第4話

 ◇


 僕は休日を利用し、普段あまり行かない場所へ足を伸ばそうと決めた。それがこの町 「ヒガシヤマ」 だ。


 ヒガシヤマは僕の村の隣町で、隣町と言ってもその距離は徒歩だと二時間ちょい、馬車で四十分弱と結構離れている。なので普段はあまりお金を使わない僕だったが、休日とあって今日は贅沢に馬車を利用する事にした。

 舗装された道ならば良かったのだが、ヒガシヤマまでの道程は生憎ただの砂利道だ。僕はガタゴト揺れる馬車に身を任せながら、お尻に響く振動をひたすら景色を眺めて誤魔化した。

 ニック、ちゃんと仕事してるかなぁ……などと考えていたら、数人の子供が此方を追いかけ手を振っているのが窓越しに見えた。僕も咄嗟に手を振り返したが、その姿はキャッキャとはしゃぐ声と共に引き離され、やがてどちらからともなく見えなくなった。


 「──起きて下さいお客さん、着きましたよ」


 そう声を掛けられ、僕はいつの間にか自分が寝ていた事に気づく。慣れれば酷い振動も、揺り籠のように人の眠気を誘うようだ。

 寝ぼけ眼で周囲を見回す。すると乗り合わせた乗客は既に居らず、自分だけが残された状況に少し切なさを覚えた。

 誰か起こしてくれればいいのに……。一瞬そう思ってしまった僕は、それぞれ急ぎの用件でもあったのかもしれないと、すぐに自分の愚痴を否定する。

 

 「はい──これっ」

 「ほい丁度だね、! 」

 「ありがとう! おじさんもネルコロニィ! 」


 ネルコロニィだなんて、なかなかお洒落な言葉を使う運転手さんだな。

〝ベッドに潜って今日という日を思い返せ。それに満足できたのなら瞼の裏も色鮮やかさ〟と言う意味で、ようは〝今日も良い一日を〟って事だ。その言葉一つで、なんだか僕の心は少し弾んだ。

 

 「うわ……」


 この町に降り立った時、最初に目を奪われたのは町を囲うように築かれた防壁だ。煉瓦レンガとセメントで積み上げられたソレは、如何にも堅固そうな造りに見え、こんな物どうやって人が造ったんだろうと感心してしまった。

 入り口を抜け町を見渡すとそこは、色々なお店が軒を連ねる大通りだ。行き交う人々の多さや、交易による活気、その他全てが僕の住んでいる村とは規模が違った。


 「これが町かぁ──凄いや! 広いし、お店の種類も豊富そうだし、目当ての物以外にも色々買っちゃいそうで恐いなぁ~」


 抜けるような青空と、時折吹く爽やかな風。髪を撫でるように通り抜けていく風は、僕に春の訪れを予感させる、そんな昼下がり。僕の休日町探検が始まった。

 

 始るはずだった──。





 §






 「ニック……」


 僕は今、自分の置かれている状況を把握するため、必死に脳内をフル回転させていた。その結果、何故今僕の口から彼の名前が出てきたのかは定かではない。しかし──

 

 「ニック……」


 と二度も、ここに居ない彼の名が出てきた事で、僕は漸く自分の心境を理解した。

 え、超不安なんですけど……。不安過ぎて無意識に、ニックに助けを求めているんですけど。

 ものの数分でこんなにも人の心境とは変わるものなのかと、そう驚かされる。まず感覚の違いは、村と町の違いからだ。そもそも町や村なんて呼び方の違い、ニュアンスの違いだと思っていた。よくよく考えれば僕の生活範囲は狭く、ほとんど村と職場の往復だったのだと改めて実感する。

 それほどまでに──町ってデカイ! そう思わされた。でもまあ今日は一日休みだし、と高を括ったのがそもそもの間違いだった。歩けば歩くほど気がつけば道は狭くなり、そして気づけば道は酷く入り組み始め、やがて気づけば辺りは静寂に包まれ、最後に気づいた時には薄暗く、じめっとした場所に僕は立ち尽くしていたのだった……。


 「これが……迷子ってやつか! 」


 おおう、どうしよう。人生で初めて迷子になったよ。ていうかもっと早く気づこうよ僕っ! なんて愚痴っていても仕方がない。とりあえず踵を返そうとした、その時──


 「……おねぇちゃん? 」 


 と、突然背後から声がした事に、僕は少しビクッとしてしまう。

 振り向いて確認すると、なんだ子供か……と安心すると同時に、こんな町の隅に子供がいる事に疑問を抱いた。言うなればここは、そう。ホームレスがたむろするようなイメージの場所だったのだから。

 

 「こんな所でどうしたんだい、僕? 」

 「あ、う……」


 こんな子供が、と僕は心配になり、少年に恐る恐る声を掛けた。すると思っていた人物とは異なったのか、少年はしどろもどろに答えた。


 「あ、えっと、お兄ちゃんがおねえちゃんで、えっと、その……」

 「ふむふむ、そっか! じゃあ先ずは、少し落ち着こうか? 」


 僕はそう言ってこの子をを宥め、余裕ができるようたっぷりと時間を与える。その間、参ったなぁと頭をポリポリ掻きながらも、必死に言葉を整理しようとする少年をじっと観察した。


 あれ? この子……。


 少年をよく見ると驚いた事にその背後から、にょろにょろとした動きを見せる〝何か〟が飛び出していた。お尻の辺りから出てきているソレはまるで尻尾のようであり、何か違うモノにも見える。


 何だろうコレ? 


 「──ふぎゃっ! 」

 「わあ! ごめん! 」


 僕は力加減も考えず、ただ興味本位でを握ってしまったのだが、後から考えれば配慮が足りなかったと思う。しかしこの反応、そしてこの手触りは──。


 「わわシッポ! お兄ちゃん何するの? お兄ちゃんも酷い事する人?」


 少年の言葉が耳に入った瞬間、僕は間違いないと確信した。この子は人間と魔物の間に出来た子供〝ロイエ〟だ。


 「ごめんごめん。ワザとじゃないんだ、許してね? そうだキミ、名前は? 」


 出し抜けに尻尾を握られた事で、少年は僕への警戒心を増した様子。しかし何かあったらいつでも逃げられる自信があったのか、背後を一回チラッと確認すると、僕の問いにおずおずと答え始めた。


 「ホントはね名前は無いんだ、ボク……。でもね、おねえちゃんがつけてくれた! シャロンって」


 シャロンと名乗った少年は少し照れくさそうに、はにかみながら教えてくれた。

 シャロン、シャロンか……。古代イニシェ語で〝光〟って意味か。うん、良い名前だ!


 「シャロンかぁ! とっても良い名前だね! 教えてくれてありがとう! 」


 シャロンの警戒心を解くため、僕はちょっと大袈裟に明るく振る舞った。なにせ忘れてはいけない。僕は今、迷子の途中なのだから、ここでまたボッチに戻るわけにはいかないのだ! あの気持ちをまた味わうのは御免だ……だって超不安なのだから!

 そしてそれが功を奏したのか、彼が此方に一歩ニ歩と近づこうとした、その時──。









 「ダメダメっ!! 近寄っちゃダメよっ!! 」

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