それでもこの冷えた手が ~『名医の目井さん』二次創作~

無月兄

第1話

 猫のミー君は、飼い主のケンタ君がまだ子供の頃に彼の家にやって来ました。それ以来二人はいつも一緒で、いつも仲良しです。それは、ケンタ君が大人になってからも変わりませんでした。


 ですが猫と人間では、成長に大きな差があります。ケンタ君が大人になった今、ミー君はもう、人間で言えばすっかりお爺ちゃんと言っていい年齢でした。

 だからでしょうか?よそ見運転をしていた一台の車。かつてはそれをヒラリと避けることができたミー君ですが、思った通りに体が動かず、そのまま撥ねられてしまいました。





        ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





「目井さんお願いです、ミー君を助けてください!」


 ケンタ君が涙ながらに懇願しているのは、近所に住むお医者さんの目井さん。人間、動物問わず、全ての生きとし生けるものの怪我や病気を治すスーパードクターでした。

 ですがそんな目井さんも、ミー君の怪我を一目見た瞬間、表情を曇らせずにはいられませんでした。


「全身の骨が折れ、出血も酷く、高齢のため体力も落ちでいる。このままだといつ死んでもおかしくない。それに、普通の方法では治せません」

「そんな……」


 告げられた言葉に、ケンタ君は目の前が真っ暗になりました。彼にとって、ミー君は小さい頃からずっと一緒だった大切な家族です。その家族が今目の前で命を散らそうとしている。彼はもう、涙が止まりませんでした。

 ですがそんなケンタ君に、目井さんは言います。


「落ち着いてください。普通の方法では無理と言いましたが、それでも希望が無いわけではありません。たった一つ、ミー君が助かる方法があります。サイボーグ手術です」

「……サイボーグ?」


 サイボーグ手術。要は体のあちこちを機械と取り替えるアレです。詳しい説明をしなくても、皆さん何となく分かるでしょう。

 飛び出したまさかの言葉に、ケンタ君は一瞬信じられない顔をします。ですがよく考えると、目井さんはこの町でも有名な名医です。それくらいできても、何ら不思議はありません。


「お願いします。そのサイボーグ手術で、ミー君を助けてください!」

「わかりました。ですがここで一番大事なのは、本人の意思です」


 目井生はそう言うと、ある機械を取り出しました。


 医療行為を行う際には、そこに本人の承諾が必要になります。目井さんの場合、それが例え動物であっても出来る限りその意思を尊重しようとします。この機械はそんな時のために開発した、『動物さん用翻訳機』でした。


 翻訳機のスイッチを入れた目井さん。それから、ゆっくりとミー君に語りかけます。


「今までの話は聞いていましたね。どうです、サイボーグ手術を受けるますか?」


 するとミー君は、なんだか迷ったように黙り込みます。ですが少ししてから言いました。


「ごめんなさい。ボクは手術を受けません」


 これを聞いて慌てたのはケンタ君です。


「どうして!ミー君は助かりたくないのかい!?」


 彼にはミー君の言葉がよほど信じられなかったのでしょう。涙を溢れさせながら、ミー君に問いかけます。


「ボクだって死んじゃうのはイヤだよ。だけどね、ボクは今までずっとこの体で生きてきたんだ。最近じゃなかなか思うように動けなくて、そのせいでこんな怪我をしちゃったけど、それでもボクはこの体が好きなんだ。機械じゃない、血の通った暖かいこの体が」

「ミー君……」


 どうやらミーくんは、たとえどんなに衰え傷ついたとしても、今ある体を取り換えると言うのは受け入れがたいようでした。

 それから、ほんの少しだけ笑顔になって言います。


「それにね、ボクは今までケンタ君と一緒いられて、とっても幸せだったんだ。たくさん遊んで、たくさん笑って、もう思い残す事なんて無いくらい。だからお別れするのは寂しいけど、これでいいんだよ」


