刑事警備昔話―ナイさんかく語りき―
佐々笹
第1話
ぼくはおおきくなったら
けいじになって悪いやつを
つかまえます。
とくにスパイをつかまえます。
「オイ、木部!
書類ちゃんとまとめとけよ!」
いつもと変わらない日常。
机に座って書類のチェックと整理。
ボクの名前は木部マコト。
ちっちゃい頃からの夢だった
警察で働いている。
大きくなったら
悪い奴を捕まえます。
特にスパイを捕まえます。
なんて今思えばガキの妄想だ。
ボクは今、巡査長だ。
"長"がつくからといって
偉いと思ってもらっては困る。
下から二番目だ。
夢だった警察で働いているが
刑事じゃない。
制服を着たいわゆるお巡りさんだ。
ボクが今やっているのは
書類を整理するデスクワーク。
警察と言うと色々想像するかもしれないが
所詮、公務員。
何をやるにも書類、書類、書類だ。
特に下っ端のボクは書類整理ばかりだ。
あとは
警察署の入口に棒を持って立つ仕事。
通称立ちんぼ。
そして街を巡回して職務質問。
職務質問は警察の仕事をしている感が
あるのでは?と最初は思っていたが
実際は市民から迷惑そうな顔をされる
市民の生活を邪魔する行為としか思えない
仕事だ。何が警察は市民の味方だ。
今のボクの仕事は、つまらない。
本当につまらない仕事ばかりだ。
たまに、ごくごくたまに
本署から背広組が来る。
(背広組とはスーツを着た警察のこと
そういわゆる刑事、デカって人のことだ)
その背広組をパトカーで送る
運転手をすることがある。
一度、日常はつまらない仕事の
繰り返しだから
せめて、背広組の送迎中、車内で
仕事のことなんか聞けたら楽しいかな?
と思って話しかけたことがあったが
苦虫を噛み潰したような顔をして
「黙って運転しろ」
と一喝されただけだった。
やめようかな・・・・。
最近考えるのはこればっかりだ。
今日もいつもと変わらず
書類整理をしていると
珍しく北村署長から呼び出された。
署長と言うと偉い人というイメージ
を持つ人がいるかもしれない。
たしかにボクよりも偉いのだが
ボクがいる署は地方の警察署。
いわゆる所轄と呼ばれる警察署だ。
そこの署長なんだから
華々しいとは言えないだろう。
ボクの北村署長に関する印象は
いつもゴルフやったり
ヘラヘラとしているおいちゃん
という感じだ。
先輩が昼行燈と呼んでいた。
ググってわかったけど。
うん、北村署長、昼行燈だわ。
そんな昼行燈、じゃなかった
北村署長から呼ばれた。
コンコン。
署長室の扉をノックする。
「はい~」
中から気の抜けた北村署長の声がする。
「失礼します」
と扉を開け署長室へ入る。
部屋へ入ると北村署長がいつもと変わらず
気の抜けた声で木部を迎える。
「いやいやいや、木部クン
忙しいトコ悪いね、悪いね」
「あの、ご用は・・・?」
署長に呼び出されるほど良いことも
悪いこともした記憶が木部には無い。
呼び出されたから来たが
木部は困惑していた。
その木部の表情を無視して
署長の北村は
「あ、あのね木部クン、率直に
聞くけどさ、キミ警察辞めるの?」
「え!?・・・」
やめたいとは、ずっと思っているが
誰かにそのことを相談したことは無い。
心の中をズバリと指摘され
ドキッとし
しどろもどろになってしまう。
「あ、いや、あのね、まぁさ
辞める辞めないの決断する前にさ」
北村は、そういうと机の引き出しから
一枚紙を取り出し木部に差し出す。
「・・・?」
怪訝そうに紙を受け取る木部。
紙には住所が書いてある。
「それね、私の昔の上司の住所。
もう引退されてるんだけどね。
話しよう、話しようってうるさくてね。
君、私の代わりにいってきて。
話の聞き役はね、私みたいなおじさん
よりも君みたいな若い人のほうが
先輩も喜ぶだろうから。
これ命令ね。もうナイさんには
話通してるから」
ナイさん?
「内藤さん。通称ナイさんね。
よろしくね」
そう言うと北村は
しっしっ
とするように手をフラフラ振った。
■
「いやー、よく来たね。
ま、座って」
北村署長からの命令で
警察OBである内藤の自宅へ
やってきた木部であるが
内心、うんざりしていた。
内藤さん、別に悪い人ではない。
ニコニコした、感じの良いおじさんだ。
普通の人だ。そんな普通の人の
話相手になれって言われても
昔話とか自慢話とか聞かされて
つまらない時間を過ごすだけだろう。
そんな気持ちでいる木部を前に
「北村クンから話聞いてる。
小学生の頃にスパイを捕まえたいって
作文書いた子だって」
ヤメテ!
