第13話 投げキャラVS罠『キャンセル』

 砂混じりの風が流れる荒野に、朽ちかけた土壁が埋もれている。

 かつては地下城塞があったこの場所は、数百年ほど前に火竜ハヴザンドの根城と化し、魔力を吸われ火に焼かれ、乾ききった土地となった。

 今ではドラゴンを恐れて誰も訪れぬこのダンジョンこそ、風詠遺跡かざよみいせきである。


「コインちゃんの防護魔法プロテクションのおかげで、ここまで喉が無事で良かったよ。アタシ帰ろうかと思ったもん」

「お役に立てて光栄ですけど……コインちゃんって呼ぶのやめてくださいってば、ミルキィさん」

「いいじゃん、コインちゃんはコインちゃんだもん。だよね、ロザ?」

「ロザリオマスクに異様になれなれしいその呼び方は、もっとやめてくださいよ!」

「いーじゃーん。アタシは好きなように呼ぶし、好きなように歌うし、好きなように帰る」

「帰るのは一番ダメですからね!?」

「三人の道中は話題に事欠かず楽しいものだ。なあ、コイン? ミルキィを仲間にして正解だっただろう」

「正直言っていいですか。お二人が相手だと、楽しいけどわたしが疲れます……」

「アタシをこんな常識ハズレと一緒にしないでよ、コインちゃん。まあいいや、それより遺跡の中に入っちゃおう。いいでしょロザ?」

「そうだな。吹きざらしは君たちには辛かろう」

「どうしてロザリオマスクは略すのに、わたしはわざわざ、ちゃん付けで呼ばれるんだろう……」


 それぞれ言いたいこともある三者、しかし今の目的は同じだ。風詠遺跡かざよみいせきの中に入り、進む。

 土壁にある三つの手形に、あるものは身をかがめ、あるものは手を伸ばし、同時に触れることで遺跡の入口が開いて中に入ることが出来るのだ。

 階段を降下し、いざダンジョン・アタック!


 火竜が居座るよりはるか昔には、地下城塞であったこの遺跡。内部は自然洞窟ではなく、古びた石壁に囲まれていた。

 迷宮探検競技を楽しむ間もなく、入場して即時に小部屋にて待ち受けるは、まだらのローブの魔法使いである。ダンジョン入って即座にラスボスご登場であった。

 しかもこの獣人幼女が杖を掲げて、「のじゃっ」と一声かけると、なんと。

 次元の大穴からテレポートして呼び出されたのは、象である。以前戦ったときのような火球の攻撃ではなく、普通に象。

 これが地を駆けて突進し、狭き小部屋ではロザリオマスクら三人組に逃げ場などない!


「手はず通りに」


 ロザリオマスクが低い声でそう告げると、慌てることなくシスター・コインは祈りを捧げ、ミルキィはギターを弾いて優雅に歌い始めた。

 するとどうであろう、小さき部屋はまるでインドの悠久の大地のように広がりを見せ、ロザリオマスクは戦闘空間を無事に確保するではないか。

 第七の遺物『コイン』による結界に守られたシスターとバードは、各々が背景ステージの左右に別れて立ち、画面端となって戦いの領域を定義する。

 一連の流れるような動き、遺跡に至るまでに既に三者で打ち合わせ、道すがらに何度も戦いを済ませたがゆえのコンビネーションであった。

 この様子に驚いたのは、獣人幼女のノージャガーである。「のじゃー……!」と呻くその目前で、ロザリオマスクがフライングボディプレスで高く飛び上がる。男のジャンプは、突っ込んでくる象を飛び越すほどの勢いだ。

 走る象の背中に、フライングボディプレスによる体当たりで一撃!

 着地と同時にしゃがんで放った、象の蹄を蹴り飛ばす足払いで二撃!

 足払いから、目にも留まらぬスピードで立ち上がっての、両の拳でグルグル回る十字のラリアットで、三撃!


* * *


 目にも留まらぬスピードと表現されるその動き、目に留まるはずなどない!

 まるでコマ飛びしたフィルムのように、時間がコンマ数秒吹き飛ばされたかのように、動作の一部がキャンセルされて、連続攻撃が繰り出されているのだ。

 これぞ、ガードやジャンプに同じく、選ばれし戦士プレイアブルキャラクターに与えられた特殊な力、『キャンセル』!

 通常行動の最中にコマンド技を入力することで、動作を切り上げて必殺技に繋ぐ事が出来るため、異常なまでの高速で技を繰り出したように錯覚するのだが、その実……。

 攻撃のスキそのものが『キャンセル』され、戻りのモーションがこの世から消し飛んでいるのだ。

 故に、足払いをした瞬間に立ち上がってクリスチャンラリアットで回転することなど、造作もなきこと。しゃがみ中キックの間にパンチボタン三つ同時押しである。

 コマンド説明で言うは易し、しかし理屈は無茶苦茶だ! 恐るべしは、暴力組織バッドビルを追い詰めた覆面レスラー、ロザリオマスクといったところか。

 機会があれば俺も一度、マッチメイクしてみたい相手……。

 とは言え、町長としての忙しきこの身が、ふたつあればの話だがね。ハッハッハ!


――シガー町長(談)


* * *


 飛び込みよりの足払いからのクリスチャンラリアットで、吹っ飛んだ象。起き上がると頭の上でヒヨコがピヨピヨ鳴いている。宙に浮かぶ「3HIT COMBO」の表示。これらも全て、呪歌の演出のなせる技であった。

 すかさず近づき象の鼻をつかみ、スクリュー・プリースト・ドライバーで投げるロザリオマスク。ミルキィの呪歌によって広がった場は、小部屋の天井を無視して上への空間を創出しているのだ。

 地面にビターン! 鳴き声がパオーン! 床には十字の落下跡(象)が残った。

 と、そこに差し込まれるは伸びる杖! ロザリオマスクはこれをしゃがんですかす!


「このまま連戦か? 魔法使いノージャガー。いいや、この伸縮する攻撃、それに魔力の炎、俺を投げで倒したあの動き……。貴様、ジャガンナータと何らかの関係があるのか?」

「変な仲間を連れて来たから、待ち構えて罠を仕掛けてみたら、えらいことになったのじゃー……」

「ああん? 変な仲間ってアタシのことかよ!」


 ロザリオマスクとノージャガーの会話に、思わず割って入るミルキィ。演奏が途絶え、背景が消えてしまう。


「ここで戦う気はないのじゃ。いっぱい罠を揃えて待っているから、せいぜい追ってくると良いのじゃ」

「いいや、逃さん! 話を聞かせてもらうぞ。その杖についても聞きたいことがある。それは本当に『聖槍』とやらなのか? だとすれば、寄越せ! 俺には遺物が必要なのだ!」


 小部屋を抜けて一本道の古びた通路を駆けていく、獣人幼女ノージャガー。

 その後ろから、つかみかからんと追いかけてくる覆面神父は、どう見てもこっちのほうが悪役ヒールである。

 そんなロザリオマスクについていく、シスターとバードの女二人。レスラーの巨体を先頭に、三人パーティーは急場作りの隊列で、のしのしと進んだ。


「のじゃー」


 明かりのない通路の闇にスライディングで飛び込み、獣人幼女ノージャガーは姿をくらませる。

 そこでギターを爪弾きながらエルフが鼻歌を始めると、静かな歌が響いて渡り、暗い通路にも視界が通るようになっていく。

 これも吟遊詩人バードの呪歌の一種だ。反響の届く範囲を見渡せるようにするこの歌は、神官の祈りやランタンの灯りよりは広範囲を照らすものの、当然のごとく『音』という致命的な欠点を抱えている。

 だが、このダンジョンに入るに当たって、敵に待ち構えられているのはロザリオマスクらも承知の上。その敵のボスが目の前で逃げているのだから、自分たちの存在が音でバレるかどうかはこの際どうでもいいことだ。

 闇の中のかくれんぼから即座に見つけられたノージャガー。のじゃテレポートを再度使用し、本格的にどこかに消え失せた。

 シスター・コインは、開幕五番勝負でも何度も閲覧した魔物辞典ムックを片手に、辺りを見回している。新たな敵に注意を払っていたのだ。

 消えた魔法使い、真っ直ぐと続く道。エルフの鼻歌が響く中、三者の行軍は続く――。

 するとロザリオマスクが、「カチッ」という音とともに床の一部を踏み抜いてしまった! 同時に通路の壁から横薙ぎに放たれる毒矢が、最前列の男を襲う!

