エピローグ
柔らかな日差しが枝葉を透かす林道をシルバーメタリックのオープンカーが抜けて、やがて人里離れた静謐な山奥に佇む白い建物の前の駐車場に止まる。
「……やれやれ、ついたぜ。無駄にでこぼこした道だからな、車酔いなんかしてねーだろうな?」
運転席でハンドルを握るサカシはそう言って助手席へ目をやる。するとケイは頷いて。
「大丈夫だ。……ここに来るの、2回目だし」
「ふーん、あっそ。なんでもいいからとっとと降りやがれ」
その時着信音がして、サカシはポケットから携帯電話を取り出す。
「あん? シロガネからじゃねーか。――おい、あんた休暇中だからって今どこに……娘とクルージングだぁ? そっちが海を楽しんでる間に、こっちは山の中を汗だくで登ってんだっての。俺は送迎係でもなんでもねぇのに、頼もうと思ったらいねぇし。ったく間の悪い」
ぶつくさと電話相手に愚痴るサカシを残し、ケイはロックの外れたドアから降りる。
「……ケーくん!」
すると白い建物――テンキの研究所の自動ドアが開き、栗色の髪の少女が赤いリボンを揺らして駆け寄って来た。
「やっと来てくれたんだね、待ってたよー……!」
「高校受験も終わったからな。お前はそういう悩みなさそうだけど」
「そんな事ないって、休んでた分を取り戻すのは大変だったんだから。……でもこれでやっと、一緒に進学できるね」
「だな……」
ケイも頬をほころばせると、研究所からさらに現れる小さな影があった。
「よう、オリジナル」
玉虫色の塗装のされた機体だ。ケイも軽い調子で挨拶する。
「ああ、ケーくん二号」
「って誰がケーくん二号だっ!」
胴体をかぱっと口っぽく開けて怒鳴られた。
「……ったく、お前マジで遅すぎなんだよ、リウの奴が昨日からケーくんケーくんうるさくて眠れやしねえっての」
「お言葉ですが、ケーくん二号」
と、その後ろからもう一体、リウとお揃いの赤リボンをつけた、ピンク色の同型機体が歩み出てくる。
「その話はマスターからオリジナルに伏せるよう厳命されていたと記憶しているのですが」
「ケーくん二号じゃねえって言ってんだろ、このエデンもどき! 大体お前新入りのくせにいちいちやかましいんだよ!」
「私はエデンもどきではありません。人間とロボットの心のケアを目的として製造されたカウンセリングロボ、正式名称はチープ・ビジター……略してチビエデンです」
「人様の名前を間違える時点で全っ然カウンセリングに向いてねえんだよっ!」
兄妹のように賑やかに騒ぐ様子を、ケイは微笑ましく見守って。
「……そうだ、リウ。身体の調子に変な所はないか……?」
ふと真剣な面持ちになって尋ねると、リウも神妙な頷きを返す。
「私は平気だよ。心配かけてるみたいでごめんね」
「いや、ならいいんだ……色々あったからな」
ケイが未来を改変した事で、前の歴史で生まれた新たな命はこの現在へ統合され、エデンによって奪われた命はそもそも死ななかった事にされた。
だから今のリウには五歳までのオリジナルの記憶と、手術を受けて生じたリウの二つの記憶がある。
「最初は認識に矛盾が起きたり混線したりでこんがらがるし、私だけでなく世間も大変だったみたいだけど、今は落ち着いてるよね」
「ああ……俺達がめちゃめちゃにしてしまった歴史を、宇宙そのものが必死に整えようとしてくれてるみたいで、なんだか罪悪感を覚えたけどな……」
「それでも、ケーくんのおかげで、私は今ここにいられる。ここでこうして、ケーくんと話していられる」
そう、リウは朗らかに微笑む。
「また、何度でも、会う事ができる」
「……ああ、そうだな」
沈みかけたケイは、その笑顔に救われた気分になった。
「そうだ、エメスのみんなから手紙が来てるよ。物体の転移もスムーズにできてるから、前みたいにばらばらの紙片をつなぎ合わせたり、二人で額突き合わせて解読する必要もなくなってる」
「それはありがたいな……見せてくれ」
これ、とリウが差し出した三枚の便せんを、ケイは受け取って目を通す。
『壮健か、ケイ? 余もまずまずという所だ。今は配下達と、少しずつ人間との融和政策を回復させている。障害は多いが、父上にできて余にできぬはずがないからな。次の精霊祭では、魔族達も参加できるよう力を尽くすつもりだ』
『……地球の文字をローと勉強してるんだけど、すごい読みにくいし書きにくい。逆にあんたの手紙のレクスリーナ語はうますぎてなんかむかつくわ。ねえ、そっちでなんとかしなさいよ! ……早くお姉ちゃんに会ってみたいし』
『エデンとエメス、二つの世界の融合が解かれても、こうしてボク達は意思の疎通や、連絡を取り合う事ができる。いずれは必ず、キミとまた会えるよう研究を続けるつもりだよ』
「はは……みんな相変わらずだな」
「……ケーくんいつの間にか、ガールフレンドいっぱいできてるんだね」
「い、いや、ただの友達だよ……!」
ほら、とケイはもう一枚、ジヨール――テンキ・ジョウから宛てた手紙をごまかすように広げる。
『リウ、ケイ君、元気にしているか? そちらの面倒事を全て背負わせてしまうようで心苦しいが、私はレクスリーナとともにエメスに骨を埋めると決めた身。許してくれとは言わないが、認めて欲しい。いずれリウとサカシにも、直接顔を合わせて話したい。そのために、今は全力で研究に励むつもりだ。……ケイ君、改めて、世界を救ってくれた事に、王として、そして一人の父親として、礼を言いたい。ありがとう』
「テンキさん……難しい立場だろうに、吹っ切れたんだな」
リウもじっと手紙の文面を目で追って、こくりと頷く。
「私も……お父さんが決めた事なら、何も言わないよ。世界を隔てていても、気持ちはつながってる。お互いに幸せになろうとしているなら……それを望まずにはいられないから」
「そっか……」
「あ……そうだ!」
その時ぽん、とリウが手を叩いて、目を瞬かせながら叫ぶ。
「ケーくんにもう一人、会わせたい人がいるんだよ!」
「誰だ? まさかまた、新しい自立駆動ロボットを完成させたとか……?」
「ふふん、会ってみてのお楽しみだよ」
リウは思わせぶりにくすりとし、研究所の方へと歩みを返す。
その時ケイは――ドアの脇へ身を潜めるようにしてこちらを窺う、人影のようなものに気がついた。
「ほら、いつまで隠れてるの?」
リウはその人影の元まで行くが、どうも話がこじれているようで、いつまで経っても戻って来ない。
「もう、早く顔を見せてあげなよっ」
痺れを切らしたみたいに、リウは笑い混じりに遠慮容赦なくその手を引くと、強引にケイの前に連れて来て。
……そうしてリウとうり二つの、ブレザー姿の少女の無機質な目が、ケイと合った。
「……初めまして、ケイ。……ああ、いえ。――お久しぶり、です」
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