第16話 女騎士VSオーク『ワールドワイド』

 倒したウッドゴーレムを落とし穴ピットに放り捨て、耳を澄ませる。中年執事の元にわずかな水音が届くまでには、しばらくの間があった。

 やはり闇の奥には水場があるようだが、音が届くまでの時間差から考えて、穴はかなりの深さに思える。下って様子を見に行くには何らかの準備が必要だと、彼は確信を深めていた。

 黒き薄絹も裂くような悲鳴が、通路の奥から聞こえてきたのがその時である。

 状況の確認に少々時間を取りすぎたようだ。振り向いて彼は、女騎士らの元へと向かった。


 かたや女騎士プランタンはと言うと、オークの体当たりを受けて転倒し、すぐさま起き上がろうと黒ストッキングの美脚を曲げ伸ばししていた。切れ味鋭き『聖骸布』デュランダルが、床に刀傷を残す。

 猛スピードで豚っ鼻を女騎士に激突させてきた和装のオーク、ノージャガー曰く「大苦肉おおくにく師匠」は、ぶよぶよに太った腕を着物の胸元にスッと差し入れ、扇子を一本取り出した。

 これを広げて手前に二度三度と繰り出すと、風をごうと巻き起こし、女騎士に向けて仰ぐの仰がないの。

 プランタンが木人相手に放った皕列脚ひょくれつきゃくに同じく、無数の残像を伴って圧倒的扇子が襲いかかった!


「あ、あわわ……ガ、ガード……」


 狼狽しつつも表情崩さすプランタン、起き上がりに重ねられた扇子の洗礼をなんとかガード。

 ところがこの扇子が浴びせる風は一度のガードに収まらず、上へ下へと幾度も仰ぎ続けてそのたびに、ガードの上からゴリゴリと体力を削っていく。

 かくも暴力的な必殺技を出しつつ大苦肉おおくにくはと言えば、念仏のようにぶつぶつと何かを口ずさんでいるではないか。


「あー、扇子。これがですねぇ、あっしらの業界じゃ扇子じゃあなく、『風』って呼ばれてましてね。暑くなるってえと、何度もこうやってバタバタやって、風ぇ吹かせて涼むでしょう。しかしこんなでかい図体を涼ませるにゃあ、風どころか、嵐ってぐらい仰がなきゃダメだってんで、仰いでるうちにこんな技になっちまった。どうですかい? 仰がれるご身分ってのは。まぁ、べっぴんさんに風を向けたって、女心はそう揺らぎゃしないってぇもんでしょうが」


 よく聞けばその言葉は立て板に水、聞くものの耳にスーッと通る抑揚の利いた声である。

 そのまま百遍の風を仰ぎ終えて体力奪い、女騎士の目前にて正座で構える大苦肉おおくにく。口にする噺は、未だ続いていた。


「しかし男ってぇのは馬鹿なもんで、惚れた女がちょいとこっち向きゃあ、なびいてると思っちまう。ましてや書面で約束なんて取り交わしたら、相思相愛に違いない、ってぇんで。たとえ相手が花魁だろうと、惚れあってると信じちまうわけで……」

騎高眼きこうがん!」


 オークの一方的な噺を無視してプランタンは、無表情の目からリップルレーザーを放つ飛び道具、騎高眼きこうがんにて距離を離して様子を見ようと試みる。

 ところがこれを待ってましたとばかり、斜め上空に豚っ鼻で飛び上がってスルリとかわし、正座の姿勢でプランタンの頭上に落下してくる機敏な百貫、大苦肉おおくにく

 覆いかぶさってきたオークの百貫正座を、女騎士もギリギリ立ってガードしはしたが、次々に繰り出されるワールドワイドな相撲の技に、先ほどからパニック状態である。

 いやこれ、相撲か? と疑問を呈したところに繰り出される、本格的な相撲の技がひとつ!

 奇天烈なオークの矢継ぎ早の動きに、半ば思考停止でじっとガードを固めたプランタンの細き腰をぎゅうっとつかみ、胴回りを太い腕で締め上げる投げ技。

 サバ折りであった。


「あああああーっ……!!」

「するってぇとあれかい、お前さんも同じ起請文を持ってるってぇのかい? おかしなこと言ってもらっちゃあ困るってんだよ、じゃあ俺が持ってるこれはなんだ。花魁をやめて俺が身請けするってぇ、約束じゃねえか!」


 女騎士はオークに幾度も抱きしめられるようにしてダメージを負い、耳元で盛り上がる噺を聞かされた。かぶりつきの高座である。

 このぎゅうぎゅう締めのサバ折りで体力を大幅に奪われた女騎士は、黒スト美脚をバタつかせて投げから逃れ、一旦着地。

 そこにずいっと歩み寄り、再び扇子を振ろうとするオークに恐れをなして、ガードモーションに入ったのだが。

 このガードを見越していたかのようにオークは、一瞬の間を置いて扇子を胸元に仕舞い、しつこく女騎士につかみかかった。またもサバ折りである!


