第2話

 再び坂の下で合流した彼女たちは特に荷物は持っておらず、私服に着替えていた

「ごめ~ん、私が最後?」

 そう言って駆けてきたゆのはカッターシャツに水色のベストを着て膝丈までのこげ茶のスカートに黒のソックスを身に着けていた

「うん、ゆのちゃんが最後だよぉ」

 そう答えた由希はウサギのワンポイントが描かれた黄色い長袖シャツに黒のロングパンツ姿だった

「暗くなったら身動きができなくなるから山手より、住宅街突っ切ったほうがいいかな…」

 と、既に逃走ルートを考えている唯は黒いパーカーにワインレッドのミニスカートに黒のニーハイ姿であった

「私もそう思う。もうすぐ日も暮れちゃいそうだし」

 ゆのが視線を空に向けると日は沈みかけており、数時間もすれば真っ暗になるのが見て取れた

「だねぇ。そうしよっか」

 有希も賛同する

「とりあえずは歩きでいいよね?ほんとに追っかけられてから走る感じで、方角は…西の方!」

 やや抑えきれない感じの声で唯が提案する

「おっけ~。ずっと走るのは無理だもんね~」

「うん、いいと思うよぉ」

 2人が了承すると、

「それじゃあ西へ!」

 唯が声をかけると3人は同時に身を翻し同じ方向を向いてから歩き出す


「でもさ~、なんで西な訳?」

 3歩も歩かぬうちにゆのが口を開く

「新天地を求めるときは『西へ』、って言うじゃない」

 エッヘンと言わんばかりに唯が豪語する

「そうだっけ~?私の辞書にはないな~」

 歩きながら器用に腕を組んだり頭に指をあててみるゆの

「えぇえ!この間授業でやってたじゃぁん!アメリカの西部開拓時代、西へ西へ移動していったから新天地は西に在りって先生言ってたよぉ!」

 妙にテンションの上がる由希

「ま、その受け売りだったわけですが、ゆのはやっぱり授業聞いてないのね」

 目を細めて平坦な口調だが口をとがらせて言う唯

 うぐっと顔をしかめるゆの

「その時ゆのちゃんはぁ、早弁してた気がするぅ」

 思い出したかのように人差し指を立てて言う由希

 更にぬぐぐぅ~っと顔をしかめるゆの

「確かに、ゆののおかずが無かったことが何度かあった」

 納得した風な唯

「…由希ちゃんの席、私の前だよね…?」

 顔をしかめたままだみ声で聞くゆの

「そぉだよぉ」

 嬉しそうな由希

「授業に集中してれば学年トップも狙えるんじゃないかと思い始めたわ」

 会話があまりに日常的すぎたからか、そんなことを口にしてしまう唯だったが、

「試験、一緒に受けれるのかなぁ…」

 有希の一言で現実に戻される

「あっ」

 言う前に気づくべきだった、と手で口を隠す唯だが

「ごめんね…。私のために2人まで巻き込んじゃって、ぐすっ」

 ゆのが立ち止まり涙を浮かべる

「ゆの、そんなこと言わないで。立場が逆ならきっと同じことをあなたが言ってる」

 そう言ってゆのの方を見て励ます唯

「あたしは2人がいない人生なんて考えられない、だから!」

 ぐっと拳を握りしめ、ゆのの方に向き直る由希

「うん…そう、そうだよね。ありが…とう…、すん」

 そういながらゴシゴシと袖で涙を拭くゆの

 そのゆのに、無言で手を差し出す2人

 驚くでもなく、ゆっくりと顔を上げるゆの

 3人は手をつなぎ歩き始める

 そこに言葉はいらなかった





 空は茜色を過ぎ、夜になろうとしていた

 昼間は日が差しているので暖かいが、夜はそうもいかない

 夜の寒さが3人に容赦なく襲い掛かっていた


 すっかり夜になり、街頭と家から漏れる光だけが3人の姿を映していた

「寒い…」

 と、つい口にしてしまったのは唯だった

 つないでいる手だけは暖かいが他は寒いという状況に耐えきれず言葉が漏れてしまった

「そんな時はね~、こう!」

 するとゆのが一歩唯の方へ寄ると、つないでいる手を一瞬離すと唯の首の手を回し反対側の手を握る

「あっ」

 暖かかった、ゆのの身体が。手が。胸が。

 それを言い表せなかった『あっ』であると同時に、

「ゆの、また胸大きくなったでしょ」

 若干薄手の服を着ていたからか体温が直に伝わってくるのがわかる、と同時に胸の弾力が若干増しているように思った唯

「唯ちゃんいいなぁ。あたしも確かめるぅ」

 そう言うと手をつなぎなおして、よいしょっとゆのの手を自分の首に回す由希

「はいはい、2名様ご案内っと~」

 受け入れるゆの

「ホントだぁ、なんか、前よりぷにぃっとしてるぅ」

 ただ思ったことを口にした由希だったが、

「そう言う御二方は成長無いんじゃないの~?」

