第21話 投げキャラVS魔法使い『身内読み』

 近接戦闘が主力の投げキャラと、飛び道具に遠距離攻撃が主体の魔法使い。キャラ相性の悪いこの戦いは、会話を交えながら少しずつ進行している。

 ロザリオマスクは、当たれば相手を転ばすことが可能な技を牽制に振り、伸びる杖に見てから相打ち出来そうであれば通常技を合わせにかかり、ドラミングステップで飛び道具を消して近付こうとし、時に飛び込んで敵の意識を上に振る。

 だが、言ってしまえばこれらは全て博打だ。不利とわかっていながらも、他に取る手段がないので一か八か、技を出し続けているのである。

 振っている牽制は空振りを見てから差し替えされ、相打ち狙いも一方的に撃ち負けること多々、ドラミングステップで飛び道具をドンピシャで消すのは先読みが必要、たまに飛び込んでも「待ってました」とばかりに対空迎撃の的だ。

 戦いの進行とはこの場合、ロザリオマスクの体力ゲージが徐々に減っているに過ぎない。

 じわじわと、じわじわと、負けているだけなのだ。


「クリスチャンラリアット!」


 それでも投げキャラは愚直に、十字の横回転を繰り返す。通常のクリスチャンラリアットと、クイック・クリスチャンラリアットを織り交ぜて、飛び道具を抜けたり反撃ミスを誘ったり。

 しかしノージャガーは慌てない。致命的な相打ちの起きないタイミングで技を振ることを徹底し、ちくちくと杖を差し込む。

 なぜなら彼女は、この戦いにおいて優位にあるのだ。体力的な優位もあるし、能力的な優位もある。ノージャガーはいわば強キャラだった。

 それに比べてロザリオマスクは、異世界のモンスターに対してかなりの無双を誇っていたこの男は、弱キャラなのだ。選ばれし戦士プレイアブルキャラクターにおいては、ランク下位なのだ――。


「勇者のつもりで召喚した男が弱キャラで、悪いな、コイン……」

「そんな! ロザリオマスクはお強いです! 特に……心が!」


 リング上の男の謝罪に、シスターはコーナーポストから応える。


「ありがとうコイン。そうなんだ、弱いなら弱いなりで、勝ち方というものがある。心で勝つのも、ひとつの手段と言える!」

「相変わらず口だけはデカい辺り、プロレス向きなのじゃーロザリオマスク。弱いくせに変に人気があって、ラッキーパンチで勝とうとする……だからお前とは、やりたくなかったんだ! あのままテレポートで逃してくれりゃ良かったんだよ!」

「ならばこの勝負、降りるかね? 不戦敗で遺物を置いていってくれても構わないんだが」

「誰が降りるか! お前が持ってる手札カードがろくでもねえのは知ってんだ。ハッタリで押し切ろうするんじゃねえ! ……のじゃー」


 今やジャガンナータの本心をあまり隠さなくなってきた、ノージャガー。かわいい外見に似つかわしくない喋りの最後に、取ってつけたように語尾が乗る。

 その言葉を受けて、ロザリオマスクは笑った。いつもより、いくぶん自嘲気味に。


「俺はこの配られた手札カードで、勝つしかないんだ。どうしてもという場合には、勝ち方にはこだわっていられない。


 そのまま、丸太のような腕でジャンプ大パンチ。杖の先で対空されるのも必要経費と割り切って、ロザリオマスクは空中から襲いかかる。相手の意識を上に向ければ、それだけ歩いて近づきやすくなるからだ。

 ところがこのジャンプ、ノージャガーに待ち構えられていた。『聖槍』たる杖を掲げて幼女は体を反り返らせ、洞窟内、暗転からの発光。放たれる超必殺技の輝き!

 ノージャガーの小さな口がカッと開かれ、手に持つ『聖槍』がジャガンナータを型取って口がカッと開かれ、幼女とおっさんの口から同時に吹き出し絡み合う、炎の奔流!


