第八話:魔法使い
陽が沈みかけた夕暮れ時、大通りの一角に面したその場所に、四つの人影ができている。
相対する金髪の少女とガラの悪そうな三人の男。頭に血が上っている様子の男たちとは対照的に、少女は表情に余裕を見せている。
店内にいた客の多くが窓を挟んで彼女たちを見ている。彼らの胸にあるのは男たちを懲らしめてくれるのではないかという期待と、本当に大丈夫だろうかという心配、そして、彼女が何をするのだろうかということへの好奇心だろう。
僕自身、脇に控えてその光景を眺める。ラナの心配などは微塵もしていないが、もしやりすぎるようであればそれを止めなければならないだろう。
「嬢ちゃん、泣いて謝っても許してやらねえからな」
「はいはい、わかったから。そっちこそ、やめるなら今のうちよ」
「ほざけ!」
男たちは対面も何も気にすることなく、一斉にラナへと向かっていく。彼らは手の届くところまで近づくや否や、腕を振り上げる。
見ている者の誰もが、その次に目に映るであろう光景を予測したのであろう。野次馬根性で見に来たのであろうが、思わず目をつむってしまう人までいるようだ。
だが、彼らの期待は裏切られることになる。
気づいた人間がどれだけいたかはわからないが、僕の目はしっかりと捉えていた。
――彼女の口元がわずかに動いていたことを。
そして、男たちの拳は彼女に届くことはなかった。
「な!」
自らの状態を呑み込めずに、男たちは思わず声間抜けな声を上げる。
しかし、驚いているのは彼らだけではない。観衆のほとんどは理解が追い付いていないという様子であった。
余裕ぶった笑みを浮かべるラナの周り、男たちの体は氷の彫像へと姿を変えていた。
動けないほどに全身は氷で覆われており、動かせるのは口だけであるようだった。
その容赦のない仕打ちに僕は彼女らしいと苦笑を漏らした。
「それで、誰を娼館に売り飛ばすって?」
「く、くそ、てめえ、魔法使いかよ!」
「魔法使いじゃないなんて一度も言っていないけど?」
「……ちっ」
舌打ちをした男の態度にラナはイラっとしたのか、きつく睨みつけた。
「アンタ、自分の立場が分かってる? このままここに放置することもできるのよ?」
「は、氷は溶けるだろうが」
「魔法について何も知らないのね、溶かさないようにすることなんて簡単なのよ」
彼女の言葉を聞いて、青ざめる男たち。
「なによ、急に静かになって」
「な、なあ、嬢ちゃん、俺たちが悪かった。だから――」
「やだ」
男たちは絶望に落とされる。
「なんて、冗談よ。いいわ、許してあげる」
「ほ、本当か!?」
「ただ、条件があるわ」
「な、なんだ」
「この店に近づかないこと。それと、私の前に現れないこと」
「わ、わかった。わかったから早くこれを解いてくれ! 冷たくて感覚がおかしくなりそうだ」
「根性がないわね。まあいいわ」
そう言って彼女が再び何かを呟くと、男たちの拘束はあっという間に解けた。
そして、ふと彼女が視線を逸らしたその時、男のうちの一人が好機とばかりに彼女に拳を振りかぶった。しかし今度は、彼女は魔法を使うこともなく男の拳を躱す。そして、勢いで前に傾いた男の鳩尾に殴打を浴びせた。
痛みからか、低い声で唸る男。それを見て、唖然とする他の二人。
「アンタたちの根性がひん曲がっているのはわかっていたわ。だけど、敢えて解いてやったのよ。魔法なんか使わなくてもアンタたちぐらいどうにでもできるって実演してあげるためね」
「……くそ」
「さあ、約束は守ってもらうわよ」
「わ、わかったよ。最後のはこいつが勝手にやっただけだ。許してくれ」
そう言って去っていこうとする男たち。ラナはそのうちの一人の腕を捕まえて声をかける。
「ちょっと! 何黙ってどっかいこうとしてるのよ。ちゃんと代金払っていきなさいよ」
「……仕方がねえな」
「は?」
「ひっ!」
文句を零した男はラナに睨まれて怯んで声を上げた。
