第17話 投げキャラVS鮫『ラグい』
「なんじゃ、あいつら……」
くわえていた魚の骨をプッと吐き捨て、不満げにそう漏らしたのは、地底湖付近の闇に潜んでいた小人である。
不満であるのには充分な理由があった。食事中に洞窟上方から大男や女や瓦礫やモンスターらが落ちてきて、高く上がった水しぶきを、頭からかぶったからだ。
ヒカリゴケが発する淡い光で浮かぶシルエットは、小人が蓄えるたくましき髭をあらわにする。この男、ドワーフであった。
年季を感じさせつつも、どこかコミカルで弾むような調子で、ドワーフの相談が暗闇を行き交う。
「洞窟の上から落ちてきよったぞ。ありゃあどういうことじゃ、ガレル」
「ん? ああ、そうじゃな。バイアメなら知っとるか?」
「ボッビ・ボッビのほうが詳しかろう。ほれ、話したそうに息巻いとるわい」
「これ、黙らんか! マンガル・クンジェル・クンジャ。お前は本当にお調子者でいかん!」
「ああ……もういいわい。わしらだけで相談しとっても埒が明かん。落ちてきた人間をわしが捕まえて聞けばいい。そうじゃ、そうに決まっとる」
断定口調で話をまとめ、立ち上がったのは小さき老人であった。
ドワーフは元より人間よりも小さく、髭面で老人めいてはいるが、それにしてもドワーフの中でも
そんなドワーフが手に取ったグレートアックスは、彼の身長を超えるほどの大きさだ。洞窟内で鈍く光る斧のあちこちは、絡繰仕掛けが施され、ドワーフならではの細工や改造が行き届いているのがわかる。
老いたドワーフが持ち手のトリガーをいくつか引くと、斧から生えた管より蒸気が吹き出し、刃が幅広に変形した。
地底湖に向けて駆け出したドワーフは、斧を横薙ぎに振って水上に浮かせ、刃の上にサーフボートの如く乗るのであった。
蒸気が推進となって、右へ左へ、湖面を行き交う!
「おい、そこの男! わしにつかまれ、足がつくところまで引っ張り上げてやる」
「うわっ、なんかすげー面白ギミックでジイさんが助けに来た……!?」
「……んん? お主、その耳! エルフか? エルフは好かん! どうせなら人間を助けたかったぞ、わしは!」
文句を言いつつも短い手を伸ばす、老ドワーフ。
相手は吟遊詩人のエルフ、ミルキィだった。ドワーフとは対象的な、細長く柔らかなその手指を、差し伸べられる助けの手とは逆方向に向ける。水面に浮かぶギターをつかんだのだ。
そのままギターを持って片手で泳ぎ、ミルキィはドワーフに言う。
「人間の女の子も落ちてるはずだからそっちを助けて! アタシは自力で泳いで逃げっから!」
「ああ!? アホか! 鮫が襲ってきとるんじゃぞ!! まずはお主はわしに助けられれば良いじゃろうが! 仲間も後で助けてやるわい」
「後だったら間に合わないかもしれねーじゃんか! いいから急げジジイ!」
救援を断るようにしてミルキィは、息を吸うだけ吸って潜る。「口の効き方がなっとらん過ぎる!!」というドワーフの怒号が聞こえていたが、無視して潜水。肺活量をフルに活かして、水中探索である。
そして見つけた。湖底にまだ沈みつつあった、ロザリオマスクと目があったのだ。
ミルキィはギターを見せて親指を上げ、「こっちは大丈夫」とばかりにレスラーにアピールした。
となるとロザリオマスクが今助けるべき相手は、シスター・コインのほうである。底から見上げて水中を見渡すのだが、ばたついたコボルトやその体から流れた血、落下した瓦礫のせいで、澄んだ水でも視界は曇りきっている。
力なく浮かんでいる人影がひとつ、かろうじて見えたのがその時だった。大きさ的にコボルトではなさそうだし、ミルキィの無事はたった今確認した。しかも、その人影にまっすぐ鮫が近寄っている。助けるべきは、あれだ!
湖底にて両足を踏ん張り、ロザリオマスクは泳ぎではなく、ジャンプにて水上を一気に目指した。それと、さっきからずっと思っていた。ラグい!
水中では動きが阻害されて緩慢になる。まるで不安定な通信対戦で、操作に遅延が起きるラグ現象のように、動きがすっトロい。すなわち、ラグい。
鮫の口が迫るシスター・コインを1フレームでも早く救出したいのに、水中を猛然とジャンプで飛び上がっていくそのスピードが、遅すぎる。両手両足でもがいて速度を上げるが、間に合わない。ついに鮫の口が、か弱き乙女の脚に、食らいついてしまった!