 ちょっと声のトーンを下げ嫌らしそうにゆのが尋ねたら

『そんなこと…』

 きれいにハモり、視線を逸らす2人

 先週に身体測定をした彼女たちには数字で見えていたのだ

「え…、え?!じょじょじょ冗談だってば!本気にしないで!?ね!?」

 途端に慌てるゆの

「ままままままだ高校2年だし!?来年にはナイスバディになtt」

 本気で取り繕うゆのだったが、

「無理なんだよゆのちゃん」

 有希の声が死んでいる

「そうだよ。まだ由希はあるからいいじゃん。私なんて無だよ無、俗にいう無乳ですよ」

 魂抜けかけの声で唯が必死にこの世にとどまりつついう


 ドサッ


 突然の音に左を見るゆのと唯

 見るとそこにはぺたんと地面に座り込む由希が

『由希!』

 2人が声を荒げる

「あ、はは。ごめん、足疲れちゃった」

 座り込んだまま由希が安心させようというが、

「ほら立って。唯、反対側から肩持って。このままじゃ冷えちゃう」

 逆に心配されるのであった

 昼間の熱を放出しきった地面は冷たい

『せ~の!』

 で持ち上げられる由希

「あ、はは。ごめんね2人とも」

 支えられながらなんとか自力歩行する由希


 幸いにもすぐ近くに大きな公園があったのでそこのベンチで夜を明かそうと考えるのだった





「おかえり。この公園の名前ってわかった?」

 唯が自販機で飲み物を買ってきたゆのに聞いた

「穂高公園。つまりは市ひとつ跨いだみた~い」

 ゆのが疲れた声で返答する

「そんなに歩いたんだぁ。疲れるわけだよぉ」

 由希はベンチにもたれかかったままだ

 相当疲れているのであろうその姿を2人は暖かく見守るのであった

 有希の隣にゆのは座ると、

「はい、ホットココア」

 2人に服の裾を伸ばして持ってきた3つのそれを渡し、1つは自分の手元に残した

「あったかぁい。ありがとぉ」

「あたたまる。ありがと」

 それぞれ礼を言う2人


パコンッ


 と3人は同時にプルタブを開けるとやや熱いそれをゴクゴクと飲んだ

「あ~、生き返る~」

「あたしもぉ」

「同じく」

 そう言って3人は安堵の表情を見せる

「今日は3人でお泊りするって言って出て来たんだよね。嘘じゃないけど、やっぱり心がちょっと痛いね」

 照れくさそうに語るゆの

「え、あたしもそう書置きしてきたよぉ?」

「私も。と言うか誤魔化すにはそれしかなくない?」

 そう2人も続く

「あ、はは…。やっぱそう言うしかないよね~」

 ばつが悪そうに頭の後ろを掻くゆの

「でも、明日には通じない。先の事、ホントにどうにかしないと…」

 唯が真剣な顔をする

「ふぉふぉふぉ、心配しなくていい。異能に目覚めた娘以外は元の日常に返してあげるとも、この渡 十四郎(わたり とうしろう)がな」

 声のした方を3人は同時に見る

 そこには、街頭の明かりを一身に受ける白衣を着てちょび髭をはやした、アラフィフくらいのおじさんがいた

 ちなみに頭はテカテカだ





 3人それぞれの目が渡と名乗ったおじさんと合った

「異能に目覚めた娘は誰かの?わしにはおおよその位置しかわからんでな。ま、裏を返せば逃げてもある程度は追えるということじゃが」

 渡の言葉の意味は3人には理解できなかった

 そのため、きょとんとしていると、

「なに、悪いことはせんよ。異能を持たないお嬢さんがたにはな。とっとと片付けてもうひとり探さんとな」

 なんの悪げもなく言い放つ渡

「悪いよ!私たちは3人一緒じゃなきゃダメなの!それなのにおじさんは!」

 唯が立ち上がり悲痛に叫ぶ

「ゆのちゃんは、ゆのちゃんは渡さない!」

 そう言って立っているのもやっとだろうに由希も立ち上がる

「唯…、由希…」

 座ったまま交互に2人を見ることしかできないゆの

 だが、その反応を見て

「目標は今座っとる嬢ちゃんみたいじゃの」

 言い放たれたその言葉に、ハッとなる3人

「こういうのは悪人みたいで好きじゃないんじゃがの。わしに戦闘力はない故こうさせてもらうぞ」

 そう言うと渡が右手を軽くあげる

 すると突如として渡の影から漆黒の特殊部隊のような人影が4つ、それぞれ飛び出した

 それぞれ顔を合わせる3人

 だが、その間にも100mほどあった距離がどんどん縮む

 絶体絶命、とはこのことだろうか





 ぐっと手を握りしめる三人。打つ手がないのだ

 だが、手を握りしめた時ゆのはあることに気が付く

 手に持っているココアの空き缶がスチール製で電気をよく通すことに

「由希、ゆの。私も走るから合図したら後ろに、一斉に走って」

