ドラゴンと宇宙(そら)から来た男
伊達ゆうま
ドラゴンと宇宙(そら)から来た男
ドラゴンは長い間ヒマだった。
その昔は、青い空を多くの仲間(ドラゴン)が飛んでいたものだが、最近は人間の数が多くなり、仲間を見かける事もすっかり減っていた。
やる事といえば、たまに来る冒険者を相手にしてやるくらいで、それ以外の時は、巣穴でこんこんと眠り続けていた。
『片翼の竜』
それが冒険者からつけられた、ドラゴンの呼び名だった。
ドラゴンには右翼がなかった。
正確に言うと、根元からポッキリと折れ、もう二度と翼を伸ばすことが出来なかった。
それまでは、空の王者として世界中を所狭しと飛び回っていたドラゴンも、翼が折れてからは、この山奥でひっそりと隠居生活を送っていた。
その隠居生活も、どれくらい続いたのかすら忘れていた。
たまに現れる冒険者は、現れるたびに新しい武器を持ってきていた。
前回は、細長い黒い棒を持ってきていた。
大きな音を放ち、黒い棒は小石を飛ばしてきた。
小石は、ドラゴンの皮に当たると「カチン」と情けない音を立てて、弾かれた。
冒険者はそれを見て慌てて逃げていった。
ドラゴンは来るたびに新しい武器を持ってくる人間に、素直に感心を覚えていた。
人間は最初は石を投げ、棍棒で攻撃をしてきていた。
やがて、杖で魔法を使うようになっていった。
ここ最近では、また違う武器を持って来ている。
人間はドラゴンと違い、日々変わる生き物だ。
だから、ドラゴンは減り、人間は増えたのだろう。
ドラゴンはそう思うようになっていた。
そんなある日、いつもと同じように月が空に高く昇った頃、ドラゴンは寝床で目を覚ました。
昼間に久しぶりに、冒険者たちが挑戦しにきたため、寝不足だった。
冒険者たちは、細長い棒で何度も攻撃してきたが、ドラゴンの厚い鱗の前には無力だった。
勝ち目の無い相手に果敢に挑む人間の姿は、ドラゴンから見ると、不思議なものに映った。
本気で相手にする気もなかったので、人間が死なない程度に反撃し、あしらった。
昔は人間を爪でバラバラに引き裂くこともしていたが、最近は適当に尻尾を振り回して追い払う程度にしていた。
冒険者たちはドラゴンの姿を見て、狂喜乱舞していた。
どうやら、冒険者たちの会話を聞く限り、ドラゴンはこの世界では、もう自分以外には、いなくなってしまったようなのだ。
鱗は、頑丈な鎧に。
牙は、鉄の盾をも貫く剣に。
心臓は、精力をつける珍味に。
眼球は、あらゆる万病を治す妙薬になる。
ドラゴンの一頭で、大きな村が10年は豊かに暮らせた。
だから、冒険者は命をかけてドラゴンを狩りに来る。
ドラゴンには、それもどうでもいいことだった。
ただ、暖かい寝床とそれなりの食べ物があれば、それでよかった。
今、住んでいる森は、鹿や熊などが豊富にいて、食べ過ぎなければ、数が減ることはなかった。
ドラゴンは寝不足気味の頭を左右に振って、池に向かった。
水をピシャピシャと飲んでいると、水面が銀色に輝き始めていることに気付いた。
ドラゴンは頭上を見上げた。
満天の星が輝いているのはいつも通りだったが、1つチカチカと光る妙な星があった。
最近、視界がボヤけることが多くなってきた黄色い目を光らせて、ドラゴンは妙な星を睨みつけた。
それは星ではなかった。
ドラゴンに見覚えはなかった。
例えるなら、人が移動の際に使う馬車に少し似ていた。
銀色に輝く馬車は、ゆっくりと池へと降りてくる。
銀の馬車はプシュプシュと音を立てて、地面に着陸した。
ガラガラと鈍い音がして、扉らしきものが開いた。
中から、妙な格好をした人らしき生き物が現れた。
全身を変わった鎧のような物で覆っていた。
ただ鎧とちがうのは、素材が鉄ではなく、布のような弾力のあるものだということだ。
