第14話 投げキャラVSコボルト『ステージ変更』

 コボルト集団に突っ込むロザリオマスク。ドラゴンすら生身の投げで倒した、異界の戦士である。低レベル帯の戦士一人でも勝てるような相手に、遅れは取らぬ。

 早速クリスチャンラリアットでぐるりぐるりと回り、並み居るコボルトをばったばったと回転のたびに倒そうと試みるが、回転する拳が、当たらない!


「むう……。当たり判定が小さい」


 背の高さの違い故、グルグル横に回る大男の拳を無視して、普通に歩いて近寄ってナイフで刺してくるコボルト。

 クリスチャンラリアットは、動作途中で止められた。画面上部に浮かぶロザリオマスクの体力ゲージが、わずかに減少する。

 ならばと小刻みなローキックでコボルトの足元を狙い、ぺしぺしと追っ払う。か弱きコボルトには多少の効果が見込めたが、所詮は立ち小キックの連打である。決定打には至らなかった。

 火竜の顔を蹴っ飛ばした、中段蹴りミドルキックを振ってみるロザリオマスク。リーチもあり威力もそこそこある、牽制や差し返しにはもってこいの技なのだが、これもコボルトに身をかがめられるだけで当たらない。背丈がロザリオマスクの半分以下なのだ。


「座高の低いキャラか……! しゃがまれるだけで技が当たらん! というか、歩いてくるだけで俺の技がだいぶ当たらん! 相性の悪い難敵だ……」

「そんな……? 普通の戦士でも倒せるレベルのモンスターなのに、ロザリオマスクが苦戦されるなんて……!」

「キャラ相性というやつだよ、シスター。だが、つかんでしまえばどうということはない。要はつかんで投げてしまえばいいのだろう?」


 お決まりのセリフを述べて、コボルトを一匹つかむロザリオマスク。

 その小さき体の両手をつかんで十字の形に極めるのは、いささか窮屈そうに見えた。巨漢のレスラーが子供服を試着しようと、持ち上げて眺めているような滑稽さである。

 見た目は悪いが、つかんだことには変わりはない。おなじみの十字の形の固め技から、回転運動、そして上昇!

 かくして天井にぶつかって床に落っこちる、コボルトとロザリオマスク。中途半端に地面にビタビターン!

 でかいやつが落ちたせいで、遺跡の地面に少しヒビが入った。


「どういうことだ、天井があるだと? いや、気づけばステージがなくなっている……? 体力表示もない! 歌が流れていないぞ? ミルキィはどうした」

「あああああ! ミルキィさんが食べられてますぅうう!!」


 通路の端に転がった宝箱に、頭部を挟まれちゅうちゅうと吸われているミルキィ。

 バードの歌が止まっていたわけである。


「あっ、こっ、これは魔物辞典ムックによると、ミミックというモンスターで、宝箱に擬態して、近づいてきたバカな冒険者から養分を吸うので離れて下さーい! 聞いて下さーい!! ミルキィさーん!」

「動転するな、シスター・コイン。今はモンスターの詳細など良い! そもそもミルキィは頭ごと吸われているのでその助言は聞こえていなぬぐおわあっ!?」


 女二人を心配して振り向いたロザリオマスクの尻を、コボルトが石のナイフで刺す。続々と刺す。犬顔の小人が群れでちくちくちくちく刺す。そして噛む。

 アシッドシティでの常套手段、雑魚に囲まれた際の掃討手段、クリスチャンラリアットで回ってみても、背の低いコボルトには当たらないとさっきも言っただろう! またまた、ちくちく、コボルトが、刺す!

 こうした大ピンチを鏡に映し出し、眺めてせせら笑っていたのは、獣人幼女ノージャガーである。彼女はダンジョンの最奥地、広間の一角にてロザリオマスクの戦いの様子を見つめていた。


「大成功なのじゃー。絶対コボルトが相性悪いと思って配置しておいて正解だったのじゃ。下手すると、お前が相手の時より苦戦してるのじゃ」


 ノージャガーが獣の耳と黄色いまなこを向けた先には、丸くなって体を休める火竜ハヴザンドの姿がある。


「コボルトやミミックだけではないのじゃ。その通路には他にも罠がいっぱいあるのじゃ。だってー。ノージャガーはー。この生活を手放す気はないのじゃからー。そのためには全力なのじゃー」


 相変わらずの気の抜けた声で話し、かわいらしく左右にステップまで踏んで見せる獣人幼女。急に声色を変えて物騒なことを言う。


「ケヒヒヒヒヒ……! ロザリオマスクよう……! 俺様は感謝してるんだぜぇ? てめぇにブチ殺されたおかげで、こんなに可愛らしく生まれ変われたんだのじゃー」


 あらかじめお伝えしよう。この獣人幼女ノージャガー、中身はおっさんである。

 前世の名前は、ジャガンナータ! アシッドシティの地下プロレスでロザリオマスクと戦っていた、ターバンにサーベルの悪役ヒールレスラーだ。

 黒い狐のペイントが施されたトラックで、暴力組織バッドビルの仲間とともにロザリオマスクを襲ったジャガンナータだったが、このトラックごと投げ飛ばされてしまったのは、以前にも説明した通りだ。

