第一話


「転向してきました。竜沢 愛希(たつざわ あき)です。よろしくお願いします」




クラスメイトの視線は好奇心でいっぱいだった。


高校二年生になって間もなく、一六歳の春の終ばん。


春休みが終わり。4月も終わり、タイミングを逃して5月に入って隣の県から一人引っ越してきた。



一人暮らしを始めたのは中学生の頃からなため、迷いも何もなかったのだけど....。


しかし以前住んでいた場所とは随分かわっていた。


山や川に囲まれた街。お店の数も以前より不自由だとは思ったが

懐かしさを覚えこの町が好きになった。


前の学園も名の知れた高校だったけど、雰囲気の違うこの学園も知られた施設である。



この西ヶ丘学園高校に編入手続きを終えて転向してきた。

逃げてきたことに変わりはないのだけれどそれでもちょっとした期待に胸は弾んだ。


一通り紹介を終えたわたしは、先生の指名された席に座り一段落。


やっぱり、一番後ろの席。



窓側に近い理想の席は休み時間になると興味深々なクラスメートに囲まれた。


「どこから来たの?」


「彼氏は?」


「スリーサイズ当てようか?」


「うわー男子サイテー!セクハラ!変態!」


「えーわたしの教えよっか?」


「おまえのはいいよ」


楽しい空間。


男子生徒もフレンドリーである。質問攻めにされつつ、私には友達ができた。


「一緒にお昼食べよッ!」


「わたくしもご一緒してもいいかしら?」


可愛らしい、くるっとした茶髪の短い髪は山中前(やまなか まえ)。


黒く長い髪を耳にかけた、美人で口調の丁寧な彼女が南城 咲(みなしろ さき)。


「へー隣の県からかー。そうだ!ねぇ?アッキーて呼んでいい!僕はね!マエッチでいいよ。でも変態じゃないからね?」



「うん。女の子なのに僕って言うんだねマエッチ?」


「わたくしはお好きなように呼んでください。愛希さん」


そういって重箱の二段目を食べ終えた咲ちゃんは綺麗な笑みを作った。

たこさんウインナーを頬張った彼女というと身を乗り出してジーとわたしを見ている。


「前さん行儀が悪いです」


そんな言葉を無視してわたしに質問を投げかける。


「ねー彼氏いるの?」


わたしは横に首を振った。


「嘘だー。アッキー可愛いのにー。

ねぇその胸何カップ?」


指を差さないでほしい。

さっきからコンプレックスを…。


「前さん.....。他の生徒の食事の邪魔です。それに今の質問で男子生徒の喉を鳴らす音が聞こえました。聞く場所を改めてください」


「.......」


意外なその注意の仕方にわたしは「そこかっ」心の底で突っ込んだ。


「えーじゃあDくらい?」


彼女はニコニコしながら箸でわたしを差す。



「前さん、3年前の公園で....」


「うわっダメダメダメ!言っちゃダメ!」


あーなるほど、弱みを握っているようだ。


「じゃあさ!部活は何に入るの?」


次々に溢れる質問にわたしはお弁当が進まない。


「.....。どうしよう」


「以前は何に入っていましたか?」


首を傾げる彼女はいつの間にか歯磨きをしていた。


「弓道してたけど」


その言葉にその二人だけでなく教室は静まりかえったのであった。

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弓ピットの恋 313 @313satomi

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