そして、しぶしぶといった様子ではあるものの、男たちは代金を払うと、逃げるようにその場から立ち去って行った。
すると、ラナのもとへと先ほどの少年と店主らしき女性が出てきた。容姿がどこか似ているところから親子なのだろうと予測できた。
「あの、ありがとうございます。神官さん、ですよね?」
「神官? 違うわよ」
「え? そうなんですか? あんなにすごい魔法が使えるのに」
「ええ、だからそんなに畏まる必要なんかないわよ?」
彼女の言葉に少年は面を食らう。
それも仕方がないのだろう。この世界では、魔法が使えること自体は珍しくもなんともないのだが、
戦闘で使える攻撃魔法のような規模となると話は違ってくる。特に先ほどのラナが使ったような相手の動きを止めるように出力を調整することはとても高度な能力が必要となってくるのだ。
そして、一般的に魔法の技術はフイアル教への信仰心に比例するとされている。どういう原理なのかはよくわからないが、こういうわけで優秀な魔法使いはフイアル教の神官であることが多い。
「い、いえ、そんなわけにはいかないですよ。助けていただいたので何かお礼でもさせてください」
「そんなのいらないわよ。私がむかついたからやっただけよ」
お礼をさせてほしいと言う少年と、それを断るラナ。少年の方もなかなか引き下がろうとしない。そんな二人のもとに、一人の女性が近づいていった。その顔は僕にも見覚えがある。
そう、この店の女将さんだ。
「嬢ちゃん、私からもお礼を言わせてもらうよ」
「だから、私が気に入らなかっただけ。それに、よかったの? あいつらもうこの店に来なくなると思うけど」
「いいのさ、正直私たちも困っていたからね。いくらお客さんだっていっても限度ってもんがあるからね。それが、マナーを守って利用してくださっている他のお客さんに対する誠意ってもんだろう」
「なら、いいけど」
「なにかお礼をさせてください」
「しつこいわよ、いいって言ってるでしょ。それより、私たち急いでいるからもう行くわ」
「そ、そんな……」
「じゃあ、私はもう行くわ……リーオ!」
彼女は突然僕の名前を呼んだ。お金を持っているのが僕なので代金を払わせるために呼んだのだろう。
「お金」
「わかってるよ」
僕の予想は的中したようだ。袋から硬貨を取り出して少年に渡そうとすると、少年は驚いたように手を横に振る。
「そんな、お代なんてとんでもないですよ。せめてそれくらいのお礼はさせてください。でないと、こちらが恥ずかしいですから」
「だそうだけど、どうする?」
「……わかったわ。ならお言葉に甘えさせてもらうわ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ。本当にありがとうございました。……あ、せめてお名前だけでも」
「私はラナよ。こっちがリーオ」
「ラナさんにリーオさんですね! 僕はフィルと言います。改めて今日はありがとうございました!」
「何回言うのよ……」
「よかったらこれからも来て頂戴ね。サービスするよ」
「あはは……ありがとうございます」
「白い御身に、フイアル様の祝福がありますように!」
フィルと名乗った少年と女将さんは両の手を組み軽くお辞儀をする。英語で言う『Good luck.』にあたる決まり文句のようなものだ。ラナから聞いたことがあるが、白というのはフイアル教で身の潔白や美しさを表す色らしい。
僕たちも彼らに別れを告げると足早にその場を離れた。時間としてもあれから大分経ち、魔道具屋の老婆のもとに向かうのにも丁度いいころだろう。見たところ先ほどまでいた野次馬たちも既に店の中へと戻ったようだった。
陽が沈みかけた通りを、僕たちは記憶を頼りに戻っていった。
狂信だらけの此の世界 猫上紅葉 @katakago3
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