投げキャラVSダンジョン編 七つの聖遺物

第15話 女騎士VSウッドゴーレム『木人』

 ルヴェンジュ家は、随一の女騎士の家柄である。その強さを支える屋台骨は三本。

 ひとつは不滅の刃デュランダル。魔を滅し数多あまたを切り裂く刃デュランダルは、『聖貨』や『聖槍』に並ぶ聖遺物であった。

 屋台骨のもうひとつは、ルヴェンジュ家の財力である。世の流行を先取りし、不滅の刃デュランダルをベースとして量産された薄絹は、戦いにおける女騎士の魅力と脚力とを、遥かに底上げしたという。

 そして最後のもうひとつは、ルヴェンジュ家が類まれな美脚の家系であることだ。


 かつての一大対戦は過ぎ去り、仮初の平和を保つこの異世界にて、彼女らが持つ御御脚おみあしは殊に、王侯貴族に珍重された。

 ましてや蠱惑の陰影を描くモノトーンのナイロンに包まれしストッキング美脚の力、如何ばかりか。

 戦後、女性とストッキングは強くなったと言われている。

 恐るべきはこの二つが組み合わさったとき、生まれるもの!

 そう、それは、果てしなき美脚!

 美しい脚は美しいほどに輝きと鋭さを増し、まさに刀剣の如き切れ味と破壊力を伴うことは、周知の事実なのだ。

 『聖骸布』デュランダル。これを美脚にまとった女騎士こそが、プランタン・ソル・レヴェンテ・ルヴェンジュその人なのである。


 当代随一の美脚の女騎士であること。その証明として『聖骸布』デュランダル以外の遺物を手に入れること。

 これがルヴェンジュ家の女子に課された使命であり、彼女は武者修行のために執事と護衛を連れ立って、世界各地を回っていた。

 修行のための対戦相手としてうってつけ、しかも聖遺物のひとつ『聖貨』を所持する選ばれし戦士プレイアブルキャラクターでもある、ロザリオマスクとの対戦を欲して、こうしてダンジョンまで追いかけてきたはずだったのだが。

 相手となるべき投げキャラは目前で落とし穴の底に消え、自らはその穴を渡りきったかと思えば、通路脇から続々とモンスターが湧いてきている。


「だりゃあああっっ!」


 全身鎧の護衛が両手剣を振るい、敵に向かって打ち下ろす。

 鎖に繋がれた木製のゴーレムは、動きこそ単調で可動範囲も少なかったが、この場を守るに最適の型を取り、剣すらも受け止めて跳ね返した。

 侵入者に対して突き出されるウッドゴーレムの拳は、木目調でありながら丸く磨き上げられた鉄球のようである。これを規則的に左右から、何体ものウッドゴーレムが放ってくるのだ。

 女騎士プランタンは、ルヴェンジュ家での修行時代をすぐさま思い返した。彼女が戦闘術の基本を学んだのは、こうしたウッドゴーレムではなかったか。


「これは、木人もくじん……。彼らの動きはわかっている。僕に任せて」


 財あるものが己の力を高めるために、トレーニング用のゴーレムを持っていることは、この世界ではさほど珍しいことではない。

 中でも女騎士プランタンは、実戦騎士道とストッキングを組み合わせた全く新しい戦い方を、木人拳もくじんけんにて既に習得しているのだ。


皕列脚ひょくれつきゃく!!」


 女騎士、またも技名を叫んだ!

 手を地についてプランタンが両脚で放った蹴りは、あまりの速さに百の残像を残した。右脚で百、左脚で百、両者を足せば二百。これすなわち、ひょく

 ルヴェンジュ家に伝わる伝説の蹴り技、皕刀列具脚ひょくとうれっぐきゃくだ。略して皕列脚ひょくれつきゃく

 しかもこの蹴り、ただの蹴り技ではない。脚を曲げ伸ばしするたびに地肌が適切に浮かぶ透け感バッチリな黒ストッキングの美脚が、刀剣の如き切れ味と破壊力を伴うことは、周知の事実なのだ。

 護衛の両手剣すら跳ね返した木人の豪腕が、美脚によってシャキンシャキンとなます切りである。

 とは言え通路脇にずらりと並ぶ木人、その数は圧倒的だ。皕列脚ひょくれつきゃくの合間を縫ってウッディーな拳が差し込まれるのだが、これを女騎士はなんと!