「のじゃー……インフェルノ!!」


 多少の通常対空を食らっても、ジャンプ攻撃を成功させれば間合いを詰めることが出来、投げキャラ的にはお釣りが来る。だが、これは唯一の不必要経費だった。

 対空に超必殺技を合わせられることで、炎に覆われ空中をバウンドするレスラー。一瞬で体力ゲージ三割を奪われる!

 火竜にファイヤーブレスを食らった時を彷彿とさせる火達磨となり、リング上に転倒、マットを焦がす。呪歌で生み出された観客は大いに熱狂していた。

 この窮地からのロザリオマスクの逆転を期待するもの、投げキャラが為す術もなくやられるさまを見て「クソ雑魚野郎!」と罵るもの、様々な声が飛び交うが、いずれも声をかけているのは巨体のレスラーの方に向けてだ。観客の興味の中心は、そこにある。

 呪歌が生み出した幻覚にしては、現実味のある見慣れた光景だ。リング上の獣人幼女は、耳を垂れて、切なげな顔をした。

 ところでそうした客たちの中、一人だけ試合を無視してその場を立ち去るものの姿がある。地下プロレスの会場にはあまり見られない高齢であり、子供のように小さき体であり、アシッドシティの住民らしからぬ古びた衣装であり、大きな斧を持っていた。

 “炊事番”ユルルングルである。


「なんじゃこの見世物興行は? まあ、誰も動けんようじゃし……わしがやればいいじゃろ。そうじゃ、そうに決まっとる」


 ステージ創出のためにBGMを歌い続けるミルキィと、ロザリオマスクを応援するコイン。いずれもこの戦いの画面端として機能しているため、身動きは出来なかった。

 しかし先ほど出会ったこのドワーフであれば、役割が特段無い彼であれば、動ける。ユルルングルは観客の波を抜けて、波風立たぬ湖の方へと歩みを進めていた。

 そんなドワーフの動きに気を配っている余裕は、戦闘中のリング上の二人にはない。歌い続けるミルキィも、ロザリオマスクを見つめるコインも、同様だった。

 呪歌によってステージのみならず、ステータス表示も創出されていることにより、シスター・コインは見上げて現状を把握することも可能だ。かくて表情は、より一層曇る。

 画面上部に表示される体力ゲージは、ロザリオマスクのほうはもう、一割も残ってはいない。対してノージャガーは時折相打ちを食らっていたとは言え、八割のゲージを残している。

 シスター・コインは思い返していた。風詠かざよみ遺跡に辿り着く前に、このパーティーは何度か野良の魔物ワンダリングモンスターと戦っている。ある時、ストーンゴーレムと戦い、倒した後の野営キャンプにて。

 破壊されて残った手足がなおも動く様子を見ながら、ロザリオマスクはこんなことを語っていた。


「このゴーレムというやつは、命令コマンドによって特定の同じ動きを行うわけか。疲労することもなく……か。俺のような選ばれし戦士プレイアブルキャラクターに似ているな」

「言われてみると、ロザリオマスクは……。いつも同じ技を、同じように出されますね? 意外にきっちりした性格なのでしょうか……?」

「そだね。あのグルグル十字で回る技も、同じ回数回ってるよね。意外にきっちりした性格なの?」

「コインもミルキィも二人揃って同じ疑問を! きっちりした性格だからではないぞ? 同じ技を同じように出し続けるのには、理由があるのだ。これは選ばれし戦士プレイアブルキャラクターの利点であり、制約でもある」