スパイを捕まえたいです。
って、今の日本にスパイなんか
いるわけないだろうって
みんなあざ笑うんだよ。
知ってるよそんなこと。
わかってるよそんなこと。
ガキの夢想話
ほじくり出さないでくれよ。
初対面でいきなり
黒歴史いじらないでくれよ。
「い、いや、まぁ、その
今の日本で、そんな子供みたいな
こと言って・・・スミマセン」
「あー、いやいや北村クンとも
話たんだよ、中々勘の良い子だねって」
「は?」
ぼくはおおきくなったら
すぱいをつかまえたいです。
とかアホの子のどこが勘が良い子だよ。
木部の心を知ってか知らずか
内藤は、話を続ける。
「かくいう私もね、若い頃は警備に
いたんだよ。ま、言えない話ばかり
だから包み隠さずとはいかないけど
少しはキミの興味ある話できるかな?
と思ってね?」
"警備"
警備と言うのは警備会社という
意味ではない
警察は、仕事の種類で大きく二つに
大別される。
一つが警察や刑事と呼ばれる部署。
こちらは皆知ってるいわゆる警察だ。
そしてもう一つが警備と呼ばれる部署。
こちらのもう一つの名前は国家公安員。
内藤さんは、昔、警備。
つまり公安に所属していたことがある
と言うことだ。
「特に外事にいたころがね。
キミは、さっき今の日本でスパイなんて
と言ったが、昔も今もこの日本で
スパイはいるよ。そして彼らと
私たちは常に戦っている」
それは決して表に出ない。
深く静かな戦いだ。
私が若い頃の話なんだけどね
お隣の国からのスパイのリーダーを
逮捕したことがあってね。
当時、地上の楽園とか賢伝されてたかね。
彼らは密航者、亡命者、難民、旅行者
など様々な姿で日本に入ってくるんだよ。
そんな彼らの一定数を束ねるリーダーが
いてね、それを逮捕したんだ。
もちろんいきなり逮捕できたわけじゃ
ないよ?
彼らの暗号を解読したり
グループの中に協力者、内通者を
作ってそこから情報を得たり
既に逮捕された連中を取り調べたりね。
その結果、私のチームが
リーダーを逮捕したんだ。
リーダーはね、漁師のふりをして
日本に入ってきたんだ。
こっちはリーダー格が漁師として
入ってくるという情報を事前に
つかんでいたからね待ち受けて
拘束したんだ。
ところがね、大きな問題があった。
当時はね、スパイを取り締まる法律なんて
なかったんだよ。
あきらかにスパイであっても
特に罪は無かったんだ。
拘束は出来たがスパイという罪状は無い。
どうしたもんかと・・・。
このままでは拘束期限が過ぎてしまう。
そうじゃなくても
彼らの国の息がかかった政治家が
圧力をかけてくるしね。
圧力の方法?
簡単だよ、私の上司にちょっと苦情の
電話をいれるだけさ。
そう、ちょっと。
はははは、恫喝とも言うかもね。
でね、リーダーの口から直接
情報を聞き出そうかと取り調べを
やったりもしたんだけどね。
流石にリーダーを務める男だからね
何も出ないんだよ。
私、これでも取り調べは得意な
ほうだったんだよ?
それでもダメでね。
まぁリーダーだからきっと本国では
それなりの地位にある軍人か警察系
の何かだったんだろうなと思うよ。
そいつ
我々が焦っているのを知っているのか。
彼らの息がかかった政治家が働きかけて
いるのを知っているのか。
今となってはわからないが
何をやってもニヤニヤと笑うだけでさ。
目の前にスパイがいるのに逮捕できない。
悩ましかったよ。
その時にね、当時担当検事だった男が
私の元同僚でね。
そう、警察から検事になったちょっと
変わった経歴の男でね。
そいつと頭をひねったよ。
どうやって逮捕しようかと。
でね、結果的に逮捕できたんだよ。
え?不当逮捕したのかって?
まぁ不当逮捕かもしれないね。
逮捕した方法は、不法侵入や不法滞在
なんかの当時既にあった小さい罪状を
積み上げて逮捕したんだ。
それで担当検事と寝ずに
起訴状を作ってね。
よし!ってなもんよ。
で、どうなったと思う?
聞く以上は想像つくだろうけど
結果は不起訴。
小さな罪の積み上げではねぇ。
本来の目的とは異なるわ
政治家からの圧力はとまらないわでね。
結局
隣の国の漁師が乗っていた船の
調子が悪くて日本に来ただけ。
したがって安全に本国へ返さなければ
ならない。
となったのさ。
奴は、自分の船が我々のせいで
壊れたからと
我々の金で日本の船を買ってね
まんまと日本脱出よ。
こっちは、指をくわえて出航する船を
見送るしかなかったよ。
口惜し気に船を見つめていると
船内からリーダーのヤツが出てきてね
こっちにむかってニヤリと笑いながら
敬礼の真似事をしたんだよ。
そりゃ
悔しいってもんじゃなかったよ。
それからだよ。
彼らとの長い戦いの幕開けは。
いつの間にかナイさんの話に
聞き入っている木部であった。
刑事警備昔話―ナイさんかく語りき― 佐々笹 @sa2sa2
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