 皕列脚ひょくれつきゃくを途中でやめて、立ちガードで防いでみせる。ロザリオマスクが見せた、選ばれし戦士プレイアブルキャラクター特有の異質な能力で、である。

 その上、ガード硬直が解けた直後に繰り出された次なる脚技は、ウッドゴーレムの拳をすり抜けてカウンター気味に炸裂だ。

 出がかりに無敵時間があり、攻撃と同時に防御を行える、その技とは?


「スプリングモードレッグ!」


 女騎士、またもまたも技名を叫んだ!

 落とし穴を空中移動にて回避して見せた、例の逆立ちしての大開脚からの大回転、黒スト美脚を大胆に露わにした移動大々回転蹴りを放つことで、進行上のウッドゴーレムたちを軒並み巻き込んで切り伏せていく。美脚で。

 シャキーン、ズバーッ。

 奇妙にも見えるこの蹴り技は、ルヴェンジュ家の類まれなる美脚と不滅の刃デュランダルによる、商品アピールにもなっている。ランウェイをウォーキングするのではなく、戦場にて美脚ひけらかし相手を切り伏せスピニング。

 騎士や戦士や魔法士の女子が、これを見てこぞって足元オシャレと戦力アップを意識すると言う。まさしく春の流行の脚スプリングモードレッグであった。


「いやー、切れ味はグンバツだけどさあ、プランタンお嬢様。若い女がスカート脱ぎ捨てて戦うのは、感心しないぜ?」

「それは……僕のことは、女と思ってもらわなくって結構だ」


 護衛の言葉に対し、美しい顔の表情を変えることなく、きりりと言い放つプランタン。

 彼女の母はルヴェンジュ家の跡取りとなる美脚女子に、幼少期から英才教育を施している。そのひとつが、「女は脚で語りなさい」である。

 言葉も必要ない。笑顔も必要ない。戦場でも社交界でも脚一本あれば全て渡っていけるほどの女になれ、このルヴェンジュ家の者であるならば!

 という旨の教えであったのだが、何をどう取り違えたのかプランタンは脚で物事を語るのは苦手なまま、言葉や表情で何かを伝えるのはより一層に苦手になり、比較として脚のほうがいくらか雄弁であるという形で帳尻を合わせた。

 格好つけていても喋るとすぐに「あわわ……」だし、いつの間にか僕っ娘になっているし、せめて顔色だけは変えまいと努めていたら美しき鉄面皮が完成されてしまったのだ。

 その無表情な顔立ちの、切れ長で整った目から、リング状のレーザーが放たれる。


騎高眼きこうがん!」


 女騎士、よもやの三つ目の技名を叫んだ!

 これもまたルヴェンジュ家に伝わる熱視線の技、騎高眼きこうがんである。

 プランタンのピンクの髪が勢いでふわりと揺れ、遠距離のウッドゴーレムに飛び道具が当たって撃墜された。


皕列脚ひょくれつきゃく! 騎高眼きこうがん! スプリングモードレッグ!」

「必殺技のオンパレードだなあ。護衛の出る幕ないぜこりゃあ……」


 美脚の刀で木人もくじんをチャンバラ活劇同然に切り刻み、ぐんぐん進行する女騎士。

 金属鎧の護衛が戦うことを諦めて、ランタンで周囲を照らす役に戻ったその頃。

 プランタンお嬢様からも離れて別途行動していたのは、この三人組の中心人物であるはずの、中年執事である。松明を掲げて覗いていたのは、ロザリオマスクら先行組が落ちた穴だった。


