第19話 スタンダードキャラVSオーク『アイスエイジ』

 この世界に存在する遺物のひとつである、『聖骸布』デュランダルを受け継ぐ女騎士の家系、ルヴェンジュ家。

 美脚に履くことでその脚を不滅の刃と化す『聖骸布』を使いこなすため、ルヴェンジュ家の女は脚に磨きをかけ、戦いの技術を身につけ、王侯貴族との社交界でのつながりも維持、商魂もたくましく、季節ごとの足元オシャレコーデといった流行発信もしなければならず、実に多忙を極めていた。特に、表立った場においては。

 裏で立ち回り暗躍する立場を担うのは、ルヴェンジュ家の男たちの役割であった。

 やがて彼らは、ルヴェンジュ家のために汚れ仕事を引き受け、影から支える男系の一族として分家していく。


 彼ら一族の中でも特に優秀なものは、。俊敏で、忠実で、教養を持ち、諜報に長け、殺傷力が高く、常に落ち着き払っている。

 鍵開けや聞き耳と言った裏稼業の技術にも通じているため、能力的にはシーフに近いが、仕えるべき主のために幼少期から冷徹に育てられるさまは、むしろ忍びのようでもある。

 『聖骸布』を受け継ぐ女騎士、プランタン・ソル・レヴェンテ・ルヴェンジュに仕えている中年執事は、そうした経緯もあって、「ニンジャのヘオヘー」と呼ばれていた。

 東洋人風の呼び名であるが、顔立ちはギリシャ彫刻のように彫りが深く、どこか物憂げな雰囲気を漂わせていた。それもそのはず、「ヘオーイオス・ヘーリオス」というのが、彼のフルネームなのだ。

 呼びにくい名を繋げて略したのは、まだ幼かった頃の女騎士プランタンである。赤子の頃から常にそばで彼女を守り、修行を見届け、話し相手となった、ヘオーイオス・ヘーリオス。

 ある日、思い悩んだプランタンが、この執事に相談を持ちかけてきたことがあった。美しさ、強さ、高貴な振る舞い、女兵士の脚刀あしがたなを覆い尽くすストッキング類の販路拡大……全てを同時にこなすことは自分には不可能だと。


「お嬢様。それではこうされてはいかがでしょうか。出来ることをまずは確実に出来るようにし、それ以外のことを一旦忘れるのです。選択肢を減らし、最適化する。わたくしも常からこの手法に頼っております」

「ヘオヘーが? 嘘だよ。だって、あなたは何でも出来るじゃない」

「出来るように見せかけているのですよ。その時に必要なことだけに注力し、後はなるべく意識の外に置く。楽をするのです。そうすれば、出来ることの精度が高まります。やがて、出来ることのほうが無意識に出来るようになっていき、今度は出来なかったことにも意識を割けるようになるわけです」

「難しくて、よくわかんない……あわわ……」


 プランタンがよく慌てていたのは、幼少期から変わらなかった。

 だが、執事の助言によって大きく変わったこともある。プランタンはこれ以降、表情を無理に取り繕うのをやめることにした。その分、美しさと技に力を入れることにしたのである。

 そして、もうひとつ。


「出来ること以外は、なるべく楽をする……。じゃあ、今日から私は、自分のことを“僕”と呼ぶようにするよ。その方が……僕には、楽なことだから」


 かつてそう語り、控えめな笑みを自らに向けてくれていた幼子は今や成長し、風詠かざよみ遺跡の通路に倒れ伏している。

 彼女を倒したオークの噺家に向け、中年執事ヘオーイオスは、左右の短剣にて静かに空を切った。

 短剣にはドラゴンの意匠が施されていた。そこから放たれたのは、凍気の牙だ。


牙凍斬がとうざん


 飛び道具として放たれる、氷の弾。牙を剥いて噛み付くように漂うそれをオークは前ジャンプでかわしつつ、太い足にて飛び蹴りをかまそうとする。

 うろたえることなく執事は、しゃがんでぐるりと大足払いを一閃。低くなった姿勢でオークの攻撃をかわしつつ、飛び込みの着地を転ばして追い払った。

 転んだオークの起き上がりに、再び牙凍斬がとうざんを放つ。飛び道具をガードさせて体力をわずかに削り、様子見。自らの飛び道具だけが機能し、相手の飛び込みは足払いで転ばせることが可能な間合いをキープするのみだ。

 オークが歩いて近づいてきたならば、それに合わせるように執事もジリジリと後ろに下がっていく。扇子を振って風を放っても、それすら届かぬ間合いの外にいる。

 時折バックジャンプも織り交ぜているのは、大苦肉の必殺技であるスーパー猪突猛進による豚鼻アタックが飛んできたとしても、空中で安全に蹴り落として対処するためだ。この戦いの中でも既に二度ほど、じれてすっ飛んできたオークの巨体をこの方法で潰している。