 運転していたジャガンナータ、吹っ飛んだトラック内部でこの時に死亡! 異世界に転生する。

 果たして何の因果であろうか。ジャガンナータは胸に密かに思い描いていた憧れの姿、獣耳のじゃロリマジックユーザーおじさんとして、ファンタジー世界で生き返ったのだ。

 手に持つ杖は、魔法少女のステッキさながらの特殊能力を備えており、テレポート、火の玉、急降下、そして何より伸縮性。

 妖術使いであった彼が持ち得た能力、伸びるサーベルの一撃と同様に、この杖は伸びて遠距離に攻撃が出来るのだ。

 それは彼の持つねじれた木の杖が、『聖槍』であるからに他ならない。


「俺様の前世を知る人間は、いなくていい! だからここで死んでもらうぜロザリオマスクのじゃー。変な仲間には面食らったが、このダンジョンには三人でしか入れないはずだ。もう救援も来やしねぇ……ん? なんなのじゃ」


 コボルトとミミックの同時攻撃に、あっさり壊滅状態のロザリオマスクたち。ノージャガーの元でその惨状を映す鏡が、ダンジョン内の視点を入り口へと移動させる。

 するとそこには、また別の三人パーティーがダンジョン内に侵入し、歩を進めているではないか。

 美麗な女騎士と、軽装の中年執事、全身金属鎧の男の三人組である。

 金属鎧の護衛は、そこまで着込んでいるにもかかわらず後衛に引っ込み、魔法のランタンを大事そうに抱えていた。

 やがてその光が、先行パーティーの苦戦ぶりを照らすに至る。中年執事が目ざとく正体に気づき、仲間に対して呼びかけた。


「あれは、探していた異界の戦士では? 助けに参りましょう、お嬢様」


 女騎士は表情を崩さず、しかしロングスカートを緊張でずっと握りしめている。


「あわわ……助太刀しないと……」


 そんな救援が駆けつけているとも知らず、大乱闘のロザリオマスク組は、エルフの首をミミックから引き抜こうとしていた。

 宝箱を両手につかんで固定する役を担うロザリオマスク。豪腕で無理に引き抜いて頭が取れても困るので、脱出はミルキィ当人が両手足を踏ん張って行っていた。

 シスター・コインもエルフの体を持って引っ張る。うんとこしょ、どっこいしょ、それでもバードは抜けません。

 迫りくるコボルトは、ロザリオマスクが背中で押し留めている。つまりずっと尻や脚をナイフでちくちくやられている。チリも積もればなんとやらで、このままではプロレスラーとて命に関わる。体力ゲージは表示されていないが、背後はとうに血まみれだった。

 と、ようやくミルキィの首が、ミミックから抜けた! 勢いでロザリオマスクはミミックを手放して尻餅をつき、コボルトになお一層襲いかかられている。

 「悪ぃ……」と仲間に侘びつつ、げほげほ咳き込み倒れ伏すミルキィ。シスター・コインは介抱のためにエルフに近寄った。


「いえ、それよりも今はロザリオマスクを回復しないと……? ああ、どうしたら。ええと……ええと……!」


 狼狽するシスターを見て、レスラーの脳裏に嫌なものがよぎった。

 いかん……笑え! それが神父として、なすべきことなのだ。並み居るコボルトを振り払い、男は起き上がる。


「……はははははは! 斯様かようなザコ、何匹いようとこのロザリオマスクの敵ではない! 見つけたぞ、攻略の糸口を!」


 大笑いしながら大男は大股に歩き、大箱をつかんで大きく天に掲げた。やることが、とにかくデカい! 低く漏れ出す「アーメン」の声。

 今しがたエルフから引き剥がしたモンスター、ミミックを高々持ち上げて、なんと力強い祈りであろう。モンスターたちもひれ伏すかのような、神父の祈り。

 だがこの祈りには物理的な奇跡が付随していた。祈りの合掌の間にミミックを挟み込んで、飛び上がってタッチダウンのごとく地面に叩きつける!

 ゴーストを倒したあの技、プレイングパワーボムだ!


「少々強引な手になるが……ステージを変えさせてもらう」

「えっ?」


 ロザリオマスクの言葉に、この場にいたシスター・コイン、後方から駆け寄ろうとしていた女騎士たち、更にはダンジョン奥地で鏡越しに戦いの様子を見ていたノージャガー。全員が「えっ?」と言った。

 スクリュー・プリースト・ドライバーでは、上昇力が強すぎて天井につかえてしまう。だが、軽く飛び上がって地面に叩きつける程度の技であれば、ダンジョン内でも可能であろうとロザリオマスクは考えた。

 先程、天井にぶつかり床に落ちた際に、軽くヒビの入った床。古い遺跡は乾いた風でところどころが朽ちていた。

 この床、もろそうだ! 偽宝箱ミミックをぶつけてみたら、穴が空くんじゃないか?