これでは、矢を防ぐことも出来ないだろう。
ドラゴンは、降りてきた生き物を凝視していた。
その生き物はゆっくりと、一歩一歩地面の感触を確かめるように歩いた。
そして、首に手を当てて被り物を取った。
中からは、無精髭を生やした中年の男の顔が現れた。
年は40半ばくらいか。
男は左右をゆっくり見回した。
そして、初めてドラゴンの存在に気付いたようだった。
「この星には、こんな大きなトカゲがいるのか」
男はガラガラと嗄れた声を出した。
久しぶりに声を発したような声だった。
「トカゲとは失礼な奴だな。俺はドラゴンだ」
ドラゴンは折り畳んでいた左翼を広げた。
男はそれを見て目を丸くする。
「こんな銀河の辺境に人の住んでいる星があるだけでなく、人語を理解する生き物までいるとはな」
男は大きく息を吐いて、懐から煙草を取り出した。
そして、煙草に火を付けた。
「おい、人間。俺はドラゴンだと言った。なぜ、逃げない」
ドラゴンは唸り声で威嚇したが、男は鼻で笑った。
「待て待て。これが最後の一本なんだ。ゆっくり味わわせてくれよ」
男はゆっくりゆっくりと、煙草を吸っていった。
吸い終わると、懐から取り出した缶に名残惜しそうに煙草を捨てた。
男はようやくドラゴンに目を向けた。
そして、ニヤッと笑った。
「さて、ドラゴンといったか。俺の生まれた星にも、ドラゴンって生き物はいたさ。
想像上の存在としてな。あらゆる星を旅してきたが、ドラゴンなんて生き物はどこにもいなかった。この星で初めてドラゴンは見た」
ドラゴンには男の言葉の意味の半分ほどしか理解出来なかった。
「星?お前はどこから来たのだ」
男は指を夜空へと向ける。
「宇宙(そら)からだ」
ドラゴンは、更に混乱した。
空といえば、ドラゴンが慣れ親しんだ場所だが、空には人は居なかった。
人は空を飛べない。
「嘘をつけ。人は空を飛べない」
男は楽しそうに頷く。
「この星の人間はそうだろうな。だけど、俺は宇宙(そら)を飛べる。これを使ってな」
男は銀の馬車のようなものをパシパシと叩いた。
「名前はアポロ。古(いにしえ)の時代に月まで行った伝説の宇宙船からもらった名前だ」
「月というと、あの月か」
ドラゴンは顎で月を指し示す。
「正確に言うと違うけど、まぁそんなもんだ」
男は曖昧に肯定する。
「俺も昔は月に行こうとしたことがある。しかし、行くことが出来なかった。上がれば上がるほど、息が苦しくなり、限界まで行った時には気を失い墜落した。その代償が、この右翼だ」
ドラゴンは、もう動かない右翼を爪で叩いた。
男はそれを聞いて嬉しそうに笑った。
「なんだ!お前も宇宙(そら)に憧れた馬鹿か!それなら俺と同じだな」
「お前と一緒にするな。俺はそんな馬車に頼らず、自らの力で行こうとした」
「俺のアポロを馬車なんて酷いな」
男は池の近くに腰を下ろした。
ドラゴンに対して、全くの無防備な体勢であり、ドラゴンがその気になれば、爪で引き裂くことは容易だった。
ドラゴンは、どうやら男が己の生き死に興味がないことを察した。
ここで死んでもいい。
どんなことがあったのかは知らないが、そんな諦念(ていねん)に達したようだった。
「どうして、ここに来た」
ドラゴンは、この男に興味を持った。
空から来たというこの男の話が聞きたくなったからだ。
男はアポロの中から、マグカップを2つ持ってきた。
ガチャガチャと音を立てて、珈琲を淹れると、ドラゴンにも勧めてきた。
ドラゴンは長い舌で舐めると、顔をしかめた。
珈琲の苦味はドラゴンの舌には合わなかった。
男は珈琲をすすりながら、池の水面の輝きを見ていた。
湖面でパシャリと魚が跳ねた。
「カミさんを埋める場所を探してた」
「カミさん?」
「なんだ。お前、嫁はいないのか?」
「昔いた。俺が狩りに行っている間に、冒険者に子どもと一緒に殺された」
