腕時計

倉田京

腕時計

 ジャケットを着た男が交差点の近くに立っている。男は腕時計を確認した。日曜昼の駅前は人通りが多い。皆それぞれの楽しい目的地に向かって歩いている。男だけは川に刺さった一本の棒のように、人の流れの中でポツンと立ち尽くしていた。男は腕時計を確認した。その瞳に不安と焦り、そしてほんの少しの苛立いらだちが混じる。男は腕時計を確認した。そこに吐いた息に落胆らくたんの色が混じる。

 男は腕時計を確認した。その後の声は喜びに弾んだ。

「いや、全然。ちょうどよかった。俺の時計も何か狂っててさ。今来たとこだよ」

 仲睦なかむつまじく歩く男女。男はこっそり腕時計のリューズを回し、針を三十分巻き戻した。

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腕時計 倉田京 @kuratakyou

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