 リング設営の経験も豊富なレスラーが出した答えは、ビンゴである。床には大きな穴が空いた!

 想定外だったことと言えばその穴があまりに大きすぎて、床一面が崩落したことである。罠だらけのこの通路には、実は深い落とし穴ピットも用意されていたのだが、コボルトが丹精込めて床を塗り固めてあった。自分たちが落ちないように。

 それをレスラーが力ずくで割ってしまった。暗き穴に、皆で落ちる。


「ははははは、やっぱりだ! コボルトがまとめて床下に落ちていく! ミミックもだ!」

「わたしたちもですよ!! どうするんですかー!??」


 そう、戦いにくいコボルトたちをまとめて巻き添えにして、倒そうというところまではロザリオマスクの予定通りだったのだが、ここまで大きな穴で全員まとめて落ちるとは思わなかったし、床の下は空洞だった。

 どんどんどんどん落ちる、レスラー、シスター、バード、モンスターたち!

 慌ててギターをかき鳴らし始めたのは、ミルキィである。その歌は死出の旅時に向かう葬送曲レクイエムではない。アップテンポの行進曲マーチだ。

 これを聞いたものは皆が一様に動きが素早くなるという呪歌である。呪歌の効果を受けて、ロザリオマスクは落下速度よりも早くシスターとバードを身近に抱き寄せ、大きなその身に包み込む。

 こうして三者、落水! 床を割り抜いて遥かその下、自然洞窟内の地底湖に落ちたのだ!


「……なんじゃ」


 地底湖の暗がりにて、落下の際の水をかぶって不満げに声を上げる、髭の小人。

 口から骨を吐き出して、巨大な斧へと手を伸ばした。


 一方その頃、この床の崩落は、ロザリオマスクの後方から迫っていた女騎士の三人組のもとにまで届いていた。

 あわや、彼女らも共に落下するところであったのだが!


「お嬢様、準備は良いでしょうね」

「う、うん! あわわわわ……!」


 中年執事は床下に落下せず、回転しながら宙を舞った。

 全身金属鎧の護衛をお姫様抱っこで連れたまま、空中にてブゥンと、回し蹴りを放つ。

 二度、三度、四度、五度。地に足をつけることもなく、物理法則を無視して、まるで竜巻のように回り回って、大きな穴の上を通過していく執事。

 女騎士の方はと言えば、緊張でつかんでいたロングスカートをバッと脱ぎ捨て、逆立ちをしたかと思えば大開脚。

 ロングスカートに隠されていた女騎士の類まれなる美脚は、デニール低めの薄手の黒ストッキングに包まれた、刀剣の如き輝きを持つ一級品の業物である。

 その透け感、実にフェミニン!


「スプリングモードレッグ!」


 女騎士、技名を叫んだ!

 逆立ちの大開脚のまま薄黒ストの美脚でぐるぐると回転して空中を移動し、彼女も中年執事に同じく、床に空いた穴を見事に回避してみせたのである。

 ダンジョンに空いた大穴、その下に落ちていったロザリオマスク組、穴の向こうに無事に到達した女騎士三人組。

 ダンジョン奥地で鏡越しに、すごい顔でそれを見ているノージャガー。


「なっ……な……!? どういうことなのじゃー! こいつら、どうして二人もこんなところにいるのじゃ……!! 選ばれし戦士プレイアブルキャラクターが……!」


 あらかじめお伝えしていたことを、あらためて振り返ろう。

 


「しかもロザリオマスクは、すげえ下に落ちたのじゃ! どうなってるのじゃ……。これも罠なのじゃ? わらわも知らない罠なのじゃ! お前知ってる?」


 ノージャガーが火竜に尋ねるも、ノーコメント。「NO!」と頭を抱える幼女。

 しかしこの魔法使いが用意したおもてなしの罠は、引き続き発動してしまう。割れた床の向こうの通路には、ウッドゴーレムが何体も待ち構えていたのである。

 本来であればここにはロザリオマスクが来ているはずだったが、全員落ちた。コボルトやミミックごと落ちた。たどり着いたのは、空中をグルグル回って飛んで横移動して穴を回避した、わけのわかんない連中なのである。

 ロングスカート脱ぎ捨てて、艶かしくも黒ストッキングの美脚閃かす、無表情の美麗女騎士。

 この者、名を、『プランタン・ソル・レヴェンテ・ルヴェンジュ』と言う!

 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『中世ファンタジーストッキング剣豪』女騎士!!

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