 ケンタ君は何も答えません。きっと、様々な思いが彼の中を駆け巡っているのでしょう。

 ですがそんな彼も、やがて涙を拭って言いました。


「分かったよ。それがミー君の望むことなら」

「うん。寂しい思いをさせてゴメンね。ボク、ケンタ君の飼い主で良かったよ」

「俺も、飼い猫がミー君で良かった」


 せっかく拭った涙が、いつの間にかまた溢れています。ずっと一緒だったパートナーとの別れ、無理もありません。

 そんな二人を見た目井さんは、静かに言います。


「分かりました。それでは、『メカミー君(ロケットパンチ装備型)』への改造手術は取り止めと言うことでいいですね」

「「えっ?」」


 その言葉に、二人は同時に声を上げました。メカミー君は何となく分かります。サイボーグですから、そのネーミングも不自然なものではないでしょう。ですがその後、なんだかカッコの中に初めて聞く言葉があったような気がします。


「おや、言ってませんでしたかな。サイボーグ手術をすると、オプションとしてロケットパンチ機能が搭載されるのですが――」


 ロケットパンチ。ロボットが自らの腕を飛ばして攻撃すると言う、あまりに有名な技です。すると、それを聞いたミー君に異変が起こりました。


「ロケットパンチ……ロケットパンチ……」

「おや、ミー君。どうしました」


 さっきまで、穏やかだけど力の無かったミー君の瞳。それが今では、みるみるうちに輝きを取り戻していくではありませんか。


「サイボーグになったら、ボクもロケットパンチを撃てるようになるの?」

「ええ、なれますよ」

「ロケットパンチが撃てる。飛ばせ鉄拳、ロケットパンチ……」


 すっかりお爺ちゃんになってしまったミー君。ですがその心の奥底では、今でも少年の心が残っていました。そしてロケットパンチは、世の中の少年たちの憧れなのです。


「ボク、メカミー君(ロケットパンチ装備型)になる!なって、ロケットパンチ撃つ!」


 そう言ったミー君は、まだ手術を始めてもいないにも関わらず、とても活き活きとしていました。



 その後、手術は無事成功。後日近所の人が、健太君に連れられて楽しそうにロケットパンチを飛ばすミー君の姿を見たそうです。

 体の大半が機械となり、血の通っていない冷たい手になってしまったミー君。ですがそこには、熱い少年のハートが詰まっていました。





        ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 ……更に後日。目井さんの病院に、一人の急患が担ぎ込まれました。ケンタくんです。


「おや、ケンタ君。両足とも骨折とは、どうしたんですか?」

「それが、ミー君が以前と同じ調子で俺の膝の上に飛び乗ってきて、その際に両足とも折っちゃいました」

「そうですか。なにしろ全身サイボーグですからね、今のミー君の総重量は百キロを超えているでしょう。無理もありません」

「ですよね。おかげで抱っこするのも一苦労ですよ。まあ、俺としてはミー君が元気ならそれでいいんですけどね」


 どうやらケンタ君にとっては、元気なミー君を見られたらこれくらい何でも無いようです。


「どうでしょう。普通に治療することも出来ますが、いっそケンタ君もサイボーグになりますか?そうしたら今回みたいな怪我の心配もありませんし、抱っこだって軽々できるようになりますよ」

「いいですね、ぜひお願いします。あの、けどその前に一つ確認しておきたいのですが……」

「はい、何でしょう?」

「俺も、ロケットパンチ撃てるようになります?」


 そう言ったケンタ君の瞳は、少年のように爛々と輝いていました。


「あなたもミー君も、似たもの同士ですね。もちろんできますよ」


 その後ケンタとミー君は、二人仲良くロケットパンチを飛ばし合ったそうです。





 本作はPURINさんの書かれた『名医の目井さん』の二次創作となっていますが、いかがだったでしょうか?

 これよりさらに面白い本編は、こちらとなっています。

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884153425

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでもこの冷えた手が ~『名医の目井さん』二次創作~ 無月兄 @tukuyomimutuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