バレンタインの猫の恩返し?

無月弟(無月蒼)

バレンタインの猫の恩返し?

 その日俺は学校が終わった後、一目散に家に帰って、自分の部屋で一人くつろいでいた。

 だけどそんな平穏を壊すかのようにインターホンが鳴る。一瞬セールスかと思って無視しようと考えたけど、もし大事な用だったらいけない。渋々部屋を出て、玄関へと向かう。


 だけど、セールスと言う俺の予想は外れていた。玄関を開けると、そこには見知らぬ女の子が立っていたのだ。


「この前はどうもありがとうございました」


 ペコリと頭を下げてくる、俺と同じ歳くらいの女の子。ヤバい、超可愛いし、メチャクチャ好みのタイプ!


 いや、まてまて。受かれている場合じゃない。まず状況を整理してみよう。

 俺は特に目立った所もない、17歳にして彼女いない歴17年の、普通の男子高校生。家で一人留守番していたところ、この子が訪ねて来たわけだけど……この前?


 心当たりが全く無い。こんな可愛い子なら、一度会ったら忘れないと思うんだけどなあ?


「あ、あのさあ。アンタ俺を誰かと、勘違いしてない?たぶん初対面だと思うんだけど」


 出方を探るように、そう言ってみた。だけど女の子は、首を横にふる。


「アナタがわからないのも無理はありません。前に会った時は、ワタシは人間の姿をしていませんでしたから」

「人間の姿って、アンタいったい?」

「ワタシはアナタに助けられた、猫でございます」

「…………は?」


 一瞬、頭がおかしくなったのかと思った。俺じゃなくてこの子の頭が。

 猫……猫ねえ。そう言えばこの前、車に跳ねられそうになった猫を助けはしたけど、だからと言ってこの子がその猫だとは、どうしても思えない。だって普通に考えたら、あり得ないもん。そんな日本昔話じゃあるまいし、猫が恩返しに来るだなんて。


 だけどそんな事を考えていると、女の子は俺が疑ってることに気づいたようで、不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。


「あ、その顔さては、信じていませんね。だったらこれでどうです?」


 するとなんと女の子の頭に、可愛らしい猫の耳がピョコンと生えたではないか。


「おおっ!?」


 思わず声をあげる。なんだこれ、凄く可愛い。それに今の、いったいどうやったんだ?まさかこの子、本当にあの時の猫なのか?ああ、それにしても猫耳可愛い。


「な、なあ。ちょっと触ってみてもいいか?」

「セクハラで訴えますよ」

「えっ⁉」


 慌てて手を引っ込める。こいつ、訴えるのかよ?恩返しに来たんじゃなかったのか?

 いや、もうそれはいい。俺は嫌がってる女の子に無理に触るような変態じゃないんだ。って、そんなことよりも。


「なあ、アンタって本当に、この前助けたあの猫なんだな?」

「あ、ようやく信じてくださいましたか、よかった。もう、人間は疑い深くて困りますよ」


 そんなこと言われても、仕方がないだろ。助けた猫が人間に化けてやって来るなんて、まるで昔話の鶴の恩返しだ。ん、と言うことは?


「助けていただいたお礼に、今から恩返しをさせていただきます」


 よし!やっぱりこう言う展開になるよな!

 ワクワクする気持ちを押さえながら、必死に冷静を装う。それにしても恩返しって、いったい何してくれるんだろう?


「今日は人間達の間では、バレンタインと呼ばれる日らしいですね。なんでも女の子が好きな男の子にチョコレートを送る日だとか」


 ああ、確かに今日は2月14日、バレンタインだ。学校ではチョコを貰った野郎共が、機嫌よくしていたっけ。えっ、俺はどうだったのかって?聞くな。


「それでアナタ、きっとモテないでしょうし、一つのチョコも貰えずに、寂しいバレンタインを過ごしているでしょうから、ワタシが手作りチョコをプレゼントして少しでも慰めてあげようって思ったのです」

