暖かな月夜は散歩に行きましょ

夕崎藤火

第1話 二人と一人

 雨上がりの暖かな夜は、ほんのりと花の香りと冬の香りが混じり言葉にできない不思議な気持ちを誘い出す。ジメッとしてるようで、吹く風は少し寒くフライングで咲いた梅が風に揺れるたびに可愛らしく靡く。



 ──こんな日はDVDでも借りようか。


 ──それともコンビニで悪事を働くためにお菓子を買い込もうか。

 

 ふわふわと足取りは軽やかになり、自然とスキップへと変わる。

 冬と春の間の夜道はまるで、物語が始まるかのようなワクワクを秘めている。


 コートのポケットの中でスマホの着信音が鳴り出し、表示される名前を見ては頬が緩む。


「もしもし? どうしたの?」


「………」


「ほんと? 私もコンビニに行こうって思ってたの!」


「………」


「うん、うん! わかった!」


 三十秒も無い通話、画面を暗くしてはポケットにまたしまい込み足早にコンビニへと足を進める。軽く息が上がるのも気に留めることもなく早足から小走りに変わって行く。

 約束のコンビニ前、長身の男性が神妙な顔でスマホと睨めっこをしているそんな様子にふふ、と笑みが溢れる。


「パパ」



「……待って、その呼び方まだ慣れない。待って」


 にまにまと緩む頬を隠しきれず、だらしなく溢れ落ちる微笑む姿に気付いたのか、足早に近付く男性は恥ずかしそうに視線を逸らす。


「照れてやーんの……って、冷たっ」


 照れたのか拗ねたのか、頬をむぎゅりと掴まれお餅のように縦に横に伸びる頬。抗議するかのように掴む手をペシペシと叩けば、可笑しげに笑い声を漏らし手が離れる。


「おかえりなさい」


「ただいま」


 自然に絡み合う手と手、にこにこと微笑み合う二人を満月の光が包み照らす。

 あったかいから、そう思って夜の散歩に一人出かければ大好きな人と同じ道を二人で帰る。

 仲良く揃って、アイスを買い歩きながら食べる。

 甘く冷たいお菓子にはまだ、吹く風は厳しくぶるりと身震いをする。

 花の香りが風に乗り、辺りに漂う。

 暖かな夜は一人増えるだけでこんなにも暖かさが増すんだ、そう思えばまた足取りが軽やかになる。

 鼻歌交じりに二人は帰路へ着く。

 いつか先の未来は子供と夫を迎えに行き、帰りは三人で並んで手を繋いで家に帰るんだと、現実になりうる妄想を膨らませては月夜の道を歩く。


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暖かな月夜は散歩に行きましょ 夕崎藤火 @sksh2923

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