レヴォントゥリ
若生竜夜
レヴォントゥリ
藍色の空で
凍りついた岩の間を
〈
私は霜の息を吐きながら、滑るように広間の一角に歩み寄る。そこには、私と、前の私と、前の前の私と、さらにその前の私と、……湖のほとりに住む村人たちが代々守り、
広間の奥、霜の浮いた透明な棺の中にそれは眠る。眠っている。私たち〈ロウヒ〉の
表面に手を当てれば、私の中に組み込まれている彼の
けれど、今夜きっと、そのほほ笑みと抱擁はない。ふた月半。前回の目覚めからたったそれだけしか経っていないこの訪問は、異例のことであるから。
私は暗闇を振り返り、追手の灯がまだ見えないことに安堵して、また階段を下っていく。巨人の吼え声が紺色の
今私を追いかける者――軍の男たちが村に現れたのは、三日前のことだ。彼らは言った。極北付近から出る自然の電波にまぎれて、この辺りから未確認の強い信号が発信されていると。新しく作られた軍の受信設備が偶然に捕らえたそれは、未知の言語で何事かを繰り返しているのだと。
子どもの悪戯だとは、彼らは判断しなかったのだ。歴史上いく度も周りの国に侵略され支配を受けてきたこの国の軍は、仔を連れた母熊のように神経質だ。
彼らは発信源を探し、村を突き止めてやってきた。私たちを狩り立てるために、銃を携えて。
村は、突然に他所からやってきた連中を警戒した。あたりまえだ。あからさまにぴりぴりとした軍の男たちを、歓迎するような者がどこにいる? まして、数千年も前から変わらない漁とトナカイ遊牧での生活をいまだに続けているこの偏屈な村が、彼らを受け入れるなんてこと、あるはずがない。
けれどあの気取り屋が、いけすかないうぬぼれやの男エイノが、私たちを売った。村人たちが
私たちロウヒは皆美しい。小さな顎も、白樺のようにほっそりとしなやかな体つきも、イルマリネンのうつくしさを明らかに写している。それはこの惑星の知的生命体の歓心を買い、庇護を受けるために作られた姿だ。
私たちロウヒの使命は二つ。動けぬイルマリネンの代わりに収集した
銃を構え小屋に押し入ってきた男たちを前に、私は部屋に火をつけて、裏口から逃げだした。持ち出せたのは、この身ひとつ。けれどそれで充分だ。私は、湖の下のイルマリネンと、私の中のイルマリネンの
トナカイ革の靴が
銀緑色の光をまとう影のもとへ、私は走り寄る。
「イルマリネン!」しなやかな腕に私は抱きとめられた。
「私が来るってわかっていたの?」
白い息が、彼の胸に当たってキラキラと輝く。
『感じたから』触れている部分から、彼が思考を流し込んできた。こんな時でもイルマリネンの思考は、
『思考は読み取れなくても、恐怖はわかる』
心臓が強く拍打つ、たまらない愛しさで。〈ロウヒ〉に組み込まれた、
「戦うの?」私は尋ねた。「この広間を、
『いいや。
イルマリネンの指が私のうなじに触れる。彼の能力が生体に干渉し、アポトーシスを誘導した。私を形作る細胞が、破壊と再構築の急激なサイクルに入る。熱い。私は呻いた。自壊した細胞から放たれた熱が、内側から私を焼く。変容がもたらす痛みに身をよじりながら、凍りついた床に私は倒れた。
苦痛に涙しながらのたうち、震えあえぐ私の骨が、肉が、肌が、あらゆる器官の細胞が結合を解かれ、本来の形であるどろどろの細胞スープに戻っていく。抜け殻じみた衣服が浮かぶ蛋白質の水たまりから私はいくつかの段階を経て成形しなおされ、固く、しなやかにやわらかい体を得て、四方へと手足を伸ばした。
地を這う根となった私のうつくしい脚はオクタヘドライドの床を突き破り、半壊した
私は
私が動かす船、この
* *
先住する少数民族の伝説で、
震源を北部の小さな湖と記録する長い地震の直後、震源地周辺の地域から相次いで報告された、湖から天へ昇る強い輝きを目撃したという情報は、未だ報道されず、公式にも記録されていない。
レヴォントゥリ 若生竜夜 @kusfune
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