第5話
◇
「いや~助かったよ! 」
「いえいえ。ちょうど時間を工面して外出してたんで、少しだけ時間あるんです。だからチャペルさんのお役に立ててなによりです」
僕に向かってニコニコと微笑む彼女は、その
前回、初めて会った時も同じ服を着てたっけ。その様子から察するに、この子はあまり良い暮らしはしていないのかもしれない。それでもこの子には首輪が着いていて、シャロンには着いてなかった。ふむ──色々と事情がありそうだな。考えろ僕。
首輪着きって事は概ね召使いか奴隷だろう。そしてこの場合は恐らく後者で、だとすれば彼女は過酷な毎日を送っているのだろうか。あくまで推測なのだが、でもきっと。そう思うとなんだか心がざわつく。
その点、彼女は至って明るく振る舞っている。少なくとも僕が知る限り、僕やニック、そしてシャロンとのやり取りに違和感は感じなかった。だからこそ僕は胸がもやもやすると同時に、わだかまりが募る。
無理をしているんじゃないだろうか? とか、こんなに良い子なのにどうして彼女が──と。
「でも驚いたよパンプティちゃん」
「それはこっちのセリフですよ」
「いやぁ、ホントお恥ずかしい……」
さっきまで迷子してた僕が、のほほんと大通りを歩けているのは彼女のお陰。こう言う事を出会いと呼ぶのか、はたまた偶然なのか、思春期真っ只中の僕にとっては前者が望ましいところ。
「しかしパンプティちゃんも大変だね」
「大変……? ああシャロン君の事ですか? あ、チャペルさんこっちです」
人混みを避けるためか、彼女は大通りから一本裏の道を指差す。その方がお喋りし易いからとの提案に、僕は返事をする間も無く左手を握られ、引き寄せられる様それに従う。
しかしどうだ。自然な流れに身を任せた結果としても、気づけば女の子と手を繋いで歩いているではないか。その事に気づくのに僕が要した時間、実に三秒。そこからは毎秒、左手の感触に意識を持っていかれる事は必然だった。
うわ、パンプティちゃんの手、柔らかくてすべすべだなぁ~。なんて実際口に出したら気持ち悪いとは自分でも思うが、でもそうだろ? 男子たる者、誰だってこんなの思うに決まってる。と、自問自答を繰り返す。
「パンプティちゃんの手、柔らかくてすべすべだなぁ~」
「──っ!? 」
しまった。口に出てた。何だこの発言は。僕の奴め、気持ち悪いったらありゃしない。
自分に感想を述べたのなんて、人生で初めてじゃなかろうか。そう僕が焦っていると、ほら見ろ。僕の幸せな時間は儚くも終わりを迎えた。
「あの、その、ごめん! 」
「いえ、違うんです! 私みたいな奴隷の手なんて汚らしいと思って……つい咄嗟に手を離してしまって! 」
やっぱり奴隷なんだ。でもだからって僕はどうとも思わないのだが、僕を傷付けないために彼女に余計な事を言わせてしまったな。
「そんな事ないよ」
「いえ、でも、私もシャロン君と同じで……ロイエですし」
「でも、だからって……」
「あ、でも奴隷と言ってもエッチぃ事とかはないんですよ!? もっと普通に……そう、扱き使われたり殴られたり、その日のご飯を頂けなかったりとか。それでもニコニコしていれば、それなりにやっていける……ってゆうか」
彼女がどんな気持ちで喋っているのか、僕には解らない……。いや、解っていい事ではない。軽い気持ちでは同情だ。それでも、そうならないためにも、僕は彼女を理解したいと強く思った。
なんだか微妙な空気になってしまったなと、僕は話題を変えるため必死になって頭を働かす。それでも思い浮かぶのは彼女の手の柔らかさで、どうやったらもう一度その感触を得られるのかと、ついそんな事ばかりを考えてしまうのだった。
「シャロンの面倒を見てあげてるって言ってたけど、最後アレって何をあげてたの? 」
そもそもこれだ。僕は路地裏で迷子になり困っていた時に、シャロンに出会って大通りまでの道案内を頼もうとした。頼む前に解決してしまったのだが、それはあの場にパンプティちゃんが現れたからだった。その時彼女は、僕がシャロンを虐める悪い奴だと勘違いしたらしく、すぐさま此方に駆け寄って来た。そして間髪入れずに大声を上げて僕とシャロンの間に割って入ってきたものだから、僕は思わず面食らってしまう。僕もその時は彼女がパンプティちゃんだとは思いもしなかったし、なにより何故僕は悪者扱いされてるのか、と。
暗がりで最初はよく見えなかったであろうお互いの顔が、目が慣れるにつれ見た事ある顔だと気づいた時には、二人で目を点にしたけど。その後、事情を話すと彼女は道案内を快く引き受けてくれた。でもここを出る前に、と彼女はシャロンに何か包みを渡していたのを、不意に僕は思い出したのだ。
「シャロン君にですか? 」
「うん。何か包みみたいな……」
「ああ、あれはパンです! と言っても、丸々一個はあげられないので、私の分と半分こなんですけど」
「そっか……。シャロンは酷い生活をしているのかい? 」
「そうですね。
「キミはどうなの? 毎日は、そう……辛くないかい? 」
「辛いです。辛いですけど……私はまだマシ。奴隷だって何だって雨風凌げる場所がある事や、一日一個のパンを頂ける事はきっと幸せなんだと思います。だって苦しくったって、ひもじくったって、少なくとも明日の心配はしなくて済むのだから」
「……」
「そう思ったら私なんかより、もっともっとシャロン君みたいな子の方がずっと辛い。雨風どころか、世間の風当たりも浴びなければいけない。勝手に愛し合って。勝手に子供を作って。勝手に子供を産んで。勝手に捨ててしまう。それが人間同士だって蔑まされる行為なのに、人と魔物とでは余計複雑ですよね……」
彼女の言葉には哀しみや怒り、そして悔しさが込められていた。しかし訴えかけると言うよりはただ淡々と、誰かに何かを求める事を止めてしまったかのような。そんな呟き……。でもこれは〝叫び〟だ。きっと、間違いなく彼女の叫びで。僕にはそれが響いてて。感情だけが先走ってて。具体的に彼女を救う考えはまだ無くて。そんな自分の心を掻き毟りたくて。気づけば握り締めた僕の拳は、紅く滲んでいた……。
そんな僕の左手を、彼女は自身の両手でそっと包み込み、心配そうな眼差しで呟く……。
「血が……」
「……うん」
神様。僕は今、もう一度彼女の手に触れられた事よりも、まだこの手が確かにココに在る事を喜び、そして心から嬉しく思います。
ただの兵士ですが、僕は全力でここを通さない。 vol.1 高速シンカー @kibun-ya
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