 これを繰り返して、オークの体力をじわじわと奪っていた。延々と引き撃ちをしていたのである。

 大苦肉はこの苦境にあって、ぶつくさと何かを口にしていた。


「古道具屋。これはな。世にふたつと言う、実に貴重極まりない宝だ……」


 執事が左右に構える、小ぶりの双剣を指しているようにも見えたが、違う。

 相も変わらず、何かの噺を勝手に一席やっているだけだ。その噺に対しても、執事は取り合う様子がない。

 場は凍るように冷たかった。執事のヘオーイオスによる攻撃が氷属性であり、その戦い方そのものが、絶対にリスクを負わない冷たい立ち回りだったからである。

 飛び道具で跳ばせて落とす。落とせそうにない間合いでは無理をせず何もしない。無敵時間のある氷竜斬ひょうりゅうざんで対空することすら稀だ。ジャンプ攻撃をしてきてもかすりすらしない距離をなるべく保つ。ギリギリ、執事の足払いだけがオークの着地に届く距離。近づかれたならば後ろに下がる。

 オークの接近だけに注意を払っている。意識配分が徹底していた。相手が何か技を空振ってスキを見せても、垂直ジャンプで様子を見ても、懐に誘い込む罠と判断して手を出さず、スルー。

 戦い方が、寒い! しかして、必勝の構えである。


「最前も申し上げました通り、わたくしはあなたを障害として排除するだけです。画面端がないのですから、後方にいくらでも下がり、有利な間合いであなたを迎撃することが出来る。いかがです? まだお続けになりますか?」

「三百両? あのガラクタが三百両ってお前さん、そんなことがあるわけない。それがあるってんだよ、目ん玉かっぽじってよぅく見てやがれ。えぇ?」

「……あくまで交渉には応じず、自分のペースに巻き込もうという腹ですか。いいでしょう。わたくしはこのままタイムアップでも構いませんしね」


 余裕を見せた執事、ヘオーイオス。だがその時うつむいて笑っていたのは、大苦肉も同じであった。

 画面端など存在しない一本道でのこの戦いだが、いつまでも下がり続けていれば、そこには大きな落とし穴が口を開けているのだ。比喩ではなく、本物の落とし穴ピット

 崩落した床下を伺っていた執事が、女騎士プランタンが倒されたことで前方に進んで対戦開始、オークを対空しつつ同じ道を後退していたのだから、ここに戻ってくるのは当然のことである。

 この場に至るまで体力が1ドットでも残っていれば良し。千載一遇の好機を得て、大苦肉はスーパー猪突猛進。豚鼻を突き出し、かっ飛んで、執事の土手っ腹めがけて体当たりだ。

 落とし穴に向けての決まり手、押し出しが決まった! かと思われたが。


「ですから、最前も申し上げました通り。わたくしはあなたを障害として排除するだけです。まともに戦う気はない。最後の忠告のつもりでしたがね……」


 落ち着き払って中年執事、通路の端にピタリと身を寄せた。オークの攻撃を、たのである。

 眼の前から敵が突っ込んでくる。後ろに下がるスペースはない。ならば、横にてしまえばいい。

 当然の理屈ではあるのだが、奥行きを利用しない暗黙の了解のもとで戦っていた彼らにおいて、これはとんでもない梯子外しであったと言えよう。

 気をつけよう、オークは急に止まれない。大スーパー猪突猛進を放って横っ飛びに襲いかかった大苦肉は、執事に避けられ、床の無くなった通路に猛スピードで向かっていく。

 あらかじめお伝えしよう。後ろに下がり続けていれば落とし穴が待ち構えていることなど、執事は当然理解していたが、この沈着冷静な執事であれば、恐らく横にかわすであろうことを、オークも既に予想済みであったのだ。

 では何故、ここであえてスーパー猪突猛進にて突っ込んだのか?