「あああああーっ……!!」

「私はねぇ、世界中のカラスを殺してやりたいんだ。カラスを殺してどうするってぇんだ? ゆっくり、朝寝がしてみたい」

「あ、ああ……」


 大苦肉おおくにくが噺を終えると同時に、女騎士プランタンは寝入るように力なく気絶した。オークの攻撃で体力をすべて失ったのだ。何もさせてもらえぬままに、K.O.である。

 美脚さらけ出し倒れ伏す敗者の前にてオークは、静かに正座。頭を下げて「お後がよろしいようで……」と、噺をひとしきり終えた後での定型句を述べていた。


 豚風亭大苦肉とんぷうていおおくにく

 異世界においても無差別級の格闘技、ましてや異種族交えての超々無差別級格闘技である、相撲の世界にて番付を上り詰め。

 ところが相撲に同じく和の国の独特の文化である、落語の話術にふと魅入られて、身軽にも転身したオークである。

 モンスターの闊歩するこの世界にて噺を広め寄席を開き、戦いと娯楽を猪突猛進の豚鼻突きでワールドワイドにお届けする、まったくもって突拍子もない男だ。

 このオークの奇妙な強さは、こうしたいびつな経緯によるところが大きい。

 豚鼻空中突進の、相撲とは思えぬ技も恐ろしい。百遍の風を重ねてゴリゴリ削る、扇子の連打も危険だ。だが何より、噺を口ずさんで独特のリズムに相手を巻き込む、状況支配力がズバ抜けている。

 常識の通じないおかしな戦い方を前に、あれよあれよと飲まれて対戦相手は負けるという、自分の世界ワールドに相手を引き込んで勝利をもぎ取るタイプのファイターにして噺家だ。

 そして選ばれし戦士プレイアブルキャラクターの一人でもある。


 ロザリオマスクを倒すための対策のひとつとして、ノージャガーがこのダンジョンに雇い入れた、いわば用心棒であったわけだが。謎の乱入者三人組を倒すために、急遽前線に放たれることとなってしまった。

 ところが大苦肉おおくにく当人としては、この待遇に喜びを感じていた。彼は対戦相手を待って奥に引っ込むのをあまり良しとしないタイプであり、機会があるなら何人とでも戦いたかったのだ。

 戦闘狂のような紹介ぶりだが、そうではない。噺を聞かせたいのである。それも戦いの中で! なんとも厄介な師匠ではないか。


「おや……? 『お後がよろしいようで』というのは、まだ話し手が後に控える際に、自らの芸を謙遜して言うものだと聞きましたが」


 大苦肉おおくにくが声をかけられて下げていた頭を上げると、歩み寄ってきていたのは、ようやくこの場に駆けつけた中年執事だ。

 ロザリオマスクが落ちた穴の先を探っている間に、仲間の女騎士が倒されてしまい、眉尻にはシワが寄っている。

 彼の疑問に対して、オークは牙を嬉しそうに揺らして応えた。


「博識なお客様だねぇ! 落語をご存知ですかい? そうなんですよねぇ、本来でしたらその後に噺家が続かないようであれば、『おありがとうございます』とお礼を申し上げまして、噺は終わるわけですがね? まだお客さんがいるってぇのに、あっしが勝手にトリを務めて帰るわけにもいきませんでしょう。ですからまぁ、『お後がよろしいようで』と、今回は申したわけですが」

「つまり、二本目の噺を、わたくしの為に既にご用意いただいていると。そういう理解でよろしいでしょうか」


 執事はそう言った。

 ダガーを右に一本、左に一本。二刀構えて放つ殺意とは裏腹に、ごく丁寧な口調で。


「武者修行の身であるお嬢様に、稽古をつけていただいたのは感謝しております。修行の必要のないわたくしは、あなたをただの障害として、排除するだけですが……」

「こいつぁ……朝の稽古より楽勝ってわけには、いかなさそうだ。まぁしかし、楽な道ってのは早々ない。えぇ。商売の道にもいくつかございまして、道具屋さんっていうのがありますでしょう」


 話と噺が徐々に噛み合わなくなり始め、お互いにお互いのペースに巻き込まれぬよう、静かに対峙。

 執事とオークによる新たな戦いの火蓋が、切られようとする。


 一方その頃、ロザリオマスクらが落とし穴に落ちた、地下ルートでは!

 自由落下の最中に、動きを早める呪歌を奏でた吟遊詩人のミルキィ・エルウッド。その効果は演奏者である自身にも及び、速弾きを更に加速させ、ギターの弦も切れよとばかりの超速演奏を可能としていた。

 おかげで落ち切るよりも早く、防御行動に移れたロザリオマスク。「このチームの荒事は俺が一手に引き受ける」との宣言通り、ミルキィの長身とシスター・コインの小さき身を抱え、ともに着水。

 ダンジョン下部の自然洞窟、地底湖の水面に広き背中で激突し、高く水柱を上げた。

 女子二人を抱えてはレスラー得意の受け身も功を奏さず、したたかにダメージを負ったが、自らがクッションとなりミルキィとコインはほぼノー・ダメージ!

 投げキャラの大きな手から女たちを離し、水上へ解き放つ。ロザリオマスク当人は、落下の衝撃を未だ抱えたままで、水底にごぼごぼと沈んでいった。


 見上げて目に入る風景は、澄んだ湖の底から見える、水上付近の様子だ。ロザリオマスクが守った仲間以外にも、ダンジョン上部の割れた床や、コボルトたちの姿も見える。早く浮上しなければ、あれらが害を及ぼすかもしれない……。

 そう思った矢先、コボルトが噛みちぎられた!

 一体何に? 大きな口にである。鋭き歯にである。水中にまぶされる血潮の赤、獲物を狙う獰猛な目、水を切って泳ぐヒレ。

 鮫だ!!

 阿鼻叫喚のコボルト、泳ぎ逃げ惑う美女二人。美女かどうかは若干怪しいが、この際、美女と呼ばせていただこう。

 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『映画の花形モンスター』鮫!!

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