第20話 投げキャラVS魔法使い『弱キャラ』

 呪歌によって生まれる背景ステージは、歌を聞くものの心象を――この場合はそこで戦うものの胸の内を、反映している。

 ロザリオマスクは元より、その相手であるノージャガーがともに思い描いたのがこの背景ステージであったのは、皮肉というかなんというか。

 ガラの悪い客から罵声と歓声をまとめて浴びせられる、地下プロレスのリングが、異世界の地下洞窟に現出したのだ。

 いざ、戦いのゴングが鳴り響く。カーン!


「ダンジョンに入って最初にお前とまみえた時のステージは、悠久のインドの大地だったな。やはりお前、ジャガンナータなのでは?」

「ノージャガー!」


 試合開始と同時に放たれた牽制の杖がしゅるりと伸び、神父の覆面が叩かれる。ノージャガーによる、注意の立ち中パンチだ。

 ねじれた杖の上部、握った拳のようになっている部分を伸ばして殴るときがパンチ。杖の先端の、尖っている部分を伸ばして刺すときがキック。

 押しているボタンはこの際どうでもいいのだが、一応そういう配分になっていることを、あらかじめ観戦者にお伝えしよう。


「異世界での戦いは、俺達の世界での選ばれし戦士プレイアブルキャラクター同士の戦いとは、勝手が違うものだったが……。ミルキィの呪歌の影響下ならば、ゲージもあるし画面端もある。奥行きも無視しての、一直線上のガチバトルだ。実に戦いやすいだろう、ジャガンナータ」

「ノージャガー!!」


 獣人幼女の持つ杖の先端が伸び、注意の立ち中キックが覆面神父の胸に刺さった。二度目の注意である。

 リング上を固唾を呑んで見守っているのは、画面端のシスター・コインだ。コーナーポストでいわばセコンドのように立っている。

 彼女は火竜退治をロザリオマスクに頼んだ身であり、同行する仲間でもある。だから当然応援するのは、神父レスラーの側なのだが。

 正直なところ、このマッチメークを楽しみにしていたところもあるのだ。選ばれし戦士プレイアブルキャラクター同士が本気で戦ったら、どうなるのか。今まではすぐに決着が付いてしまったり、逃げられてしまったりで、中途半端に勝負が終わっていた。

 今回は両者の戦いがじっくりと見れる。ガード、ジャンプ、コマンド、無敵時間、キャンセル。これらを使いこなす者同士の戦いは、果たしてどんな試合になるのだろうか?


「のじゃファイヤー」

「クリスチャンラリアット!」


 両腕を横に伸ばして、十字のポーズで回転するおなじみのラリアット。ノージャガーが呪言を唱えて杖から放った炎弾を、胴体無敵ですり抜ける。

 しかしその回転の終わり際に、またもや遠距離から伸びて襲う杖。立ち大パンチで放たれた攻撃は、ねじれた杖のグーの部分が二手に別れ、ツインレーザーのような見栄えでゴスっとロザリオマスクの腹を殴った。

 食べたばかりのフカヒレが、口からこぼれる。


「クリスチャンラリアット!」


 懲りずにまたもや両腕でぐるりと回りつつ、左右にじわじわ移動するロザリオマスク。今度は飛び道具抜けが目的ではない。

 ここまで旅をともにしてきたシスターには、レスラーの思惑が多少はわかる。きっとこれは、フェイントなのだ。


* * *


 パンチボタン同時押しで出す必殺技はもう、皆さんご存知。そうこの俺、メイヤークリスチャン・シガーの名を取った技、クリスチャンラリアットだ!

 だがロザリオマスクが独自に生み出した、キックボタン同時押しによるもうひとつの必殺技については初耳かな? それがクイック・クリスチャンラリアットだ。

 クイック・クリスチャンラリアットは、見栄えこそクリスチャンラリアットと同じ十字のポーズの横回転でしかないが、いくつかの微妙かつ重大な違いがある。

 スキの大きさ、攻撃判定のでかさ、そして何よりその名の通り、祈りを即時に終えるクイックさが一番の違い! クリスチャンラリアットでは四回転していたのが、クイック・クリスチャンラリアットでは三回しか回転しないのだ。

 君も経験したことがあるだろう。袋の中のポテトチップがあともう一枚あると思って手を伸ばしたら、もうそこには残っていなかった時の、あの驚き。

 この、「思っていたよりもひとつ足りなかった」が真剣勝負で起きたとき、とてつもない効果を生む!