「コイィイイイイイン!!」
絶叫と共にロザリオマスクが放ったのは、ジャンプ頭突きであった。この一撃は鮫の腹を捉え、レスラーと鮫が重なったまま水の上に飛び出して、大きく跳ねる。
間一髪間に合ったかと思ったが、残念ながら間に合わなかった! 鮫の強靭な顎は対象を噛み砕き、右脚を奪い去ってしまったのだ。
鮫に飲まれ体を失い、それでも残った手足を動かし続ける、凄惨なる被害者の姿……! 哀れなる死者、シスター・コイン……!
だがよく見ると違った。鮫に噛み砕かれたのはウッドゴーレムである。中年執事が上の階から落としたやつだった。
シスター・コインは無事ドワーフに助けられて、水上に引っ張り上げられているところであった。ミルキィも自力でどうにか逃げ延びている。
「紛らわしい……っ!! 本気で焦っただろうがああああっ!!」
ジャンプ攻撃を終えて水面にバシャリと落ちたロザリオマスクと、同じく跳ねて水面に落ちた鮫。鮫は頭突きをモロに受けて、気絶していた。
そこにロザリオマスク、怒りと焦燥の、ファイヤー・ドラゴン・バスターだ!! 洞窟内は暗転した。
撥水加工の魔法がかけられたギターを、早速奏でるミルキィ。かくしてステージが創出され、超必殺技ゲージが消費され、鮫が倒されるクライマックス。
つかまれた鮫が何度も投げられ十字の形でぐるぐる回って、渦巻き上げるシャークネード!
水面にビターン! 鮫の背ビレがグニャァー! 十字の形の水柱が上がった!!
改めて老ドワーフは、奇妙な連中の大暴れに、感想を漏らした。
「なんじゃ、こいつら……」
――こうも壮絶な出会いから、三十分程度経った頃だろうか。彼ら四名は、自然洞窟内の地底湖そばにて、鍋を囲んでぐるりと岩場に座り込んでいた。
出会い頭に意気投合したというわけではない。落水して体力を奪われた面々の回復を図るため、服を乾かしている間に、自然とこうした格好になったのだ。
シスター・コインとミルキィ・エルウッドは服を脱いで半裸。コインの祈りでやわらかな明かりが灯る中、身を寄せ合っている。
ロザリオマスクは背を向けている。「気になさらないで下さい」とのコインの申し出には、「紳士かつ、神父なのでね」と応えた。
「ロザがあの態度なのに、ジイさんがこっち見てるの納得行かなくない? 暗視持ちだしよく見えんじゃないの?」
「わしが見とるのは、火加減じゃ! お主らのような小娘の裸に興味があるか、バカエルフが。つるっつるの肌なんぞつまらん」
「あのねえ、ジイさん。コインちゃんはこう見えてつるっぺたじゃないんだけど?」
「ミルキィさん? あの、変な情報流さないでくださいね? ロザリオマスクにも聞こえてますしね?」
グダグダと揉めながらも、彼らが仲良く一箇所にとどまっていたのは、中心にある鍋が理由であった。
シチューがグツグツと煮込まれている……ということはない。なぜなら鍋はひっくり返されて、蓋としての役割を担っていたからだ。
老ドワーフが「頃合いじゃろ」と蓋代わりの鍋を持ち上げると、その下には巨大な斧が赤熱していた。一気に蒸気が広がり、暖かさで周囲が満たされる。
絡繰仕掛けのグレートアックスが放つ蒸気の熱で、皆で暖を取っていたのだ。濡れた服もスチーム温熱で乾かされている。
「腹が減っとるから、小さいことが気になって揉める! そうじゃ、そうに決まっとる! フカヒレの錬金蒸しじゃ。食うが良い」
斧の刃の上では、先ほど倒した鮫から取られたヒレが蒸されていた。
熱源を元に料理を行い、その周りに集まって体を温め、衣服も乾かす。冒険者であれば、焚き火を中心にして頻繁に野外で行われる行為だ。熱源が火ではなく斧になっただけなのだが、見た目の違和感があまりにもすごかった。
ロザリオマスクはと言うと、クリスチャンラリアットで何度もぐるぐる回って、着ている神父服を乾かし終えたところだった。こっちも見た目の違和感がすごい。
ギターを抱えた長身に短髪のエルフ女も大概なのだが、霞んで見えるほどに、変な斧と変な大男がヤバかった。
状況と立場を察して、シスター・コインが提案する。
「あのー……。先ほどは助けていただいて、ありがとうございました。せっかくですので、お互いに自己紹介でも……」
「元より、そのつもりじゃ。食い終わるまでの間、話すがいい。お前さんらが何者なのか、わしの仲間も知りたがっておる。おい娘、皿は持っとるか?」
「はい! あ、あの、わたしはコインと言います。聖貨教の神官で……」
話しながらコインがバックパックをあさり、皿を数枚取り出すと、老ドワーフはそれを奪うようにして受け取る。
フカヒレを四人前に取り分けつつ、こちらも名乗った。
「わしは、“炊事番”ユルルングルという。わしらの部族でのメシ作りを任されとってな。老いぼれにはこれが一番向いとるわい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます