第12話 投げキャラVS吟遊詩人『トレモステージ』

 ざわめき立ったのは、酒場の客である。吟遊詩人のアツい呪歌で盛り上がり、そこに酔っぱらいの乱入が起きかけたかと思えば、覆面の大男がそいつをつかんで宙を舞って、天井にぶつかって落ちてきたのだ。

 その時シスター・コインは、「あー……また何かやっちゃいましたかね、ロザリオマスクが……?」という顔をしていたという。

 突如、演奏の雰囲気が様変わりした。今までの演奏も、吟遊詩人の奏でる曲にしては荒々しさを感じるものだったが、より激しく情熱的ソウルフルなものに、流れるように変化している。

 何より、エルフの顔つきが変わった。ロザリオマスクを見つめながら、心底面白そうに笑って歌っているのである。


「何っ? これは……!?」


 驚きの声を上げるロザリオマスク。酒場の他の者達も、呪歌によって変化する風景に一様に驚いてはいたが、投げキャラの覆面神父だけは驚く方向性が違っていた。

 先程ぶつかった天井は姿を消し、マス目で区切られた無機質な場に酒場が変化したのだ。

 画面上部には黄色いゲージが左右に二本ある。画面上部ってなんだ。


「これは!! トレモステージ!! 体力バーも見えているじゃないか! 見てくれシスター・コイン、これが体力ゲージだ!」


 喜んで画面上部を指すロザリオマスク。だから画面上部ってなんだ。

 しかし、これはロザリオマスクの妄言スレスレのいつものアレではない。なにせここにいる全員の目に、見えている光景なのだ。見ているそばから、体力バーの黄色いゲージが少々減少する。

 ロザリオマスクが振り向くと、先程の泥酔男が、レスラーの腰にフォークを全力で突き立てていた。噴き出る血。減っていく体力ゲージ。


「ははははははは! ほら、減っているだろう? 体力ゲージが! 俺はこれがゼロになったら負けなんだ! おいおい、異世界でも表示されるじゃないか!」


 画面中央には「Options」という表示まである。画面中央ってなんだ。

 ふと「Options」に触れて、その内容を確認するロザリオマスク。ウインドウが開き、指先でカーソルをいじる様子が、その場の全員にも見えていた。


「そうか、もしやと思っていたが、ラウンド一本制になっているのだな。固定されていて変更が出来ない……。よし、ではキーコンフィグを出そう。これで俺の言うコマンドの話もわかりやすく」

「ロザリオマスク! そんなことより体力が危険です!」


 異常事態にも多少は慣れたシスター・コイン、その説明を遮るようにして、泥酔客への対処を促す。覆面神父の言う「俺はこれがゼロになったら負け」を、彼女なりに理解したのだ。

 するとロザリオマスクは、泥酔客の腕を取って後ろ手に捻り上げ、一瞬で無力化した。フォークを取り落とす音が響く。


「もうやめておけ。これ以上やるなら、酔い覚ましに腕を折るぞ」

「ひいっ」


 静かにチンピラを制するロザリオマスク。酒場のいざこざは、あっさりと決着が付いたのだった。


「おいおい、それで終わり?」


 納得行かない様子なのは、歌い上げていたエルフである。演奏を中断し、不服とばかりにロザリオマスクのもとに歩み寄ってくる。酒場が元の景色に戻っていた。

 このエルフは体は細いが、背が高い。ロザリオマスクほどではないにしても、のっぽとのっぽの凄みあいには違いなかった。

 その合間に入ったシスター・コインの小ささが、浮き彫りになりすぎる。


「君はあれだろう、エルフだろう? おとぎ話に聞いた通りに、不思議な技を使うものだ」

「せっかく呪歌で盛り上げてやったのに、しょっぱい終わり方だねぇ、デカブツのおっさん」

「塩試合とは縁遠い身だ。しかしこれは試合ではないし、相手は素人。モンスターでもない! 天井が消えたのは投げキャラとしては好都合だが、本当にスクリューで投げてしまっては、チンピラが死ぬだろう?」

「言ってる意味はちょくちょくわかんないけど、見た目に似合わずお優しいもんだ」

「なにせ神父だからな。ヘイ、店員! ここにミルクのジョッキをふたつくれ!」


 険悪そうなムードで近寄った長身同士が、どうやら和解しそうになって、シスター・コインはほっと胸をなでおろす。

 彼女の心配をよそに、ロザリオマスクはエルフに向け、最大の疑問を投げかけた。


「それより一体、どうやってトレモステージを出したんだ?」

「トレモス……なんだって? よくわっかんないけど、あんたの心象風景を引きずり出して背景ステージにするぐらいなら、エルフの魔力と呪歌の作用で出来んだよ。戦いやすかった?」

「ああ、ゲージが見えているのはこれ以上なく戦いやすい! そうか、魔法でこんなことが出来る者がいるとはな……」

「あんたがどんな場所で戦いたいかとかはこっちも全然知らないけど、おっさんの知識と経験に合わせて、情景は生み出せるってわけ。ほら、歌ってそういうもんじゃん? 聞き手が勝手に頭の中でイメージふくらませるでしょ? あれを魔法で再現したってことさ」

「ダンジョンには彼を連れて行こう、シスター・コイン」

「えええ!??」


 いくらなんでもの即断即決に、なでおろした胸をなで上げたくなるシスター。


「ちょっ……え!? 彼を三人目の仲間にして、風詠遺跡かざよみいせきに同行してもらうんですか?」

風詠遺跡かざよみいせきに行くのか、あんたら? へえ、面白そうじゃん! あそこはいい歌が眠ってるってエルフの伝承で聞いたことあるよ」

「で、でも、火竜ハヴザンドが住まう場所だっていうのはご存知ですよね? あのー、吟遊詩人さんって、呪歌以外には何か、こう……」

「あ、エルフだからって魔法とか期待してる感じ? そういうのナイから。こちとら呪歌一本で渡り歩いてんの」

「問題ない。荒事はこのロザリオマスクが全て解決する。君のその呪歌とやら、ゲージの表示、ステージの創出! 充分に釣りが来る能力だ」

「つーかさあ。おっさん面白そうだし、女の子もかわいいし、仲間になってもいいんだけど。彼って呼び方、やめてよ」


 せわしなく届けられたミルクのジョッキをぐびぐびと飲み干し、歌で乾いた喉を潤す、エルフの女。


「アタシ、名前はミルキィ・エルウッドっての。一応言っとくと、女なんだよね」

「女性……! すみません、中性的な方なので、あの、てっきり、男性なのかと……!」

「いいよいいよ。この通り、背もデカいしガサツだしね。アタシに言わせりゃ、エルフの男が女っぽすぎるんだよ」

「ほう……! これは失礼した、ミルキィ。そうか、俺の知っているエルフとはだいぶイメージが違うな。こんなに背が高い女性が普通にいるとは……」

「いや普通じゃないよ。アタシよりでかいエルフの女とか見たことないし。男でもアタシより小さいことあるし」

「ですよねー……。わたしも初めて見ました……」

「ふむ、そうなのか。短髪のエルフというのも俺のイメージとは違うな。おとぎ話やゲームでは、男も長髪な印象だが……」

「ああ、エルフに長髪が多いのも間違いないよ。髪に魔力がこもってるからね。アタシは面倒なんで切って染めてるけど」

「……俺のイメージでは、吟遊詩人バードがギターを持っている印象もないんだが」

「珍しいでしょ? アタシ以外に使ってるやつ見たことない」

「ええと、わたしからご説明させていただきますと、ロザリオマスク。あなたとミルキィさん、この世界ですごく目立ちます……!」


 こうしてロザリオマスクとシスター・コインは、新たな仲間ミルキィと共に、風詠遺跡かざよみいせきに旅立ったのであった。

 男一人に女二人の三人組にて、いざ、投げに征く。

 一方その頃、第七の遺物の在り処を聞いていた、女騎士率いる例の三人組は!

 偶然にも、ロザリオマスクが療養していたこの街の、隣の酒場に宿をとっていたのであった。


「あわわ……世界が回る……」

「ですからあまり飲みすぎないようにとご忠告したでしょう、お嬢様」


 整った表情を崩すことなく、顔面蒼白にて女騎士、倒れる。

 傍らには同じく横たわる、全身金属鎧。

 酒臭い部屋で肩をすくめる中年執事。

 女騎士三人組、追っていた遺物とニアミス! お酒はマナーを守って適量に。


 そして次回、異世界二回転!! ダンジョン突入!

 対戦者、『心を込めておもてなし』罠!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る