第9話 私たち家族
『♪〜♬残り10分となりました。素敵なお引継ぎ、できていますか?
言い残したこと、やり残したことございませんか?最後のお別れです♪〜♬』
言い残す?やり残す?もう何をしたらいいか分からない。
私は何かしら口を開く、お母さんは手をぎゅっぎゅっと握ってくれたり頭をポンポンとしてくれたりする、大丈夫、大丈夫と言う、涙や鼻水をぬぐってくれる。
年賀状の束。
ああ、お雑煮も食べたかったな。カレー、おいしかったけど。
そうか、もう次のお正月はお母さんがいない。
それをかき消すように急にカレーを食べる父を思い出した。
「うん、やっぱりおいしい」
父は一度も顔を上げず、カレーの皿の一点を見つめて、2.3回口に運んでは繰り返した。
「うん、やっぱりおいしい」
カレーの量だけ次のコマで減らした、コピペで出来た手抜きのマンガみたいだった。
(私、間違っていたのかな?おとうみたいに味わってカレー食べて?お母さんが作りたがったんだもん。そうやって普通に過ごせば?よかった?お母さんがやりたいことに寄り添うようにしてさ?おいしかったよね?嘘?ほんとに?覚えてるの?手続きとかいつでも良かったんじゃ?)
弟が声をあげて泣いている。
(こいつみたいにただただ素直に悲しんで?何の役にも立たないくらい悲しむほうがよかった?まじでこいつ何もしなかったけど、でも私は?何した?手続き?引継ぎ?
わたし、ずっとお母さんにそれどころじゃないって言って、何?何だった?必要だったの?それどころって、どれどころよ?何どころだったの??)
「ごめんなさい!お母さん!ごめ、お母…」
抱きしめるとしゅわしゅわと泡みたいな、でも触れていても濡れもしない。
お母さんの外側から透明感が高くなり、中心部も解像度が低くなっていく、何この演出。ぱっと消えたら味気ないけど、泣かそうとしてるでしょ、いや泣くけど、泣いているのだけれど。
あと、二人ともごめん。うん、私だけお母さんを独占しちゃだめ。だから。
お母さんフィルターを通さない二人に意識を向けたのは物凄く久しぶりな気がした。ずっと何十年もお母さんと二人でいたような気さえした。
ああ、やばい。二人からお母さんを奪っていたのかな?それどころでもない自分勝手さで?
ええと、でも消えちゃう。二人に悪いことしたかもしれないけれど、お母さん!お母さん!
わ、でも私お母さんの両手を握っている!これはさすがに二人に対して悪い!ごめん!順番に!
多分凄い速さで頭が混乱しながら回転している。
ふと顔を上げると、どういうことかみんなお母さんと手を握っているということが、視界でなく、感覚的なもので理解できた。うん、さすがVR。
そうか、なあんだ、いつの間にか私たち家族はお母さんを真ん中に抱きしめあっていた。
平等にお母さんとお別れできる、と、安心のようなもので満たされた。
お母さんと同じくらい、なぜか父も弟も私自身さえも愛しい?って言葉でいいの?そんな気持ちさえした。
お母さんは言った。
「大丈夫よ」
そして、完全に消えた。
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