 ゆのは二人にだけ聞こえるように指示を送った


コクリ


 と頷く三人

 同時にゴクリと息を呑むと、

「走って!」

 ゆのが合図すると同時に、手の甲に力を込め過電流を貯めておいた空き缶を放り投げるとベンチから飛び上がり走り始めるゆの

「後ろは見ないで!全力!」

 もはやすがるものは空き缶である

 数秒待たずにそれは威力を発揮する


コン


 石にでも当たったかのような音

 それはベンチ周辺の石畳の上に落下した。すると、突如として薄暗い公園に強烈な閃光を放った


バチバチバチ!


 過電流をため込んだ空き缶と石畳が接触したことでショートして大量の火花が散ったのだ

 後ろを向けて走っていた3人には何の影響もなかったが4つの影はそれを警戒して注視していた

『うわあああ』

 顔、正確には目のあたりを押さえ倒れ転げまわる

 暗視スコープを装着していたため火花が増幅され視界に映ったためだろう

「何をやっとるかおまえたち!しっかりせえ、立て、立つんじゃ!」

 怒り半分心配半分で渡はそのうちの一人に近づく

 その間にも走って3人は公園から出ようとするのだが、

「第2班、北入口へ展開じゃ!暗視スコープは外せよ!」

 無線機に渡がそう怒鳴ると、3人が向かった出入り口にひとりの人影が見えた

 しかしその人影は動く気配がなく、ほどなくして前方へ倒れた。そしてその影から更に人影が姿を現した

 その人影は青銀のぼさっとした髪に白地のシャツにロングパンツ姿だということがその後ろからさす街頭の明かりで見えた。なぜか顔は暗視スコープを付けている

「待ち伏せは悪党の城跡だぜ?渡のおっさん。あ、これ外すんだっけか?」

 強気で勝気な声がその場にいた全員を驚かせ、その影はスコープを外す

 走るのをやめる3人

 その顔は男にしてはきれいな顔立ちをしていた

「伊織 悠夜!まさか、反応はおぬし!」

 声を荒げる渡

「俺様の紹介どうも。やっぱりそうか、そうだよなあ」

 何を察したのかわからないが、そう言うと軽く準備運動のしぐさをする悠夜と呼ばれた男。腕を軽く伸ばしたりしている

「あの~、状況が見えないのですが~」

 恐る恐る手を挙げて質問するゆの

「ん、ああ。俺様はそこの渡のおっさんの逆って言えばいいか?異能に目覚めた人間を隔離せず、なるべく普通の生活を送れるよう支援しているってとこだ」

 少しめんどくさそうに答える悠夜

「うるさいわい、このボッチ」

 噛みつくように言う渡

「チヤホヤされてるテメーと一緒にすんじゃねえよ。それに、今の主役は俺様じゃねえよ」

 その言葉とともにゆのと視線を合わせる

「あなたについていけば私たち3人ずっと一緒にいていいの?」

 ゆのが身を乗り出して訊く

「誰といるかくらい自由でいいんじゃねえのか。てか、こんな仲よさそうなのをどうにかしようってのはおっさん、悪役に目覚めたか?」

 ゆのの目を見て答え、そして渡の目を見てククッと笑う悠夜

「ぐぬぬー。貴様に勝てないことは承知!なれば!」

 悔しそうにしながら無線機を取り出す渡

「撤退する。回収班をよこせ」

 そう無線に怒鳴ると倒れている4つの影を後に公園から立ち去っていくのであった

 渡が立ち去ったのを確認するや否や、

「あ、あれ…」

 再び由希が地面に座り込んでしまった

『由希!』

 ゆのと唯が叫ぶ

「あははぁ、安心したら、急に…」

 うつむいたままの由希

「わかるけど、悠夜だっけ?素性もわからない人についていくのは安心というのかな~…」

 不安を口にするゆの

「疑う気持ちはわかるが、おまえら3人でまたあれを追い返せるのか?」

 突き放すように言う悠夜

「そう、ね。2度目はない、かもしれないわ」

 真摯に受け止める唯

「う~。由希はこの状態だし、唯にそう言われると正しく思える…」

 少し頭を抱えるゆのだったが

「行こうじゃない、あなたと一緒に」

 即答した

「いいよね?っていうかこれしかない気が…」

 ゆのの瞳に移るものは、座り込む由希、悠夜の方を見据える唯

「妥当なとこだな。じゃ、行くとしようか。俺様のアジトへ」

 こうしてゆの、由希、唯の3人は新天地?へ向かうこととなった

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ゆ~ふぉー 異能に目覚めた私たちの日常奪還 @zantou874

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