4. エピローグ

 メアリーとジェイミはカメリアを抱きかかえたままラウンジ車へ足を運んだ。予想通り乗務員に引き止められる。

「これより先はご遠慮下さい。只今貸し切り中でございます」

 メアリーは毅然と宣言した。

「それは承知しています。けれど大事な主役をお忘れです」

 メアリーがカメリアの両親がラウンジにいるでしょう、会わせてやって下さいと頼むと、乗務員は慌てた様子でラウンジへ入っていった。

 一分もしない内に、淡いオレンジ色のニットワンピースを着た女性が飛んできた。あまりのスピードだったのでメアリーもジェイミものけぞり、その衝撃でカメリアは目を覚ました。

「Maman!」

 カメリアは今起きているどんなことよりも、目を覚ましたら母親がいたと嬉しさだけで頭がいっぱいだったようで、母親の早口のフランス語にも分かっているのか分かってないのか、カメリア自身に起きたことをゆっくりとマイペースに話していた。

 カメリアの母親はアザレと名乗り、フランス語と拙い英語でメアリーとジェイミにお礼を云ってくれた。メアリーもできる限りのフランス語で答え、お互い笑顔になったところで、アザレとカメリアはラウンジへ戻って行った。

 ラウンジの中は発車した時には無かった風船が飾られ、ホールケーキも見えた。カメリアが加わったことでパーティーはさらに盛り上がり、母親アザレはカメリアを抱えながら、お父さんらしきスーツを着た男性は花束を持ったまま、二人は満開の笑顔で踊っていた。

「あれはなんのイベントなんだい?」

 部屋への細い廊下を歩きながらジェイミがメアリーに聞いてきた。深夜一時半前、大半の乗客は睡眠中で、さっきまでのパーティーの華やかさとは異なり、いくら廊下に絨毯が敷かれていると云えども二人の足音さえも聞こえてきそうなくらい、列車内も列車の外も静まり返っている。

「あれはきっと結婚記念日のパーティーね」

「よく分かるね」

 ジェイミは舌を巻いた。

「これは勘。でもケーキに花とくれば大抵なにかのお祝いでしょ。もしカメリアの誕生日祝いなら置いていくはずがない。カメリアのお母さんの誕生日の可能性もあるけれど、ほらイギリスでは結婚記念日が何年目かで贈る物が異なってるでしょ。一年目なら紙、三年目なら革、とか。花は四年目なの。カメリアの年齢が三歳だから、結婚四年目もあり得るかなと考えただけ」

「でも待て待て待て、まだ分からないことがあるぞ。どうしてカメリアの親がフランス人だと思ったんだ。それに探さなかったのはおかしい」

「フランス人だと思ったのは、名前と指の立て方。英語だとキャメリアだけど、あの子ははっきりとカメリアと発音したわ。それと三を表す指がフランス流だったしね。探さなかったのは、カメリアが部屋から出たこと自体知らなかったからよ。ずっとラウンジにいたんだもの」

「そんなこと云ったって様子くらい見てもおかしくないのにな」

「その点は同じ意見だけど、ジェイも云われたでしょ『貸し切りになります』って。そのことにカメリアが『この列車にお父さんも乗っている』と云っていたのを足すと、カメリアのお父さんはこのカレドニアン・スリーパーの乗務員だったの。だからベッドは一つで十分だったし、ラウンジを貸し切りにもできた。もしかしたら奥さんへのサプライズだったのかもね」

「ああ、確かに花束を持っていた人は制服っぽいものを着ていたな」

「でしょ」

「最後に一つだけ。結局カメリアはどの部屋で寝ていたんだ?」

 メアリーとジェイミはL車7号室のメアリーの客室前で立ち止まった。メアリーは眠い気持ちもあって端的に答えた。

「それならここの隣、Lの6よ。答えって意外と近くにあるものなのね」

 ははは、と二人は笑い合っておやすみの挨拶をした。


 メアリーがベッドに入るとすぐに眠気が襲ってきて、気がつくと窓から朝日が差し込んでいた。イギリスの田園風景に相応しい、見事な青空と一面の緑と黄色に輝く太陽が、メアリーに力強い寝起きを与えてくれた。結局相部屋になる客は来ず、後で占有料を取られたりしないだろうかと心配になりながら荷物をまとめた。

 朝食を食べにラウンジへ行くと、ジェイミが紅茶を飲んでいた。隣の席に座らせてもらい、少し世間話をしながら連絡先を交換し、メアリーは到着したグラスゴー駅で降りた。

 出発した時のロンドンに比べると少し暖かくて、メアリーはダウンジャケットを手に持って、好きな色であるペパーミントグリーンのセーターで胸を張って、両親の待つ実家へと向かって行った。



 これが十年前の春休みの出来事。メアリーは今ロンドンに両親を招いてホームパーティーを開いている。もちろんカメリアたち親子も一緒だ。

 あの後、カメリアの両親からメアリーに連絡があり、お礼がしたいと付き合い始めてからいつの間にか家族ぐるみの仲になり、カメリアはすっかり十三歳の素敵なレディに育った。そばかすを恥ずかしそうにしながら、それでもメアリーやメアリーの両親と楽しそうに話してくれる。

 カメリアは元々イギリスで生まれ育ったが、フランス人の母親の影響で英語とフランス語のどちらの言語も小さい時から話せるそうだ。カメリアの母アザレも英語を覚えてきたようで、ゆっくりとだがメアリーの両親と会話している。

 そしてメアリーの隣にはジェイミ。今日はメアリーとジェイミの婚約の日なのだ。

 二人を近づけてくれた天使であるカメリアに、メアリーもジェイミも感謝していた。

 メアリー、ジェイミ、カメリア、そしてメアリーの両親にカメリアの両親、みんなの笑顔が部屋いっぱいに広がっていて、メアリーは泣きたいほど幸せな気持ちになっていた。


―終―

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ペパーミントグリーン:春風 静嶺 伊寿実 @shizumine_izumi

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