「そうか」
男は悪かったと言うと、珈琲に角砂糖を一個追加した。
角砂糖はシュワシュワと珈琲に溶けていく。
「もう、砂糖も我慢しなくていいな」
「おい!!続きを聞かせろ」
「そう、急かすなよ。
ほら、これやるからさ」
ドラゴンがせっつくと、男は笑って角砂糖をドラゴンに投げた。
ドラゴンは、角砂糖をパクンと食べた。
これは、珈琲と違い甘くてドラゴンの口にも合った。
「俺とカミさんは長い間、人が住める星を探していたんだ。人間が暮らせる星は、もうこの銀河にはないと言われていたが、俺とカミさんは諦めなかった。俺もカミさんも、地面の上で生まれ育った人間だった。
人がほとんど死に絶えた今、せめて2人で過ごせる安息の地を探そう。
そう思い、宇宙(そら)を旅して回っていたが、カミさんが病気になっちまった。
俺も手を尽くしたが、どうすることも出来なかった。もう、医者もほとんどいなくなっちまったしな。アポロにも医療設備はあったが、それにも限界があった。
カミさんは、死ぬ間際にこう言ったんだ。
『土の中に埋めてほしい』って。
俺は、それ以来ずっと人の住める星を探した。人が住めない土地に、カミさんを埋める訳にはいかないからな。
ずっと探し続けて、今日ようやく見つけた。
まさかこんな銀河の端の端に、人が暮らせる星があるなんて想像もしてなかったがな。
俺は一日中かけて、上空からこの星の様子を見て回った。
どうやら、この星は遥か昔に、月の民が移住した惑星の1つのようだが、文明をあらかた忘れちまったようだな。
最近、ようやく銃が現れたみたいだし。
そして、偵察を終えて、この星の言語を盗んでから、森へと降りたわけだ。まさか、ドラゴンがいるとは思わなかったがな」
男は会話を区切り、珈琲のお代わりを用意するために一度アポロに戻った。
アポロの船体はよく見ると、ボロボロで長い旅をしてきたことが伺える。
それでも、その船体はドラゴンの爪では壊せそうにないくらい、頑丈なようだった。
ドラゴンは、男とアポロがどれほど過酷な旅をしてきたのか想像した。
「おう、どうした。俺のアポロ号は、お前の爪くらいじゃ傷一つつかないぞ。自慢の爪が痛むからやめときな」
男が今度は、茶菓子らしきものを持ってきていた。
「最後のクッキーだ。カミさんの大好物で、本当は墓に入れてやるつもりだったが、お前と話していて気が変わった。俺とお前で食べちまった方が、カミさんも喜ぶだろ」
男はそう言うと、クッキーをドラゴンに放り投げた。
ドラゴンは反射的に、クッキーを食べた。
これも角砂糖と同じく、甘くてドラゴンの口に合った。
「そんなに大盤振る舞いしていいのか?お前は、妻を埋めた後はどうする気だ」
男は答えず、クッキーを食べていた。
ドラゴンは、もう一度聞くことはせず、男の差し出したバニラクッキーを牙でバリバリと砕いていった。
「お前はあと何年生きられるんだ?ドラゴンは長生きだと聞いたぞ」
男は明日の天気でも聞くように、ぶっきらぼうに聞いた。
「分からん。自分がどれほど生きているかも忘れた。他の仲間(ドラゴン)も全て死んだ。
いつか死ぬだろうが、それに興味はない。
明日かもしれんし、100年後かもしれん。
いつ死んでも構わない。そう思っている」
「そうか」
男はポソッと返事をした。
最後のバニラクッキーを口に放り込む。
そして、大きな欠伸をした。
「眠くなってきたな。寝る前にカミさんを埋葬してやらないとな。おい、ドラゴン。
穴を掘るのを手伝ってくれないか」
男はアポロに戻り、シャベルを1つ持ってきた。
「場所は、そうだな。あそこなら、見晴らしがいい。池も綺麗に見える」
男は小さな丘を指差した。
男が選んだ場所は、ドラゴンのお気に入りの場所の1つだった。
「使ってもいいか?」