――シガー町長(談)


* * *


 ロザリオマスクの戦い方を、獣人幼女の魔法使いは、これまでに何度か見ている。

 だからクリスチャンラリアットで炎弾を抜けられても、オーガのようには動じない。次々に飛び道具を連射などしない。逆に終わり際のスキを狙って、遠くから杖を叩き込むほどだ。

 そこでクイック・クリスチャンラリアットが使用されれば、反撃のタイミングをミスり、フェイントとしてはこの上なく役立つのではないか。シスター・コインは目を輝かせた。

 ところがである。ノージャガーは動じることもなく、クイック・クリスチャンラリアットの終わり際にも、しゃがみ中パンチで杖を伸ばしてボコっと殴ってきたのだ。


「ぐおっ! よくぞ初見でクリスチャンラリアットの違いを見抜いたな、ジャガンナータ……?」

「たまたまなのじゃ……だからノージャガー! 名前を間違えるでないのじゃ、ロザリオマスク! だいたい、見た目にほとんど違いがないから見抜けない技なのじゃ。たまたま牽制が噛み合って、反撃成功してるだけなのじゃ」

「ほう……? このふたつの回転技が、見た目にほとんど違いがない技だと、初見でどうしてわかる?」


 回転数の違う二つの技で誘っていたのは、相手の反撃ミスではない。体力ゲージと引き換えにロザリオマスクは、この魔法使いにカマをかけていた。

 クリスチャンラリアットと、クイック・クリスチャンラリアットに、どういう差異が有るのか無いのか。

 初見どころか、何度か見ても区別がつかずにやられていくファイターも多かった、非常によく似た技だ。二つの技の細かい違いをよく知るのは、同じ地下プロレスで戦い続けたライバルである、ジャガンナータの可能性が高い。


「あーのーなー、ロザリオマスク? この世界にだって、選ばれし戦士プレイアブルキャラクターはいるのじゃ! わらわがそうじゃ。上の通路にもいたのじゃ。あそこで浮いてる大苦肉師匠だってそうじゃ!」


 ノージャガーはステージ外の湖面に浮かぶオークの腹を指し示す。


「七つの聖遺物のいずれかを持つものは、選ばれし戦士プレイアブルキャラクターとしての能力を得るのじゃ。お前の技だって、むかーし『聖貨』を持ってた戦士が同じ技を使ってたことが、古文書に残ってるのじゃ! わらわはそれで知ってただけじゃー」

「なんだと……? ということはつまり、あのオークが選ばれし戦士プレイアブルキャラクターだとすると……。あいつも持っているのか、聖遺物を?」

「しまったのじゃ」


 ロザリオマスクの当面の第一目標は、聖遺物を手に入れることである。戦っているステージのすぐ外に、それが浮いているのだとしたら……。


「ジャガンナータ。いいや、探りはもういい……ならば、ノージャガー! 幼い君には申し訳ないが、さっさと倒して俺は欲しいものを手に入れるぞ」

「おっさんはどうしてそう、生き急ぐのじゃー。てゆーか、死に急ぐの間違いなのじゃ。お前、わらわに勝てると思うているのじゃ……?」

「もちろんそのつもりだ、ぐうのあっ!?」


 顔面に刺さる立ち大キックの杖の先端。ジャガンナータが牽制で打つ杖の遠距離攻撃は、一方的にロザリオマスクにダメージを与え続けている。

 ジャンプ攻撃をしても杖ではたき落とされ、度々レスラーが繰り出す足払いや各種ラリアットも、空を切ったスキを狙って杖で差し替えされるばかりだ。

 ごくたまに相打ちを取れることもある。ロザリオマスクが狙っていたのはまさにそれであり、近づけない相手に近づくふりをして技を振り、牽制の杖とかち合ってお互い痛み分けになればそれでオッケー。体力差と腕力差で幼女に勝とうという目論見である。

