12月8日。もしくは、煙の重さ。
かじかむ寒さだった。つかみ損ねた煙草が、濡れたように黒々としたコンクリートの上を転がる。舌打ち混じりに拾いあげると、火をつけた。
小さいころは、もっと世の中はシンプルで輪郭がはっきりしていた。色は白と黒しかなかった。思い出をいくつか並べてそこにある感情を数えてみても、せいぜい片手で事足りた。
気がつけば、いつしか目の前には曖昧模糊とした景色が広がり、カーテンの隙間から差し込む朝日みたいに当たり前にそこにあった道しるべは跡形もなく消えていた。見覚えのある背中ははるか遠く、聞こえるのは誰のかもわからない笑い声だけだった。
色のない世界に、俺は焦がれていた。
灰が地面を汚した。手にした煙草はほとんどが煙になっていた。排水溝を目がけて捨てた吸い殻は、惜しくもないところでゴミとなった。
視線を感じて顔を上げると、いつからそこにいたのか、目と鼻の先で年老いた警官がこちらを見つめていた。深い皴の刻み込まれた目元や白髪交じりの顎髭は、警官というよりは手練れの武道家を連想させたが、見慣れた制服を着ていたから間違えようがなかった。
ほんの数秒の視線の交錯にばつの悪さを感じ、腰をかがめた。指先がさっきゴミになったばかりの吸い殻に触れた時に、笑い声がした。
「注意すると思ったか?」
「え?」
年老いた警官は口元に不釣り合いな微笑を浮かべ、言った。
「吸い殻を路上に捨てるのは違法だし、私は警官だ」
答えずにいると、何かに気がついたように年老いた警官が首を傾げた。視線の先には、買った時には型落ちになってすでに久しかった俺の愛車があった。
エンジンが掛かったままのカーステレオからラジオに乗って曲が流れていた。この曲を耳にするのはいったい何度目だろうか。ふと、そんなことを思った。クリスマスソングには違いなかったが、サンタクロースもトナカイも出てこない。無邪気な陽気さとは無縁な声は、いつもと同じように平和な世界の訪れを願い、いくつかの真実を求めていた。
「そうか……12月8日か」
年老いた警官はため息と一緒に呟いた。「注意なんかしないさ。ましてや、拾ったりもしない。正しくあろうとすればキリがない」
そう言って年老いた警官は空を見上げた。辺り一面、のっぺりとした冬の雲が広がっていた。
今年の冬は雪が降るだろうか。
もうすぐ訪れる新しい年は、幸せな年だろうか。
視線を戻すと、再び一人だった。年老いた警官は煙のように消えていた。あるいは、俺の想像だったのかもしれない。
ただ、手の中には冷えた吸い殻が、確かにあった。
未作品(200文字小説、あるいはただのメモ) Nico @Nicolulu
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