「深い闇……。助かる見込みはなさそうですが、水音がした気もしますね。かつての城塞都市であれば、水場があってもおかしくはないのか……?」


 推測を述べるも、それ以上降りていく方法が彼にはない。手持ちのロープで下れる深さではなさそうだ。

 更にはその背後にウッドゴーレムが一体、「穴の底が見たいなら落としてやろう」と言わんばかりに迫っている。

 すぐさま松明を手放し、振り向いて何かを一閃。暗きダンジョン内で、青白い光がほとばしった。

 再び松明を点け直し、通路のあちらこちらを見渡す中年執事の、落ち着き払った顔。眼前には切り裂かれたウッドゴーレムの姿が残るのみである――。

 この戦いを毎度のことながら、ダンジョン奥地で鏡越しに眺めていたのは、獣人幼女ノージャガーだ。


「何が起きたのか、一瞬暗くて見えなかったのじゃー!」


 肝心なところを見れなかった悔しさでぷりぷり怒る姿はかわいらしいが、既に紹介したように、こいつ中身はおっさんである。

 そんなノージャガーに向けて、中年執事がドヤ顔を押し付けるかのように、鏡越しに超どアップで映り込む。急速にカメラがズームしたのには、理由があった。

 ダンジョン内、通路上方に仕掛けられた小さな鏡に執事が気づき、飛び上がって近づいたのだ。一定の距離を置いて不自然に仕掛けられたこの鏡、監視のための魔法の鏡であろうと、執事は見抜いたのだ。

 見抜いたとは言え、これほどの垂直跳びを助走も無しにこなすことは、常人であれば不可能である。危うく天井にすら届きそうなこのジャンプ、軽装の執事が選ばれし戦士プレイアブルキャラクターであることを如実に示す一足飛びであった。

 そのまま、落とし穴を飛び越えた時と同じ空中連続回し蹴りにて、鏡を割る。


「あああ、割った! あいつ嫌いなのじゃ! 回線切りやがった!!」


 ノージャガーの嫌悪の声は、通信の届かぬ先の対戦相手である、執事のもとには届かない。

 こうして執事の見立て通り、ダンジョン内部を映すために必要だった鏡はいくつか壊され、映像が途切れ、ノージャガーに彼の動きは追えなくなってしまった。

 更に言うなれば、この魔法の鏡の監視カメラは、ダンジョン内の部屋や通路には定期的に設置しているが、想定外のルートである落とし穴の底には、用意がない。

 ノージャガーがロザリオマスクの落下に困っていたのは、このせいだった。ダンジョン奥地で様子を見ながらレスラーの到着を待ち構えているはずだったのに、視認できないどこかに奴は消えてしまった。

 あらかじめお伝えしよう、ロザリオマスクらの現在の様子は、次話にでも明らかとなる! しばし、獣人幼女と中年執事と美脚女騎士らの悶着をお楽しみ下さい。


「あー! もー! こうなったらしょうがないのじゃ!」


 ステッキの先端を空中でぐるぐる回している動作もかわいらしいノージャガー、中身は凶器攻撃上等のヒールレスラーである。

 そんな彼女の傍らに、本物のレスラーのような巨漢が一人姿を表す。地下へと姿を消したロザリオマスクが戻ってきたのかと、錯覚するほどの体格であった。


「せっかくロザリオマスク用に雇ったのに……! 知らん連中にこれ以上荒らされても困るし、頼むのじゃー」

「ブフーッ……」


 牙を生やした口元より、雄々しく息吐く豚頭ぶたがしらの巨漢。

 半人半豚はんじんはんとんの威容、彼こそはこの世界に住まう異種族が一種、オークであった。

 竜や象すら転移してのけた、のじゃテレポートを実現する杖、『聖槍』をぐるぐる回し、ノージャガーが作り上げていたのは転移用の次元の穴である。

 穴のサイズが徐々に広がり、オークの身の丈にあう大きさとなった、その時。

 オークは身にまとう和装の裾を開き、蹲踞そんきょから手をついて正面見据え、じいっと構えたかと思えば、猪突猛進の猛スピードにて真横にすっ飛び、テレポートの門をくぐり抜けて行く。


「任せたのじゃ、大苦肉おおくにく師匠!」


 大苦肉おおくにくと呼ばれたオークがテレポートで飛ばされた先は、鏡がまだ存在する場所。女騎士プランタンがウッドゴーレムをひとしきり倒した、木人の直廊であった。

 瞬間移動で急遽現れた和装のオークの空中突進技をかわせるわけもなく、ガードすら間に合わず、豚頭ぶたがしらを腹に食らって吹っ飛んでしまうプランタン。

 ピンク色の髪が、花弁を散らす桜の如く、はらり数本舞い落ちた。

 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『空飛ぶ百貫師匠』オーク!!

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