 これぞダンジョンの恐るべきトラップ、アロースリットである!


「クリスチャンラリアット!」


 片脚で床を踏み抜いた不安定な姿勢を即座にキャンセル、ロザリオマスクは両拳を左右に伸ばし、グルグル回るクリスチャンラリアットで毒矢をすり抜けた。

 毒矢は何事もなかったように、反対側の壁に突き刺さった。胴体にある無敵時間のおかげである。


「ふう……。同時押しコマンドに失敗したら危ないところだった」

「危ながるポイントが、常人とかけ離れています。さすがです、ロザリオマスク!」

「こんな方法でアロースリット無効化したやつ、アタシ初めて見たんだけど」


 これで危険を察知したロザリオマスクは、三者の中でより先行して通路を進み、するとこの一本道に、あるわあるわの罠! 床を踏み抜いてはまた飛ぶ毒矢! クリスチャンラリアットで抜ける! 無効化!

 頭上から降り注いだ石礫は、立ちガードでがががっと防いだ。足元から飛び出る針山は、しゃがみガードで無傷。ボム系の爆風はドラミングステップで相殺した。

 後方グループから「このおっさん、やべーわ」とエルフの声がする。


「ミルキィさん、お気持ちはわかりますが、呪歌を絶やさないようにしてくださいね。それともランタンに切り替えますか?」

「いいよ~大丈夫だから~♪ ロザのおっさん、やっぱり~面白いやつ~♪」

「鼻歌交じりに面白がっているところ悪いが、質問をさせてもらおう。これはもっと面白い物かね?」


 通路の向こうから転がってきたのは、樽だ。

 反射的にしゃがみ大キックで蹴っ飛ばし、破壊してしまうロザリオマスク。


「危ないですよ!? なんで質問のお返事する前に蹴っちゃったんですか!?」

「すまん、ボーナスステージの癖が……!」


 シスターにさすがに怒られ、謝るレスラー。ボーナスステージとかまたわけのわからないことを言っているが、樽の中からは、なんと!

 宝箱が出てきた。ボーナスで正解である。


「お宝じゃ~ん~♪」

「あっ、不用意に近づくのは危ないですよ、ミルキィさん!」


 通路の脇に転がった宝箱に、楽しげに歌いながら寄っていく長身エルフ。感情パッションに行動を支配され過ぎである。

 シスター・コインは遺跡に来るまでの道中で、好奇心旺盛過ぎるミルキィの性格を知るに至り、「そういうタイプはロザリオマスクで充分なんです……」と、自分が一層しっかりするよう心がけていたのだったが。

 心がけていればどうにかなるかというと、そうでもないのがこういう連中なのだ!

 度重なる罠の中で転がってきた樽を蹴っ飛ばしてしまう前衛と、そこから出てきた宝箱にいそいそと近寄る後衛。ひどい。

 ましてやロザリオマスクときたら、この言いぐさだ。


「おお、これはいい! 俺にとっては、もっともっと楽しい奴らのご登場だぞ」


 通路の向こうからわらわらと姿を現す、犬顔の小人の群れ。

 ゴブリンよりも更に小さい彼らは、手に手に石のナイフを持って、こちらに襲いかかってくる。シスター・コインは、魔物辞典ムックをめくって怪物の名を告げた。


「それは、コボルトです! ダンジョンに巣食う矮小な種族で、知性にも腕力にも乏しいですが、群れで襲ってきます。お気をつけください!」

「はっはっは。ゴブリンをなぎ倒したことを考えれば、斯様かようなザコ、何匹いようとこのロザリオマスクの敵ではない!」


 次回、異世界二回転!!

 対戦者、『ザコ犬』コボルト!!

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