってしまう。我々もことを急がねばなりません」
「そりゃあ……マズいなあ……」
うつむいて絶句してみせた、全身鎧の護衛。そんな彼に向けて中年執事は、更にこんな事を言う。
「あなたの目論見通りなのかも、しれませんがね。わたくしたちにはあなたの顔色は探れませんから。兜の下ではどんな表情をされているのですか? マスター・K」
「……顔が見えてるのに胸の内がわからないようなやつには、知られたくないさ」
果たして彼らは、仲間同士ではなかったのか?
中年執事ヘオーイオス・ヘーリオスと、全身鎧のマスター・Kは、女騎士プランタンを挟み、不穏な三人組として
上層にてこうも、思惑錯綜する中。もう一度視点を下層に戻そう。
激戦を続けていたロザリオマスクとノージャガーは、両者ノックアウトにて地に伏せている。
戦いが終わったので画面端の役目もなくなり、シスター・コインは覆面神父に駆け寄って回復を、ミルキィは喉を潤すために水袋のミルクをがぶ飲みしていた。
そしてユルルングルはドワーフの暗視能力を活かして、闇の中で一人静かに、凝視していた。
地下洞窟の天井から、つまりは
脂肪のせいかよく浮かぶこのオーク、どうやら気を失っている。徐々に浅瀬に近づいてきたところを、老ドワーフも湖に入ってそばに寄った。
狙いは、オークが持つという聖遺物である。ロザリオマスクとノージャガーの戦闘中の会話を聞いて、「何か重要なお宝をオークが持っていると言うなら、今のうちに自分が取ってくればいい」と判断したのだ。
そのお宝とやらが何なのかは、ユルルングルにもわかっていない。だが、手にすれば仲間を助けられるか、恩を売って協力をさせるか、いずれにしても有効なはず――。
その時であった。和装のオークこと大苦肉が豚っ鼻を明るく光らせ、暗い洞窟内に瞬時の灯りをもたらしたのは。
超必殺技の演出による、暗転と発光であった。
「豚……無双じゃい!!」
光を放って豚っ鼻の空中突進をかます大苦肉。狙いは、一瞬の光の間に見えた小さき盗人の姿。つまりは、ユルルングルである。
半人半豚の力士の突進におののいたユルルングルは、手持ちのグレートアックスを盾にして、とっさにこの攻撃をガードするのだが。
彼は
次回、異世界二回転!!
対戦者、『アックス・アルケミスト』ドワーフ!!
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