男はドラゴンの縄張りではないかと心配したようだ。
「いい」
ドラゴンは、角砂糖とバニラクッキーを貰ったから、お気に入りの場所の1つくらいは譲ってもいいという気持ちになった。
男は池が見える小さな丘に登り、穴を掘り始めた。
ドラゴンも爪を使って穴を掘る。
穴掘りは得意ではないが、それでも男のシャベルよりは遥かに効率よく穴を掘れた。
ドラゴンが手伝ったおかげで、あっという間に穴が出来た。
「さてと、カミさんを運ぶか」
男はアポロへと戻った。
少しすると、棺のようなものがフワフワと浮遊して、こちらへやって来るのが見えた。
棺は自動で動き、穴の上までたどり着いた。
「さぁてと、着いたぜ。やっとゆっくり出来るな」
男はそう言うと、皺々に干からびた老婆を抱え上げた。
「おい、お前の妻は」
男はゆっくりと老婆を穴に優しく下ろした。
「コールドスリープ装置に入れていたが、それにも鮮度の維持には限界があった。
なんとか腐敗が始まる前に、埋められてよかったよ」
男はホッとしたように息を吐く。
「お前の妻は何年前に死んだ」
ドラゴンの問いに男は肩をすくめた。
「ざっと100年前かな」
ドラゴンは男の姿をもう一度見た。
やはり、40半ばくらいに見えた。
「人間はせいぜい50歳くらいまでしか生きないと思っていたが、長生きするものなんだな」
ドラゴンの言葉に男はカラカラと笑う。
「まぁ、色々あったからな」
男はシャベルで穴を埋めていく。
老婆はすぐに土で隠れて顔が見えなくなった。
完全に穴を埋めると、男は小さな十字架を置いた。
ドラゴンはその十字架に見覚えがあった。
冒険者の中にも、時折十字架を持っている者がいるからだ。
そして十字架を掲げて、ドラゴンを悪魔と罵る。
悪魔がどういう存在なのかは分からないが、人にとって害ある存在だということは分かる。
男にとってこの十字架はどういう意味を持つのだろうか。
「どうした?ああ、この十字架は、カミさんが昔信仰していた宗教の道具だ。これで祈れば、天国に行けるんだとよ。俺は信じていないが、カミさんは頑なに信じていた。だから、墓に置いておくんだよ」
「天国か。人は不思議なことを考えるのだな」
男は小さく笑った。
「人間ってのは、怖がりなんだよ。ドラゴンみたいに死を自然に受け入れるってことが出来ないんだ。だから、死んでも怖くないように天国ってものを創り出したんだよ」
「俺には、よく分からん」
「それは仕方ないことだ。
人だってよく分かってはいないんだからな」
男は墓の周りの雑草を刈り、周りを綺麗にした。
「お前はこれからどうするんだ」
ドラゴンの問いかけに、男は黙って笑った。
「また旅をするよ。1人になっちまったが、俺はまだ生きるみたいだからな」
男は胸を力強く叩く。
「たまには、ここに来い。俺も暇なのだ。
たまには来て、話し相手くらいにはなれ」
男は笑って頷いた。
男はアポロへと戻った。
しばらくするとアポロが、軋んだ音を立てながら、その銀色の船体を輝かせながら、空へと浮かびあがった。
しばらくは、空を浮かんでいたが、やがて空へと昇り、数多の星に紛れて、その姿は見えなくなった。
ドラゴンはその姿が見えなくなるまで、空を見上げていた。
いつのまにか、空は明るくなりはじめ、太陽が東の空から顔を覗かせていた。
「変わった人間だったな」
長く生きれば、こんなこともある。
彼もドラゴンにとっては、数多いる人間の1人に過ぎない。
ただまた会えるなら、話し相手になってもいい。
そんな程度だ。
ドラゴンはそう思って、自分の巣穴へと戻った。
空にはまだ星が輝いていた。
ドラゴンと宇宙(そら)から来た男 伊達ゆうま @arimajun
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