第10話 I LIKE COLA
あの祭りのような、母に、そして家族というものに対しての
しん…、とか、すん。とかそんなサ行の音で済むような形で完結している。
「なんかブーストタイム終わったよな」
弟はスクールバッグを投げ出すと冷蔵庫に向かった。
コーラをペットボトルのままくーっと飲む。
グラスに分けて3分割にはしない。
スクールバッグの稲妻模様を見るとはなしに眺めつつ口ずさむ。
「♪I LIKE COLAAAA~」
「はあ?おねえどしたぁ」
「別にい。昔の曲~」
リビングでだらけたかったが仕方ない。部屋に戻るか。席を立つ。
あの後父は取りつかれたように料理を始めた。
5時に起き、3人分の朝食と弁当を作る。
夜は仕事を早く切り上げ手の込んだものを作った。
お湯の出し方さえ知らなかった父が。
「家族は一緒に食べるものだ」
繰り返し、繰り返し。
3人が揃わないと、夕食はいつまでも食べられなかった。
それは11日目にピタリと終わった。
最後の日はそばを打ったがやはり不味かった。
毎日毎日、手が込んでいたが不味かったのだ。
「明日からは各自」
3人ともほっとした。
弟の変化は分かりやすく
コーラを飲まなくなった。
そしてまた、飲むようになった。
彼は彼で他にも何かはあっただろうけど。
私は。
席を立つ、と弟は。
「おねえはまた?あれなんつーの?あまのいわと?アマテラスオオミカミ?オオノカミ?」
「…なんか一生分しゃべった気がする。余韻とか余熱で今話してる」
私はそれまで3年ほど家族と話さなかった。
昼間は部屋からもほとんど出ず、寝静まった夜に家の中を夜の街をふらりふらりと漂っていた。
そろりそろりと風呂に入り、冷蔵庫をあけ、カチリと鍵をかけ外にでる。
服だって化粧品だって24時間買える。お母さんのカードで。あ!そういえばあのカードまだ使えるのかな?
「一生ねえ。死んでVRになっても喋んなきゃならねえ世の中だぜ」
「意外とさあ、余熱が続いてて適度にさあ…」
あんたと喋るのもリビングに明るい時間にいるのも思ったよりあんまり悪くない…とは、ちょっと恥ずかしくて言えない。し、多分こんな気分も長く続かない。
「ああ、適度にね。いいんじゃあないの?つか極端なとこ、おとうに似てんわ。
適温、適度でねー、適当に出たり入ったり喋ったり黙ったりすりゃあいいのさあ」
こいつ、まるで大人みたいだなあ、と思う。
「…なんかさ、私ずっと馬鹿らしいことしてんね?」
「今更かよ。つかここ居ていいよ。俺バイトいくわ」
「あ!あとさ!お母さんてあんな感じだったの?わ、私あんまりこの頃?喋ってなかったし?私ほら今まで」
「っぜ。…あー。おねえが良かったんならアレがほんとーのママさんで、やなババアだったらVR失敗でいいんじゃね?…知らんわ、俺はバイト。分かる?お金、稼ぐことが、バイトウー」
「あぁえっと、ごめん、多分、働くとかはそのうち、うん急にごめん…」
あー死にたい。
「…」
そうだ。こいつは数日前までゴミを見るような目つきで私を見ていたのだったと思い出す。
けど、
「…ま、じゃあね、行ってくんね、おねえ、ちゃん!」
とドアに手をかけ
「!、行ってらっしゃい」
と、ぎりぎり何とかしがみ付くように会話をしている。いるよね。
変な高揚がある。
外に行く弟の背景、開けたドアの長方形、ちょうどいい感じの夕日。
マンガのコマみたい。
新しい冒険が始まる!
で、終わる少年漫画の最終回みたいな
希望があるとは思えないけど思わなきゃ、思ってるふりでもしなきゃ、みたいな。
いやいや…
うん、どうでもいいや。
急に劇的に何かが変わるなんてありえない。
でも、劇的に何かが変わるかもしれないっていう勘違いの波みたいなのに乗って何だか結果的に変わっていたなあみたいなのはあるかもしれない。
ふと冷静になって乗り切れないうちに私には過ぎてしまった波なんだろう。
でも…波に乗れなくても
座り直し、
あの冊子をぱらぱらとめくった。
【VRと過ごす36時間 素敵なお引継ぎを】
VR
[Vacant]
中身のない、空虚な
[Reanimate]
元気づける、再生する
リアニメイト
弟の崩れ落ちる動き、エプロンをつけて台所に向かう母、カレーを食べる父、分かりやすいまでのさっきのひとコマ。
ああ、でも。
それでも。
それは。
マンガじゃあなくてアニメだったのね?
なんか、ちょっと笑う。
VR 母 36 只木のりあ @watasizankokudesuwayo
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