 だがその目論見、ノージャガーが知らないわけがない。なにせ中身は同じ地下プロレスで戦いあったライバルだ。何百試合も何千試合も、彼らは戦い続けているのだ。


「どうせまた火竜と戦ったときみたいに、ぐちゃぐちゃにして勝つつもりなのじゃ。でもわらわはそういうの、もう引っかからないのじゃ。確実に勝てる技しか振らないのじゃー」

「ぐちゃぐちゃだろうがなんだろうが、勝たなければいけないときもある……!」

、だと? てめぇはいつだってそういう勝ち方ばっかりしてたじゃねえか! 弱キャラが強引に勝つにはそれしかねえってわけか!?」

「……ノー……ジャガー?」

「お、おっといけねぇ……のじゃー」


 うっかり素が出てしまった獣人幼女ノージャガー。あらかじめお伝えしたように、この子の中身はおっさんである。その名は、ジャガンナータ。

 妖しげな術にてサーベルをコブラのごとく伸ばす、褐色のターバン男。彼はアシッドシティの地下プロレスにて頭角を現すうちに、暴力組織バッドビルの幹部の一人となった。

 その名は彼の故郷の神の名であり、英語でいうところの「止めることの出来ない巨大な力」ジャガーノートの語源でもある。

 強く、悪辣で、人気があった。花形だった。そんなジャガンナータの暮らしを一変させたのは、鳴り物入りで地下プロレスに参入してきた、神父レスラーである。


「俺様の名前が、『シン・ザ・ジャガンナータ』ってのはどういうことだ! どこのどいつだ、この宣伝ポスターを作ったやつはッ!!」

「仕方がないだろう、ジャガンナータ。観客は、悪役ヒールとして負ける君の姿を……ピンチから一発逆転するロザリオマスクの姿を、望んでいるんだ」

「俺様がブック通りに負けるのはまだ、許す……! だが俺にシンの名を冠するな! 肌の色か? 育ってきた文化のせいか? このおどろおどろしいサーベルがダメなのかよ? どうして、俺様のこの姿じゃあ、ダメなんだァ……!!」


 かつて事務所でプロモーターと言い争った光景が、ノージャガーの脳裏に浮かんでいた。

 今まさに異世界でロザリオマスクと対戦中の獣人幼女も、思わず本音を叫んでしまう。


「良いよなあロザリオマスク、てめぇはパワーと体力に物を言わせて、強引に択を通して勝てば良いだけ! キャラ差で勝ってる俺様が勝っても盛り上がらねぇ! 弱キャラ様はどんな手を使ったって勝ちゃあヒーロー、善戦するだけでも拍手喝采だ! 弱いのが羨ましいぜ」

「弱キャラ……? 弱い? ロザリオマスクが、ですか? 火竜を投げ倒した戦士ですよ……?」


 思わず口を挟んだシスター・コイン。

 一対一の対決に他者の言葉が割り込んできたことで、ノージャガーは取り乱していた自分を制し、口調を戻して説明を述べる。


「さっきも言ったのじゃ。こいつは、ぐちゃぐちゃにして勝つしか出来ないのじゃ。火竜と戦った時も、負けそうになったからハッタリで押して接近戦にして、無理やりぶん投げただけなのじゃ」

「なっ……そんな! あれ程の胆力を持って単身戦いを挑んだ勇者に、なんてことを! あの勝利は、ロザリオマスクの経験と、神のご加護によるもので……」

「……良いんだ、シスター。こいつの言っていることは本当だ。俺は火竜に負けそうだったが、どうしても勝たねばならない戦いだったので、ぐちゃぐちゃにして勝ったんだよ。そういう勝ち方をしている間は、やはり俺は……」


 最後の一言は、一度噛みしめてから言い放った。


「弱いんだ」

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