「滅茶苦茶失礼な恩返しだな!」

「あら、それじゃあ要らないのですか?」

「……要ります」


 こんな俺を、笑いたければ笑うがいいさ。どんなに罵られようと、欲しいものは欲しいのである。


「それじゃあ今から作りますので、ちょっと台所をお借りしますね」

「えっ、今から作るの?しかもうちで?」

「何か問題あります?」

「いや……」


 幸い両親は今仕事で出かけているから、家には俺一人。台所を貸しても、別にいいだろう。あ、でもちょっと待てよ。


「一応確認するけど、ちゃんと人間が食べられる物なんだろうな?」

「当たり前じゃないですか。ちゃんとしたチョコレートを作りますよ。ついでに言うと味見もしますから、激マズな物ができるって言うベタなオチでもありませんよ」


 なるほど、それを聞いて安心した。さっそく彼女を家に上げて、台所へと案内する。するとそこで、彼女が言ってくる。


「そうだ。私がチョコを作ってる間は、決して台所を覗かないでくださいね。もし見たら大変な事になってしまいますから」

「いよいよ鶴の恩返しみたいだな。分かったよ、絶対に覗いたりはしないから」

「とか言っておいて不慮の事故で覗くと言う、ラノベ的な展開は結構ですからね」

「良いからさっさと作れ!」


 と言うわけで、彼女を台所に置いて、俺は自室へと引っ込むことにした。

 まったく、猫のくせに鶴の恩返しみたいなことを言いやがって。しかしよく考えたら俺はもう、アイツの正体を知っているんだけどな?それなのに隠す必要があるのだろうか?まあいいや、細かい事を考えるのはよそう。

 それにしても、正体が猫とは言え、女の子の手作りチョコか。そんなの貰うのなんて、何年ぶりだ……ごめんなさい嘘です、生まれて初めてです。


 だけど貰いっぱなしと言うのも、何だか悪い気がする。ちょっと気が早いけど、ホワイトデーには何かお返しした方が良いかな?と言っても、何を送ればいいんだろう?

 今までバレンタインにチョコなんてもらった事無かったから、どうすれば良いのか、てんで分からない。

 クッキーなんかが、お返しの定番だとは思うけど、相手は猫だ。食べても大丈夫なのだろうか?


「ちょっと調べてみるか」


 ズボンのポケットからスマホを取り出して、猫に食べさせてはいけないものを調べる。すると案の定、クッキーのような油分の多いものは食べさせてはいけないとあった。


「そうなると、サンマでもプレゼントするか?何だか全然ホワイトデーらしくないけど。って、あれ?」


 スマホをの画面の中にふと気になる一文があった。猫に食べさせてはいけない物、その中に、チョコレートがあったのだ。


「あいつさっき、味見をするって言ってたよな。大丈夫なのか?」


 気になった俺はスマホをポケットにしまうと、部屋を出て台所に向かう。まだ味見はしてないだろうな?


 だけど台所へと続くドアの前まで来て、ハタと気づいた。アイツ、絶対に覗くなって言ってたよな。

 立ち止まって、少し考えてみる。覗くなと言われたからには、覗くわけにはいかない。だけどもしもチョコを味見して、アイツに何かあったらどうする?もしかしたらこのドアの向こうでは、味見をしたアイツが倒れているかもしれない。


 覗くなとは言われたけど、せっかく俺の為にわざわざチョコを作りに来てくれた子が危ないかもしれないんだ。怒られるかもしれないし、チョコが貰えなくなるかもしれないけど……ええい、その時はその時だ!

 俺は意を決して、目の前にあるドアを開いた。


「なあお前、猫なのにチョコを食べても大丈夫……」


 そしてそこにいたアイツを、目の当たりにする……


「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 次の瞬間、俺は大きな悲鳴を上げるとともに、意識を失った……




      ◆◇◆◇◆◇◆◇




 …………ああ、あれほど覗くなと言ったのに、見てしまったのですね。

 倒れた彼を見ながら、ワタシはため息をついた。


 やっぱりこうなってしまいましたか。だから覗くなって言ったのに。ああ、泡まで吹いている。きっとよほど怖かったのでしょうね。無理もないか、ワタシの姿を、目の当たりにしたのだから。


 ワタシは人間に化けることができる。それと同じように、猫の姿になることも出来るのだ。

 ワタシは彼に助けられた猫だとは言ったけど、猫がワタシの本当の姿だとは言っていない。本当の姿の事は、知らない方が幸せだと思ったから黙っていたんだけどなあ。この姿を見たら大抵の人は、恐怖のあまりたちどころに気絶してしまうだろう。そう言う姿なのだ。それなのに台所に入って来るだなんて、仕方が無い人。


 でもまあ、なってしまったものは仕方が無い。問題はこれからどうするかだ。ワタシは数多ある腕を組んで、考える。

 う~ん、どうしよう。正体を見られちゃったわけだし、本当はやりたくないのだけど、先に約束を破ったのは彼なんだから、仕方が無いか。

 ワタシは気絶している彼の前に立った。そして……


「いっただっきまーす!」


グシャ!モグモグモグ…………ゴックン!



                 完

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