 おもむろにキャンプ中央の焚き火に向かい、手の甲を向けての横薙ぎのチョップを払うロザリオマスク。いわゆる逆水平と呼ばれるチョップである。

 このチョップを二度、三度、四度、しつこく出しながらレスラーは語った。


「よく見たまえ。俺が何度チョップを出しても、全く同じ動き、全く同じグラフィックにてチョップが出ていることがわかるはずだ」

「うわっ、ホントだ。改めて見ると気持ち悪いねコレ……! ゴーレムっぽいわ」

「だろう? ミルキィ。これは立ち中パンチだ。プレイヤーが中パンチボタンを押すと、必ずこれが出る。寸分の違いもなくだ」

「もしかすると、負傷や疲労にも関係なく、ですか……?」


 異世界転移直後の五連戦が脳裏をよぎり、シスター・コインが問う。


「そう、その通りだ! その点でも俺は――選ばれし戦士プレイアブルキャラクターは、ゴーレムに近いと言える。体力が減少し、今際の際であったとしても、同じポテンシャルで技が出せる。コマンド入力が行われればいつもと同じ技が同じように出る。この特性によって、敗北寸前でも逆転が可能なわけだ。普通の戦士には無理な話だろう?」


 この話を聞いてミルキィは、「でたらめな強さだー!」と笑っていた。

 比してコインは、感謝していた。このような無類の戦士を遣わせてくれた神に。力強いこの男に。

 あの時に捧げていた祈りのポーズと同じように、十字を切って今まさにシスター・コインは、祈っていた。リング上で苦戦する男の、逆転勝利を。

 さて話を今の戦いに戻そう。ノージャガーの超必殺技を受けて、火達磨になったロザリオマスクが立ち上がる。

 ノージャガーは杖と一緒に火を吹いていたが、その余韻も終わって今、ようやく動けるようになった。

 動き出したのは、同時。互いの距離は離れたままで、レスラーには不利な位置が未だ保たれている。

 起き上がって一歩進もうとしたロザリオマスクに向け、リングを這うようにしゅるりと伸びた杖の一撃が刺さった。ただでさえ開きのあった体力差が更に開き、攻撃によって互いの距離も一層開き、ほぼ戦場の端と端である。


「神よ、どうかロザリオマスクに、ご加護を……!」


 固唾を呑んで見守る画面端のシスター・コインを背に、引き続きロザリオマスクは歩みを続けた。一歩一歩、直進して行った。

 ノージャガーは思う。どうせこの大男の魂胆はわかっている。こうやって無言のプレッシャーをかけて直進し、こちらが焦って手を出したところを相打ちで転ばせて、起き攻め二択でぐちゃぐちゃにする気なのだ。火竜と戦ったときとやり口は同じだ。

 遠距離攻撃、炎の飛び道具、対空迎撃、そして慎重派。火竜と自分には共通する部分が多い。しかも超必殺技の大火炎で体力ゲージに差がついたこの状況も、レスラーが火竜に勝ったときと似ている。

 ここから逆転しようと言うならば、博打に頼らざるを得ない。この戦いの中でも、何度も博打ラリアットや牽制技を振り続けていた。それ以外に勝ち筋がないからだ。ロザリオマスクのやり口は、ノージャガーにはもう、お見通しだった。

 当然、その手には自分は乗らない。いくら相手がベットして来ようが、こちらが乗らなければ勝負は不成立なのだから。近づくふりをしながらどこかで、渾身の大足払いかクリスチャンラリアットを出す、もしくは飛んでくる。そこをやり返して、試合終了だ!

 勝利の絵図を脳内に描きながら様子見をするノージャガー。もう一歩進むロザリオマスク。

 もう一歩進むロザリオマスク。

 もう一歩進むロザリオマスク。

 もう一歩進むロザリオマスク。

 どんどん、前にだけ、ただただ歩いた。途中で立ち止まってガードの素振りすらしなかった。

 さすがにどこかのタイミングで何らかのアクションを取るだろう。歩みを止めるはずだろう。そうとロザリオマスクも読んで、ただまっすぐ歩き続けたのだ。

 戦いの序盤、対戦相手の中の人がジャガンナータかどうかを、ロザリオマスクが執拗に探っていたのは――この読みを通すためでもあった。知っている相手であれば裏もかきやすくなる。すなわちこれ、!!

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