手術当日(前)



 入院生活の起床は六時。

 六時になる少し前に看護師さんが現れ、前日の夜に置いて行った点滴の機械に袋をぶら下げていく。

 薬品などには一切詳しくない私ですけど、記載された内容物を見て、なんとなく栄養補給の為のものだろうな、と認識。一日絶食だからね。

 因みに、六時以降は水を飲むのも禁止らしいです。だから点滴なのか。


 慣れない点滴に既にぐったりしていると、なにやらまた気配が……


「起きてる?」

 お嬢だよ。わかってたよ。

 カーテンを開けて入って来たお嬢は、にこにことまたお喋りを始める。

 朝ご飯が来るのは八時なんだぜ。それまでの一時間以上、またお喋りしてたんだぜ。



 八時半から病棟診察が始まるってことで、病棟診察室へ。

 ドラマとかみたいに「教授回診の時間です」とかいって大名行列するのかと思ってたら、患者が集まる方式だった。

 部長先生一人が真っ暗な診察室の中に座ってて、他の先生達は案内役。流れ作業で診察されていくだけで、五分かからなかった。

 そしてO先生(久し振り!)から手首にバーコード入りのタグをつけられる。患者情報登録されてる奴だ。



 夜中に暑かった所為か(二十四度で保たれてるそうで)この日の私は七度三分の微熱。

 でも問題ないとのこと。マジか。


 手術は「一時半に入室、二時に執刀」とのことで、午後になったら術衣に着替えておきましょう、と言われる。

 因みに、T字帯っていう紙製の越中褌みたいなのつけたんだぜ。術野は右目なんだし、普通にパンツでいいじゃんって感じなんだけど。


 午前中はずっとお嬢のお喋りに付き合ってて、点滴でぐったりついでに精神的に更にぐったりで。

 看護師さん達が来てはお嬢のことを引き離してくれようとするんだけど、空気読まないお嬢はマイペースにお喋りを続ける。もう諦めたよ。

 たぶん看護師さん達は私のことを、子供嫌いなのに根気よく相手してくれていい人!とか思ってたかも知れないけど、勝手に喋ってることに相槌打ってりゃいいだけだから、そこまで面倒ではなかったのよね。鬱陶しかったけど。



 そんなことやってたら、なんか主任という看護師さんが登場。

 ここで初めて、私は子供部屋に入れられていた事実を知らされる。

「お子さんが苦手とお聞きしたので、早急に移って頂こうと思いまして。差額ベッド代かかってしまうのですが、大人部屋の空きが出ましたので、手術後に移動でいいですか?」

 いや、金かかるくらいなら、あと一日だし、別にここでいいんだけど。

 でも大人が子供部屋にいるのは向こうの都合が悪いみたいなので、荷物を纏めておく。


 ――が、部屋移動の同意書を取りに行った筈の主任さんは何故か申し訳なさそうな顔で戻って来て、

「実は、今いらしている女性が、大人部屋希望で……お譲りしてもよろしいでしょうか?」とか言うんだけど、別にこっちは移動面倒臭いし、またまわりに挨拶するのも面倒だし、差額かかるのも嫌だったから構わないですけども。

 主任さんはホッとしたように、その女性に事情を説明に行きましたとさ。

 やれやれ。痛い腕でなんとか荷物詰め込んだところだったんだけどな。まあ、いいか。



 そんなこんなで時間が来たので、手術室に移動。

 金属は持って行っちゃいけないらしいので、眼鏡は部屋に放置。

 よく見えないのでフラフラよたよた。


 手術室(の手前の受け付け?)はなんか不思議な臭いと、声が聞き取りにくいくらいの謎の機械音。そして寒いんだか温かいんだか蒸し蒸ししているんだかなんだかよくわからない空気。

 心拍は上がっていたかも知れないけれど、緊張はあまりしている感じがなくて、とうとう来ちまったなーという変な感じ。高揚感?


 手術室付きの看護師さんに連れられて、フラフラよたよた手術室へ。

 ほわー、と思わず変な声を漏らすと「ドラマで見た奴だって感じでしょ」と明るく言われたので、うんうん、と頷いて手術台に――登れない。意外と高い。

 台を出してもらってよじ登ると、颯爽と現れる謎の人物。たぶん男。


 横になると同時に看護師さんが心電図の電極をペタペタっと胸に貼る。

 なんかちょっと寒いな、と思ったらタオルをかけられて、そのタオルが意外と厚地で温かいなぁなんて思っていたら、さっきの謎の人物が隣に立って自己紹介。麻酔科医だって。

 アレルギーとかの確認と、全身麻酔の経験の有無、麻酔で不調が出たことはあるか、と質問される(いったい何度目だ。情報共有しとけよと思ったけど、たぶん何度も確認することでミスを減らしてるんだろう)


「今から麻酔入れます。ちょっと気分が悪くなるお薬です」

 はーい。


 そうしたら、左腕がゾワッとした。

 なにか冷たいものが、肘の針から肩の方に向かってゾワゾワ登って来る。


 目の前が揺れたような気がした。

 ぐらんぐらんってなって、目の奥から揺さぶられるような気持ちの悪さ。

 貧血の眩暈と、乗り物酔いの眩暈みたいな、回されて浮かされて、揺さ振られて、なにかがふわふわする気持ちの悪さ。



「あー、気持ち悪ぃ……」

 そう呟いたのは覚えているんだ。



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