 通路の脇に避けた執事のベルトポーチに牙を伸ばし、すり抜けざまに噛みちぎってその中身をぶちまける大苦肉。誰も聞くもののなかった噺のオチを一言。


半鐘はんしょうはダメだよ、おジャンになっちゃう。お後がよろしいようで」


 ダンジョンを切り抜けるための、シーフとしての七つ道具をベルトポーチに詰め込んでいたのに、これが散らばりオークとともに穴の底へ落ちていく。

 まさしくオチにならい、おジャンにされた恰好であった。

 急ぎアイテムを拾い集めて、いくつかは回収した中年執事。しかし大半は対戦相手の最後の一撃とともに、暗闇の穴へ消えて行った。


「食えない豚だ……!」


 ヘオーイオスが吐き捨てたその言葉は、不本意ながら称賛の意図も含まれていた。

 ――と言った経緯があり、風詠かざよみ遺跡から地底湖に落下してきた巨体が一匹。

 高々と水柱が上がり、湖面も泡立ち、何が落ちてきたのかがロザリオマスクらには一見してわからなかった。


「なんじゃ! 今日は何度も上から落ちてきよる! お主らが通路に穴を開けたせいで、冒険者が巻き添え食っとるんじゃないのか?」

「だとすると、申し訳ないことをした……。そういえば俺たちが落ちる直前にも、通路の後方から誰か来ていたな?」

「いましたっけ、そんな方……? わたし、動転していたので……」


 ユルルングルの指摘を受けて、ロザリオマスクとシスター・コインは湖に近づいていく。

 祈りの灯りがシスターの指先に移し替えられ、湖面を右へ左へ、照らしながら落下者を探していく。

 一方、ミルキィとユルルングルの凸凹コンビは、岩場に座したまま話を続けていた。


「ところでユル爺」

「ユル爺? わしのことか!」

「だって名前、舌噛みそうじゃん。ユルルルルルルングル?」

「ルが多い!」

「セイレーンが出るの、ここ? 鮫もいたし、なんなのここ? 海なの?」

「海岸の洞窟から風詠かざよみ遺跡に通じる道を、地図で探り当ててな。そこからあちこち掘り進んでわしはここまで来たんじゃ! ほれ、地図じゃ。暗いが見えるか?」

「えっ、この地図って……。遺跡からだいぶ遠くない? ここから掘り進めるってユル爺、何日かけてこんなとこまで来たの」

「七ヶ月じゃ」

「なっ……七ヶ月!? 洞窟の中を? 一人……で……」


 言葉にしてしまった後でミルキィは、「はっ」として口を閉じた。

 こんな無茶な旅を一人でするはずがない。思い返せばこの老人は、部族の仲間とともにあると言っていた。恐らく、七ヶ月の間に皆いなくなったのだ。諦めて帰ったのか、それとも――。


「わしは唯一の生き残りじゃが、それでも部族の仲間20人がついておる。ハヴザンドめに復讐を遂げるために必要なら、耳長! お主のような芸人とでも手を組むぞ」


 いささか壮絶な想像を掻き立てられるセリフが、ユルルングルから語られる。

 それでつい、ロザリオマスクとシスター・コインも振り返って話を聞いていたために、湖上で起きつつあった動きに、その場の誰もまだ気づいていなかった。

 水面に浮かぶオークの腹の上。いつの間にやら、まだらのローブの魔法使いがその上に載っている。

 大苦肉の着物の胸元からスルリと落ちたのは、手鏡だ。

 鏡を設置した通路の様子は、ダンジョン奥地の広間にてモニタリング可能であったが、鏡の存在しない地下洞窟の様子はわからなかった。

 故に、大苦肉師匠に手鏡を持たせ、斥候の役目も込みでこの魔法使いは、前線に派遣していたのだ。

 鏡によって大苦肉の現在の様子を把握した魔法使い、獣人幼女ノージャガーは、のじゃテレポートによって地下洞窟に只今到着。

 ロザリオマスクらの様子を見つつ、大苦肉にも通れる大きさの次元の穴を作るために、こっそりこっそり、ねじれた木の杖をぐるぐる回していた。


「なんじゃ? またでかい輩と、小さな子供が落ちてきたもんじゃな」


 ロザリオマスク一行の中で、ノージャガーの怪しげな動きにいち早く気づいたのは、皆の注意を惹きつけた話し手であるユルルングル当人であった。

 他三名が老人の方に向き直って話を聞いている中、彼だけが湖を向いていたのが功を奏した。ドワーフの暗視も効果大である。

 ノージャガーが作り出そうとしていた次元の穴は、まだ大苦肉を運ぶ大きさには至らなかった。ならば機先を制して逃げるチャンスを作り、この場から去ってロザリオマスクを地下に放置。ノージャガーは瞬時にそう判断する。


「のじゃっ」


 一声上げてノージャガーは、湖面に浮かぶオークの腹上から、水際のシスター・コインのそばにテレポート。「のじゃフレイム」と火を吹き襲いかかる。

 とっさに庇い立てしたのは、ロザリオマスクだった。炎上、転倒するレスラー!

 主力をひるませた隙に、のじゃテレポートを再度行い、この場を離れるノージャガー。

 ところが、テレポートして彼女が現れたのは、湖面に浮かぶオークの傍らでも、ハヴザンドが控えるダンジョン奥地でもなかった。その場である。一瞬消えて、その場に現れたのだ。

 気がつけば、洞窟内を反響するようにギターが鳴り、高らかに歌声が流れていた。敵を見つけてミルキィが一足早く、呪歌でステージを創出したのである。

 シスター・コインは祈りを捧げ、彼女とエルフは『聖貨』の力で守られる画面端となった。今、ここに、決戦のバトルステージが誕生したのだ。


「ステージがあり、画面端があるとなれば、画面の外へのテレポートは出来まい? ともに戦い、雌雄を決しようじゃないか、ジャガンナータ」

「……ノージャガー。わらわの名は、ノージャガーなのじゃ。ロザリオマスク」


 ロザリオマスクの深層意識をもとに生み出された、湖面近くのステージは、観客ひしめく真白きリングであった。

 次回、異世界二回転!!

 再戦者、『謎のまだらのローブ』魔法使いこと、ノージャガー!!

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