第18話 エルフVSドワーフ『感想戦』

 シスター・コインに応えるように名乗った老ドワーフ、“炊事番”ユルルングル。

 ロザリオマスクらと話を続け、彼らは互いに驚きの事実を知ることになる。


「ダンジョン探索をしとったら、落とし穴ピットで落ちたじゃと? この洞窟までか!」

「落ちたというか、落としたというか……。コボルトとやらに追い詰められて、にっちもさっちも行かなかったのでな。俺が床に宝箱を叩きつけて、全員まとめて落ちてみたわけだ」

「落ちてみた……なんじゃそりゃ? コボルトごとき簡単な攻撃魔法でも、どうとでもなるじゃろうが。耳長は何をしとったんじゃ」

「アタシが魔法使いだと思ってる? 残念ながら、歌と演奏専門なんだよね」


 ギターを見せるエルフを訝しげに睨み、ドワーフはシスターの方に話を向けた。


「お主はどうなんじゃ。明かりをつけたり回復したり、魔法が使えとるではないか」

「わたしは祈りによる奇跡が専門で、攻撃魔法は持たないタイプの神官でして……」

「では、この大男だけが頼りというわけか? こいつも武器は持っとらんようじゃが。モンクか何かか」

「俺の名は、ロザリオマスク! 神父をやっている」

「吟遊詩人、神官、神父? パーティーバランスが悪すぎるじゃろう! コボルトに苦戦するわけじゃ!」


 ユルルングルは怒っていた。呆れていたとも言える。


「ふん。おおかた、風詠かざよみ遺跡のお宝目当てのバカ冒険者共と言ったところか? 命があって幸いじゃったな。もう、帰れ! お主たちは!」

「いや、そうもいかんのだ、ご老人。確かに俺の目的は聖遺物という宝探しではあるのだが、他にも目的があってだね。火竜を倒さねばならない」

「火竜を倒す……? お主たちでか? それこそ、バカ中のバカではないか。どうやって倒す!」

「お言葉ですが、ユルルングルさん。こちらのロザリオマスクは、火竜を一度倒しています。その際には逃げられてしまい、後を追って、わたしたちはここにいるんです」

「……なんじゃと? 火竜を倒した? この大男が? どんな武器を使ったんじゃ。聖剣でも持っとったんか、その時は」

「いいや? 俺の肉体ひとつで倒した。あえて言うなら、聖貨コインの力はあったがね」


 はちきれんばかりの神父服の胸元を、バチンと平手で叩くロザリオマスク。シスター・コインに促すように笑ってみせる。

 冗談めかしてシスターも、拳で軽く自らの胸元を叩き、むせた。

 そこに付け足すようにして、エルフが自己紹介を挟む。


「アタシはそんな二人に誘われて、呪歌でサポートしについてきた、ミルキィって言うの。雇われっていうか、旅は道連れっていうか。……ていうか、ジイさんこそ何者なの? ドワーフって洞窟からひとりでに生えてくるんだっけ?」

「そんな訳あるか! わしはハヴザンドを倒しにやって来たんじゃ。風詠かざよみ遺跡は人数制限で入れんからな! 遺跡につながる地下洞窟を見つけ出して、探索しとったわけじゃ」

「火竜を倒しに……! お一人で、ですか?」


 シスター・コインの問いかけに、ユルルングルは奇妙な回答を寄越した。


「違うわい、21人でじゃ!」


 更には続けて、まるでその場に他に誰かがいるかのように、老ドワーフは一人で話し始める。


「どうする、バイアメ。この大男、もしやすると……あるかも知れぬぞ」

「湖の主を、無茶苦茶なやり口で投げ倒しとるなあ……。ボッビ・ボッビはどう思う」

「いや、今はまだ相談中じゃぞジュルングル。しばらく黙っとれ! 歌のことなんぞどうでもいいじゃろう」

「いいか、ガレル。それにお前たち。わしらはわしらでやるのが一番じゃ。そうじゃ、そうに決まっとる」


 一人でヒートアップするユルルングル。彼が持つ絡繰仕掛けのグレートアックスも、赤熱して蒸気を上げていた。

 楽しそうに食いついてきたのは、好奇心旺盛なミルキィである。


「ねえ、何やってんのジイさん? もしかして斧と話してんの? ねえねえ、この斧どうなってんの? 変な仕掛けばっかりじゃない?」

「……引っ込め、耳長めが。わしは部族の仲間と相談をしとっただけじゃ。そして結論は出た! お主らのような胡散臭い連中のことは信用ならん! 食ったらここを去るがいい」

「ふーん……そーなんだ。そりゃ残念。じゃあ、食べ終わる前にやっとこうか」


 ミルキィは両掌を合わせて「パン!」と軽く鳴らし、こう続けた。

 「感想戦ね」と。


「まずはアタシ。偽宝箱ミミックの件は、完全にアタシの落ち度だったね。引き受けた役割はやりきらないとダメだ、悪かったよ。感情の調整、もうちょい気をつける」

「まあ、あの程度のピンチなら、なんとかならないでもない。複数の敵への対処が出来なかったのは、俺の落ち度でもある」

「そうだね! ロザはそこんところ注意して。あんたとアタシが両方好き勝手やってたら、コインちゃんが大変だからね。コインちゃんも、アタシが暴走したら蹴っ飛ばして止めるぐらいでいいから。いい?」

「なかなか、難しいですが……。鋭意、努力します!」


 ミルキィの言葉を受けて、シスター・コインは両拳を握り、決意を強めている。

 三人組はこうして当たり前のように、エルフを中心にダメ出しを始めた。「あれはナイスプレー」と、良い部分にまで話は及ぶ。彼女の言葉にならうのであれば、これは「感想戦」なのだろう。

 状況についていけないユルルングルは目を丸くしている。シスターを肘でつつき、説明を求めた。


「こりゃあ……なんじゃ。何をやっとるんじゃ、お主らは」

「見ての通り、反省会……感想戦です。こういう場が必要だとミルキィさんが言うので、旅の途中から、ちょくちょくやっているんですが……珍しいですよね」

「ジイさん、大事な話の途中なんだから邪魔しないでくれる? ……って追い払いたいところだけどさ。アタシ、ジイさんにも言いたいことあるんだよね」

「耳長が? わしに言いたいこと? 悪口合戦なら乗ってやってもいいぞ、もう二度と会わんじゃろうしな!」

「違うっての。会ってすぐ、『急げジジイ』って罵って悪かった。アタシさあ、演奏の前後は感情が高ぶってるから、気が立ってんだよね。ごめん」

「……はあ!?」


 高い頭を素直に下げるミルキィに、ユルルングルは絶句した。

 思わず野太い声で笑ったのは、ロザリオマスクである。


「どうだご老人。うちの仲間は面白いやつだろう。呪歌とやらの行使には、感情の爆発が必要らしくてね。この感想戦は、情熱に振り回される自分を省みつつ、更に音楽の完成度を上げるための、ミルキィなりの自助努力だよ」

「なんだよ、アタシが自分の都合だけでやってるみたいじゃない。ロザも乗り気だったでしょ? 『それはいい! だが反省会では名前が良くない。感想戦にしてはどうかね?』とか言ってさ」

「ああ、感想戦は俺も嫌いじゃないんでね。それに、戦いの中でパフォーマンスを高めるための適切な自制と暴走というのは、レスラーの俺にも通じる話だしな……」

「……ふん。変わり者中の変わり者じゃな、お主は! 耳長の……娘」

「よく言われる。理解のあるパーティーに拾われて助かっちゃった。へへ」


 笑いかけるミルキィに、ユルルングルは藪から棒に質問を投げかけた。


「お主、セイレーンの倒し方を知らんか?」

「へ? セイレーン? 歌う鳥女のモンスターだよね? なんで急に」

「倒し方を、知っとるのか、知らんのか? わしは歌のことはちっともわからん。お主ならわしより詳しいだろう」

「倒し方っていうか、歌を封じる方法なら、わからなくもないけど……」

「それは本当か! よし、手を貸せ! セイレーンさえなんとかなれば、風詠かざよみ遺跡に抜けられるはずなのじゃ」


 話が見えず、不思議な顔をする一行をよそに、ユルルングルは意気揚々である。


「お主らと手を組もうと言っとるのじゃ。ハヴザンドを倒しに行くんじゃろう。だったらこの洞窟を抜けねばならんじゃろうが。わしは遺跡に抜ける道を知っとる、そこを案内してやろう!」

「……なるほど、これは心強い! 旅の仲間に古強者が加入……と言ったところかな?」

「勘違いするでない、ロザリオマスクとやら。わしの本領は、錬金術師じゃ。戦いよりも絡繰いじりが専門になる」

「料理が専門じゃないんだ? ジイさんのこのフカヒレ蒸し、マズいわけだわ……」

「なんじゃと、耳長娘が! 文句があるなら食わんでいい!」

「言われなくったってアタシ以外もみんな、一口しか食ってないじゃないよ! サビくさいし味は薄いし! 行動をともにするんだったら、こういうのも感想戦していかないとね、“炊事番”のジイさん?」

「ぐぬぬぬ……やはりお主は好かん! 行動をともにするのは取りやめじゃ!! わしには部族の20人の仲間がおる! 奴らも耳長とは相容れぬじゃろう!」


 またもや揉め始める、小さな身のドワーフと大きな身のエルフに、割って入ってなだめるシスター・コイン。

 ロザリオマスクは、「ドワーフとエルフが揉めるのを人間が仲裁する、あるあるシーンが目の前で展開されている……!」と、少し喜んでいた。なお、サビ臭いフカヒレの錬金蒸しを、彼だけは完食していたという。

 こうして、ダンジョン内での一休みは、物別れで終わりそうだったのだが。その時である。

 洞窟の遥か高みから、地底湖にぼちゃんと何かが落ちてきて、またもや大きな水柱が上がったのだ。


 時間を少々巻き戻し、この風詠かざよみ遺跡の本来のルートである、罠に満ちた一本道での執事とオークの対決がどうなったのかを振り返ってみよう。

 女騎士を圧倒した時に同じく、オークが不意に飛び上がって百貫正座で落ちてくる。中年執事の頭上に向けてだ。

 この正座を目前まで引きつけきったところで、左右に一本ずつ持った短剣に凍気漂わせ、両手揃えてのジャンプアッパーカットのように下方から上方へと、ぶった切って執事はオークを迎撃する。

 ただ一言、「氷竜斬ひょうりゅうざん」と口にしながら。

 ぶつかりあった攻撃は、どう見ても体格差でオークの勝ちである。だがそのパワーを凌駕する問答無用の斬撃で、中年執事は一方的に飛び込みを対空していた。

 すなわち執事が放ったこの氷竜斬、出がかりに無敵時間が存在するのだ。

 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『アイスエイジ』中年執事!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る